20年前の国語便覧は社割で買った
教科書販売の会社で二週間ほど働いていたことがある。
親戚の伝手、というご縁でいただいたアルバイトのくちだったのだけれども、わたしはその会社の誰ともなんの面識もなくて、わたし以外のアルバイトも数人しかいなくて、その数人も社員の誰かの弟だったり、弟の友達だったりして、お前も大きくなったなあ、去年のあの花見がさあ、などと全然わからない話ばかりがとびかって、今思うとそんなこと気にせずに堂々といればよかったのに、疎外されたような卑屈な気持ちになって、どうしてわたしはこんなところにいるのだろうとひたすらに悲しく、というかすねながら、誰かに話しかけることもできず、話しかけられてもたいして話を膨らませることもできず、下を向いたままアルバイトの期間を終えたような気がする。
大学の春休みの、期間限定のアルバイトだった。
教科書を倉庫で束ねた。コースごと、学科ごとに教科書を生徒の人数分組み合わせて紐をかけて、高校に売りにいくのが仕事であった。
売りにいくといっても、「英語の教科書、いらんかね、安いよー」などと生徒や保護者相手に声かけをするのではなくて、買われるものは決まっていて、売れることも決まっていて、だから配りにいく、というのがわたしの感覚であった。
モルタルの床の埃っぽくて薄暗い倉庫に、木製のパレットがいくつも並んでいて、そのうえに新品の教科書がビニールにかけられたまま大量に並んでいた。
社員さんはふたりいて、ひとりが教科書の出版社と冊数、それをリストと照らし合わせて指示を出し、もうひとりがフォークリフトで大量の教科書パレットを動かした。
なんちゃら高校の理数科三年生はこのセットとか。なんちゃら高校の英語科二年生はこのセットとか。
アルバイトの仕事は、そのセットを参照しながら、たとえば理数科三年生の人数分の教科書を、机の上に並べ、一方通行で一冊ずつ取っていき、束にして、ひもにかけるのだった。
あたらしい教科書は、表紙がつるつるしていて、「音楽」とか「書道」の教科書は薄くて、うっかり二冊取ってしまうようなことがあった。
すぐに気が付けばよいのだけれども、残りが数冊になってから気づくようなときは、山の中から探さなければならなかった。
探して紐を切って、教科書の束を作り直した。芸術の選択も厄介で、理数科の音楽は何人、書道は何人、美術は何人、というのも丁寧に調べなければならなかった。
本の状態がよくないものは、気を付けてはねなければならなかった。服は埃だらけになったし、倉庫は底冷えたけれども、お手洗いはきれいじゃなくて外にあって余計にさむくて、紙ばかり触っていたせいか、手はがさがさになった。
紐をかける機械が、かくかくと働くさまが、好きだった。
紐をかける専用の機械というのが、教科書が並べられた列の先に、鎮座しているのだった。
教科書を束にして、機械の真ん中に置いて、紐のはしっこを機械に通すと、機械のほうでするするとたわみをのばして、ちょうどよい力加減ですうと紐をかけて切ってくれる。そのするするという紐の動きと、がちゃんという裁断の音がきっぱりと潔くて、賢い機械だなあと都度そっと新鮮に感動した。
フォークリフトが、木製パレットを持ち上げるのを見るのも好きだった。パレットの横穴の部分はそのための形なのか、よく考えられているものだなあとほれぼれした。
あちこちの高校に教科書を配りにいく仕事も好きだった。車に乗り込むと、たいてい外は晴れていて、道すがら車の窓からあちこちに花を見た。春で、桜が多かった。
生物教室やら家庭科室やらが、わたしたちに用意された教室であることが多くて、そこに持ってきた教科書を、学科、あるいはコースごとに積んでいった。
そうすると、受け取り票、もしくは申し込み票を持った高校生たちが教室にやってきて、お願いしますとか、ありがとうございましたとか言いながら教科書を抱えて帰っていく。上履きにマジックで文字が書かれている。前髪を気にしている。こづきあって笑いあったりしている。
わたしも数年前まではこの場所にいたのに。わたしの母校ではないけれども。知らない高校であるけれど、同じようにこんなふうに、上履きにマジックで文字や絵を書いたり、前髪を気にしたり、こづきあったり笑いあったりしていたのに。
