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聖地巡礼デビュー




 その日、私は一人でとある港町(A町とする)を訪れていた。


 旅の目的は、いわゆる「聖地巡礼」だった。

 普段、ゲームやアニメなどのサブカル系コンテンツに触れることが少ない私が、聖地巡礼などという玄人じみた行為に踏み切ったのには理由があった。

 A町は、昔ハマっていたゲームの舞台のモデルとなった町であり、その再現度の高さはファンたちの間でも有名だった。そのゲームは発売されてからかなりの時間が経っていたが、未だにA町に訪れるファンが多く、ちょうど私が行った時期にもゲームの周年記念を町を挙げて祝おうとするムーヴメントが起こっていたのである。

 限定グッズの販売、飲食店や観光施設での「巡礼ノート」の設置、町の観光地とコラボしたスタンプラリーの開催など、その内容は多岐にわたっていた。

 色々やりたいことはあったが、特に最後に関しては、パスポートに出入国スタンプが増えていくことを海外旅行の大きな楽しみの一つと捉えている(人間的成長やお金に換えられない体験を求めて旅をしているバックパッカー等から最も嫌われそうである)私としては見逃せなかった。


 平日の昼間だったこともあり、町にはほとんど人の姿がなかった。今時珍しく大手チェーンがほとんど参入していない、どこか寂れた印象を受ける地方の観光都市。終点で降りた駅からは「ようこそ、A町へ」的な大きな看板越しに海が見える。どこからか聞こえてくる海鳥の鳴き声、沖合から帰ってきたのであろう漁船の汽笛、薫る潮風。いつもより時間の流れがゆっくりしていると錯覚しそうなそののどかさは、日頃の生活で蓄積した疲れを一瞬で癒してしまうような心地よさに満ちていた。

 ………平日の昼間に旅行できる文系大学生が日頃の生活で疲れなんか感じてんじゃねえよ、とか言わないでください。返す言葉がないので!

 私は町に10台ほどしかないというレンタルサイクルを借りると、町内を巡って様々な「聖地」に訪れた。海岸や灯台、神社や商店街など、作中に登場した場所に行ってはあらかじめ写真に撮っておいたゲーム画面と見比べ、「すげえ、あの時のあそこじゃん!」「おお〜めちゃくちゃ再現されてる!!」等、声をあげて感動していた。……平日の昼、閑散とした町で一人はしゃぎ回る成人男性、周囲から見ればさぞ寂寥感に満ち満ちた光景に映ったことだろう。寂れていたのは町だけでなく私自身もだったというわけである(笑えない)。

 また、町の観光スポットではコラボスタンプラリーを押し、飲食店や娯楽施設では「巡礼ノート」を記入して回った。思うに、スタンプラリーやノートを埋める作業には、それこそゲームでクエストやイベントを一つ一つ攻略していく作業と同じ類の楽しさがある。先ほども話にあげた海外旅行にしても、私はパスポートに入国スタンプが増えるたびに、新たなエリアマップが解放され、冒険できる世界が広がったような感動を覚えている節があるのだろう。ゲームの舞台となった町でゲームのようにスタンプを集めていく、そんなこれまでの旅行にはなかった新たな種類の面白さに、私は心を躍らせていた。

 ちなみに、先ほどから当たり前のように登場している「巡礼ノート」について説明したい。巡礼ノートとは、アニメやゲームの聖地に設置されることの多い「自由帳」のことである。そこに訪れたファンたちが感想や日記、イラストを自由に書き込んでいくのだ。A町でも巡礼者の間接的な交流を目的とし、10ヶ所近い施設にノートが設置されていた。ちなみに巡礼ノートの書き込みは大概クセが強い。

 実際に私が見た時も、1ページ丸々使ってゲームに登場するキャラクターの素晴らしさを解説するコメントや、もはや売り物になりそうなほど綺麗なファンアートなど、個性豊かな旅の記録たちが所狭しと肩を並べていた。

【○○(ゲームのキャラ)は信仰の対象である。】

 などという謎のパワーワードもやけに達筆な字で書き込まれていた。

 私も作品への愛を叫びたかったが、いかんせんほとんどの施設が貸切状態だったため、ノートを管理する受付の方からすれば私がどの部分を書いたのか丸わかりじゃないか!後でノートを見られて、「アイツ、大人しそうな見た目して紙の上だと饒舌でクソワロタ」とか思われるじゃねえか!(※絶対にそんなことされない)という疑惑を抱いてからは猛烈に恥ずかしくなってしまい、

