賢者編① 観測者アルスは解き明かしたい
「――アルスが来てくれてから、ほんとうまくいってるわ」
深い森に囲まれた辺境の街、その近郊にある『深緑の迷宮』の浅層。
薄暗い石造りの通路に、戦鬼《キラーオーガ》の巨体が崩れ落ちる。
それを確認した女性賢者クレアは、白金に輝く杖を下ろし、満足げなため息をついた。
月明かりを紡いだような髪に、知性を感じさせる深い蒼の瞳。
「王城魔法院の百年に一人の天才」と謳われる彼女の純白のローブには、泥ひとつ付いていない。
対照的に、前衛の戦士ゴルドと斥候のザックは、肩で激しく息をして滝のような汗を流していた。
「ふう……アルス、あなたの後方支援は完璧ね。
私の『計算』に1ミリの狂いもなくついてこられるなんて。
前のパーティーでは追い出されたと聞いたけれど、私には信じられないわ」
クレアは優雅に振り返り、僕に向かって優しく微笑みかけた。
「光栄です、クレアさん。
あなたの指示が余りにも的確で、寸分の無駄もない計算だからですよ。
僕はただ、その通りに動いただけですから」
僕は深々と頭を下げ、謙虚な支援職としての態度を崩さない。
彼女は自分の指示通りに寸分違わず動く「駒」を愛している。
視線を上げ、スキル――『感情数値化』を起動する。
【クレア:優越感 95、自己愛 100、支配欲 85、アルスへの評価 70】
レオンとはまた違った、しかし実に強固な「自尊心の塊」だ。
勇者レオンが名声で他者を見下していたなら、
賢者クレアは「傲慢」に「称号」で他者を支配することに無上の喜びを感じている。
「おい、クレア。前も言ったが、ちょっと指示が細かすぎるぜ」
ゴルドが荒い息を吐きながらボヤいた。
「右へ3歩踏み込んで45度で受け流して、
1.2秒待機……なんて、実戦でいちいち考えてられるかよ。
逆に動きづれぇんだ」
「俺もだ。『足音を20デシベル以下に抑えろ』なんて無茶言うなよ。
俺たちゃ機械じゃないんだぜ」
ザックも双剣を収めながら疲れた顔で頷く。
途端、クレアの笑顔がピクリと引きつった。
「あなたたちは分かっていないのね。
私が最適解を『与えてあげている』から、無傷で立っていられるのよ?
感謝こそすれ、文句を言われる筋合いはないわ」
「…ちっ、わかったよ」
それっぽい正論で殴られ、ゴルドとザックは悔しそうに顔を背けた。
【ゴルド:精神的疲労 88、クレアへの反発 70】
【ザック:自己保身 80、ストレス 75】
見事な数値だ。限界ギリギリのライン。
「さあ、少し休憩したら次の階層に進むわよ」