急に遠いところに来たような気持ちになって、それが寂しいというわけでもなくて、懐かしいというわけでもなくて、ただわたしはもうここにはいない、遠くに来たと思うのだった。そうしてもう、二度とここには戻れないのだと強く思わされたりするのだった。
販売のアルバイトの最中、一度だけ勇気を出して社員さんにお願いしたことがあった。
どうしても、どうしても欲しい教科書、というか資料集を発見した。これは、と作業中に思い、休憩中にちょっとだけ見本本の中をのぞきみて。なんてことだと感動した。
わたしが通っていた高校では、こんなすてきなものを配ってくれたことはなくて、こんなに楽しいものが世の中にあったなんてとどぎまぎしながら、あの、これ、わたしも買うことはできるのでしょうか、と思い切って尋ねてみたらかなり驚かれた。
普段ほとんどしゃべらないのに、急に何を、と気持ち悪く思ったかもしれなかった。気持ち悪く思われるかも、ちょっとだけ躊躇した。別にいいや、と開き直った。
こんなの、本当に欲しいの、と驚かれはしたけれども、その社員さんはわたしの心配など全然気にしない風にさっぱりと、すぐに社割で買う手筈を整えてくれた。
その日の仕事終わり、本当に買って帰った。国語便覧。第一学習社。今も手元にある。
「国語便覧」は、楽しい。
古典にあらわれる植物と動物が季節ごとにカラーで紹介されている冒頭からぐっとくる。帚木なんて源氏物語で名前しか知らないよというものが、ちゃんと写真で紹介されている。藤の花はちゃんと縦長でダイナミックに流れている。同じ項目に「想像上の動物」として麒麟も鳳凰も玄武も白虎もカラーで載っている。写真が見つからなかったんよ、だから絵にしておくわごめんね、ぐらいの感じで、本当に世の中のどこかに存在しているかのようにそこにある。
源氏物語は人物相関図と帖ごとのあらすじもある。芥川龍之介のページには「羅生門」出版記念会の写真というマニアック極まりないものも載っている。近現代文学史年表の下には、おまけのように当時の物価の変遷表までくっついている。明治時代から平成までのあらゆる物価の歴史、総理大臣の給料からカレーライスまで並べられていて、「へえ、この時代はこんな値段だったんだ」とちらちら見るのが面白い。
「映画と文学」のページには、牧瀬里穂さんと真田広之さんの、ふたりが並んでそこにいるだけで美しい映画「つぐみ」の写真と、ジョバンニ猫とカンパネルラ猫が、細野晴臣さんの、わたしにとっては当時未来的に思えた印象深い音楽とともに旅をする「銀河鉄道の夜」も掲載されていて、これを資料として後世に残してくれるのか、ありがとうとも思った。
「文庫と文学」のページには、「コバルトシリーズ」がひとつの項目として用意してあって、藤本ひとみさんの「愛からはじまるサスペンス」とか日向章一郎さんの「放課後のトムソーヤ」とか氷室冴子さんの「なんて素敵にジャパネスク」とかが、太宰治とか大鏡とかと同じ本に載っているということにそもそもびっくりして、わあわあと興奮したのを覚えている。
楽しい。いつまでも読んでいたい。
知らない海外の作家さんの顔をただ眺めるだけでもいいし、ページ下にちまちまと掲載された名言が突然心に刺さったりして、どこをいつ読んでも楽しい。
先日、こどもの参考書を買いに本屋に行ったら、「国語便覧」が平積みされていて驚いた。入試の加点にすぐさまつながるようなものでもないのに。聞けば、大河のせいか、漫画のせいか、今静かにはやっているらしい。
わたしが持っているものは、20年以上前のかなり古い奥付であって、だからきっと新しいものは中身の更新も大きくされているのだろう。出版社もたくさんあって、それぞれ全然別のものになっているのかもしれない。どれもきらきらして、えっへんと声が聞こえそうなぐらいに誇らしげに並んでいて、令和の「国語便覧」は全然知らないものみたいにみえたけれども、それでも、なじみの小さい子が遠くの空に羽ばたいていくようで、勝手にうれしい。
まあ、あなたこんなに立派になってと表紙をなでたくなる。たくさん読まれて、たくさんのひとに愛されてほしい。親類のような心持ちで、本屋に積まれた若き「国語便覧」たちをそっと見守っている。