【○月○日 はじめてA町に上陸!】

 などと誰にしているのかも分からない非生産的な報告で誌面を無駄にする羽目になった。


 さて、初日の昼である。私は昼食のため、A町の外れにある、ザ・その地域に支持されている大衆食堂、的な飲食店に訪れていた。

 そこには、ザ・ぶっきらぼうだが実は誰よりも義理人情を備えており、地元の皆んなから愛されている町の名物的店主、みたいなおじさんが待ち構えており、私をカウンター席に案内してくれた。客は地元の漁師と私の二人だけ。いかにも頭に巻くタオルや「生き様」などとプリントされたTシャツが似合いそうな、その地域を知り尽くした中年男性二人に挟まれることで、A町になんのルーツもない青二才の私は非常に浮いた。


「お客さん、一応メニューそこにあるから。まあ
『おすすめ』でいいなら今日獲れた魚で適当に作っちゃうけど?」


「え、じゃあ『おすすめ』でお願いします!」


 「おすすめで」とオーダーする際、私は年甲斐もなくテンションが上がっていることに気づいた。都会ではなかなか経験することがない、ほとんどメニューが形骸化していて、店主の気まぐれやその日の仕入れの成果に基づいて食事が提供されるシステムに感動を覚えたのだ。


 その日の「おすすめ」はマグロだった。見たこともないような大きさでぶつ切りにされたマグロをふんだんに使った海鮮丼と、様々な具材が入った豪華なあら汁をいただくことができた。


 A町の素晴らしさを体現したような、脂が乗って風味の豊かな海鮮丼を楽しんでいると、店主のおじさんが話しかけてきた。


「お客さん、若いね、一人?」

「ええ、そうです」

「A町に来たのははじめてなの?」

「はい」

「と、いうことは??」


 ナイスパス!私は内心拍手喝采であった。何かのファンであるという、初対面の人間に対して一瞬躊躇しがちな自己開示の機会を、向こうから与えてくれた!


「はい!〜の聖地巡礼で来ました!」


 その一言がきっかけとなり、私と店主は一気に打ち解けた。ゲームの話はもちろん、「聖地巡礼」自体がはじめてであること、数少ないレンタルサイクルを使って町を巡っていること、数ヶ月後にはA町から遠く離れた地域に引越してしまうこともあって今回の旅行に踏み切ったことなど、随分と個人的な話も聞いてもらった。

 また店主の方からも、A町の発展のために色々と尽力していること、その一環として巡礼ノートの設置に協力していること、最近では年に数回ゲームのオフ会会場として店を提供していることなど、A町やゲームに対する愛がひしひしと伝わってくるお話を伺うことができた。

 そんなにA町が気に入ったのならこっちで就職したらどうだ、というノリになった際、「どこなら雇ってくれそうですか?」と聞いてみると「美容院とかどうだ?」と店主は言う。

 美容院??あんなお洒落なオーラを纏っていないと立ち入りが許されないようなキラキラした環境に、私が馴染めそうに見えてるってこと??ほんとに!?と思ったのも束の間、


「きみ、売れない美容師みたいな髪色してるし」


 一瞬で上げてから落とされた。「美容師」というワードが漠然と醸している洒落たイメージを打ち消して余りある「売れない」という修飾句に、私はがっくりした。というかこの時代、「売れない」と分かっている美容師を雇う余裕のある美容室なんてないだろうに……。

 つい先日、私は思いつきで金髪にしてみたのだが(あまりにも大学生)、その際も担当していただいた美容師の方から「中身が暗いのに外見が明るいから違和感がすごいね笑」等、たった今当人の外見を明るくすることで金銭を受領した人間とは思えない感想を貰ったりしていた。これに関しては、もはや「単純に似合っている/似合っていない」軸から「性格に似合っている/似合っていない」軸にさりげなく評価基準をすり替えてくれた美容師の優しさに感謝すべきかもしれない。


 ちなみに海鮮丼はとても美味しかったが、量が多過ぎて全部は食べきれなかった。隣にいた漁師の方は私の1.5倍の「大盛り」をペロリと完食しており、店主には「最近の若いのは情けないねえ笑」と呆れられてしまった。私は、自分の食の細さが若者世代全体のイメージに悪影響を与えてしまったことを申し訳なく思った。ペラペラ喋る前に手を動かせ。


「さて、食事も済んだことだし『こっち』も楽しんでってよ!」


 サービスでデザートまで付けてもらった食事を終えると、店主は私を店の奥のスペースに案内しようとする。そこは暖簾で奥の見えない通路のようであり、一見すると突き当たりにトイレがあるスペースにしか見えなかった。


「えっと、一体この先に何があるんですか?」


「いいからいいから!ほれ!」


 店主が暖簾をどかす。目の前に開けた光景を見て、私は思わず息を呑んだ。


 壁一面に貼られたゲームのポスター。神棚のような場所に飾られた大量のフィギュアや関連書籍。手前のスペースには様々な種類の和菓子が並べられ、それらを取り囲むように色とりどりのドライフラワーが咲いている。その姿はまるで、神を祀る祭壇のようだった。……これが「聖地巡礼」!? 私はなにか洗礼を受けた気分だった。


「これは!?」

「ここ、常連さんたちの間では『○○神殿』、なんて呼ばれててさ、遠くから来たファンたちがこんなふうにグッズやらお土産やら『奉納品』を持ってきてお供えしていくわけよ!この前なんか台湾から来た人がいたんだよ!」



【○○は信仰の対象である。】


 数時間前に見た巡礼ノートの一文が、私の中でリフレインした。

 本当に………信仰、されてる!!!



