勇者編② 観測者アルスは解き明かしたい
アルスを追放してから、三日が過ぎた。
本来なら、俺たちの旅はもっと輝かしいものになっているはずだった。
「――おい、ガストン! まだ準備が終わらないのか!」
王都の門前。俺は苛立ちを隠さず怒鳴った。
これまでは宿を出る時間になれば、
すべての荷物が馬車に積み込まれ、今日のルートと休憩場所、
さらには立ち寄る村の特産品までが紙にまとめられて俺の手元にあった。
だが、今はどうだ。
「…分かってるよ。
だが、この荷物の詰め方じゃ馬車に入らねえんだ。
あいつ、どうやって詰め込んでたんだよ」
ガストンが悪戦苦闘しているのは、キャンプ用具と食料の山だ。
「アルスがいた時は、もっとコンパクトだったはずだ。
あの野郎、何か魔法でも使ってやがったのか?」
「魔法なわけないだろ、あいつは無能なんだから。
ただの詰め方が下手なんだ、お前が」
俺は吐き捨てた。
聖女クラリスも、どこか顔色が悪い。
「レオン…お昼の保存食が見当たらないの。
アルスさんがいつも管理していた箱の中には、
何かの種みたいなものしか入っていなくて……」
「ちっ、あいつ、嫌がらせに食料を隠して行ったのか?」
実際は違う。
アルスは三日先までの栄養配分を計算し、腐りやすいものから順に、
俺たちのコンディションに合わせて仕分けしていただけだ。
そんな当たり前の「管理」が、これほどパーティの足を引っ張るとは思わなかった。
結局、予定より二時間遅れて王都を出発した。
だが、不運はそれだけで終わらない。
「おい、道が違うぞ! こっちは森だ!」
「……地図にはこっちが近道だって書いてあるんだよ!」
ガストンと俺の間で怒声が飛ぶ。
渋々進むと、俺たちの馬車は数時間後、深い泥濘に足を取られてしまった。
「クソがッ!」
俺は泥を跳ね上げながら、動かなくなった車輪を蹴りつけた。
苛立ちが止まらない。
ふと見ると、ガストンが俺を睨んでいた。
「…なんだ、その目は」
「いや、別に。…ただ、アルスが言ってたことが気になってな」
「あ? あの無能の負け惜しみか?」
「……なあレオン。お前、さっきから命令ばっかりだな。
泥を被って作業してるのは俺とクラリスだけだぞ」
「俺は勇者だぞ! 体力を温存しなきゃいけないのは当然だろ!」
【ガストン:レオンに対する不信 75 → 82】
【レオン:焦燥 90】
もしアルスがいれば、この瞬間の数値の変化を冷徹に記録していただろう。
だが、今の俺たちには、自分たちの心の温度を測る術がないのだ。
その夜。
キャンプの火を囲みながら、ようやく一息ついたときだった。
クラリスが震える手で、一枚の古い紙を俺に見せてきた。
「レオン…これ、あなたの荷物の中に紛れていたわ」
それは、半年前の「黒竜討伐」の際、俺が独断で下した命令の記録だった。
村を一つ、囮にして竜を誘い出した作戦。
俺はその記録をすべて処分したはずだった。
「…なんで、これを」
「そんなことより、書いてあることは本当なの?
『勇者は村人の犠牲を厭わなかった』って……。
レオン、これが本当なら、私…」
「違う、こんなのは捏造だ!あいつの嫌がらせだ!」
俺はそれを奪い取り、火の中に放り込んだ。
だが、一度生まれた疑念の火は、簡単には消せやしない。
数値は見えなくとも、クラリスの瞳から、
俺への信頼が目に見えて削れ落ちていくのがわかった。
【クラリス:レオンへの信頼 60 → 35】
「…俺は、寝る」
俺は逃げるようにテントに潜り込んだ。
アルスがいれば。
…いや、違う。あいつがいたから、俺のイライラは溜まっていたんだ。
あいつが消えた今、俺たちは自由なはずなんだ。
なのに、なぜだ。
テントの外からは、ガストンの低い愚痴と、
クラリスのすすり泣くような声が聞こえてくる。
暗闇の中で、アルスの去り際の薄笑いが脳裏に焼き付いて離れない。
まるで、俺たちがこうなることを、あらかじめ知っていたかのような、
あの不気味な顔。
「…ふざけるな。全部、あいつのせいだ」
俺は自分に言い聞かせ、無理矢理、眠りについた。