「これは、本当にすごいですね!」


 老舗の食堂には似つかないメルヘンな光景に圧倒されつつも、私はそこに作品への溢れんばかりの愛を感じ、温かい気持ちになっていた。だが、そんな他人事みたいな感想を抱いただけでは話は終わらなかった。


「お客さんも何かないの?」

「へ?」

「ほら、『奉納品』!」


 ない。単なる一泊二日の一人旅で「奉納品」のカツアゲなど想定できるはずがない。昨夜調べた「初心者必見・聖地巡礼の持ち物リスト」的な記事よ。どうして最重要項目に

【・奉納品(限定グッズや自分の住んでいる地域のお土産などが望ましい、生もの不可)  】

 という一文を書いてくれなかったのだ。お陰で祭壇に手ぶらで来た私は、背教者一歩手前である。


 それでも私は少しでも代わりになりそうなものを……と思い、リュックサックの中を漁ると、いつ買ったのかも分からないミンティアの残骸を発見した。私は一瞬の逡巡ののち、「必ず次来た時に持ってきます!」と言って出さないでおくという正答を辛うじて選び取った。

 危ない危ない。神殿まで建設するほど熱心なファンたちのことだ。もし仮に私がしけったミンティアなど奉納しようものなら、信仰の対象である○○に間接的にブレスケアを促した愉快犯として指名手配されかねない。


「じゃあ、今日はありがとう!また来て!」

「はい、次は必ず『奉納品』を」


 ああ、なんて素晴らしい店だったのだろう。一人旅らしい、思わぬ形での出あいを経て、私は満たされていた。さあ、次はどのスタンプを押しに行こうか。店の戸を開けた、その時だった。


「あっ!あと店のSNSもチェックしといて!お客さんのことも載せといたから!」


 ………?

「お客さん」って、私のこと?

 確認するよりも前に勢いよく戸が閉められて、私は店の前にポツンと取り残される格好となった。アニメなら一瞬無音で頭上に「・・・」等のテキストが現れるシュールな演出がなされそうな場面である。

 私は急いで近くの公園まで移動すると、SNSで先ほどの店の名前を検索する。すると……


【〜ファンの方にお知らせです!ついさっき新しい〜ファンが来てくれました!A町ははじめてで、もうすぐ遠くに引越しちゃうから思い出作りに来たらしい!夜は〜で食べる予定だとか!金髪でレンタルサイクルに乗った若者を見つけたら、ぜひ仲良くしてあげてね!!】


 ………!?

「金髪」。「レンタルサイクル」。「若者」。おまけに「遠くに引越し」!?

 それは食事の間私が店主に喋ったことを、要点を抑えながら簡潔にまとめた文章だった。大学のリアクションペーパー作成時に求められるスキルが全て集結している。平日の昼間、金髪、レンタルサイクル、若者。A町のようなこじんまりとした町でここまで条件を絞れば、ヒットする人間は一人しかいない。

 私は思った。


 本当に………指名手配、されてる!!!


 しかも「ぜひ仲良くしてあげてね!!」って最後、新しい学校に上手く馴染めない転校生みたいな扱いされてる!!

 夕飯の場所まで公開されたせいで、私はその夜訪れた飲食店でも、「コイツ、ほんとに来たよ笑」みたいな反応をされる羽目になった。(地方の飲食店経営者同士の結束は驚くほど強固である)


 旅先で訪れた地元の大衆食堂で、人情味溢れる店主と仲良くなる。そんな、都会では少なくなった人と人との繋がりは、どこか魅力的だ。だが、繋がりすぎるのも考えものである。私は夜、私以外に5人くらいしか宿泊客がいなかった昭和バブルの遺構の様な味のあるホテルで、貸切状態になった露天風呂に浸かりながら、潮風と波の音、星々と灯台の光を浴びながら、そんなことを考えたのである。

 ……嗚呼、なんて風流!


※ 見出し画像は、アニメ『SLAM DUNK』の聖地(神奈川県鎌倉市七里ヶ浜周辺)。本投稿には一切関係なし。サムネ詐欺。

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