アマテラスとスサノオが交わした謎の儀式「うけい」とは何か❓|死人も生きかえる⁉️石上神宮に伝わる十種祓詞(ひふみ祝詞)|これらの謎を大和言葉から紐解く|令和の竹取物語#2
誓約
日本神話の重要な場面のひとつ、アマテラスとスサノオの誓約。スサノオが自身に悪意がないことをアマテラスに証明するために行ったとされる、謎の儀式です。神話自体は検索すれば出てくるので省略します。
この誓約がどのようなものかを知る人は、プロの研究者にも皆無です。その理由は単純に、誓約が現実に行われたことを示す文献や考古資料が一切存在しないため。直接的な手がかりは神話の記述だけなのです。
占いの一種と言われることもありますが、これは論拠がゼロに等しい憶測に過ぎません。今回は、これまで誰も考えもしなかった、まったく新しい視点からこの誓約の意味を考察してみます。
「誓約」という漢字表記は日本書紀に書かれているもので「うけい」という読み方が一般的に知られています。一方、古事記では宇気比と書かれています。
古事記は古い大和言葉の発音を保存することを目的として文字を当てたのであって、宇気比という漢字そのものに意味はありません。古事記の編纂当時はひらがなもカタカナもまだ存在しなかったので、大和言葉の発音を書物として後世に伝え残すには、一音ずつ漢字を当てるしか方法がなかったんですね。
古事記から読み取れる正確な発音は「うけひ」なのです。「うけい」は最後の「ひ」が音韻変化した結果ですね。このたった一音の違いが、手がかりが極めて少ない神話の読み解きではものすごく重要です。
それにしても古事記が残っていてよかった。実質的に日本書紀だけが正史とされていた江戸時代、本居宣長が古事記伝を書き広めてくれて本当によかった。
もしも本居宣長が伝を書くことなく、古事記が人知れず埋もれたままだったら、現代の我々が大和心を推しはかることも不可能に近かったでしょう。そりゃ宣長さんも「日本人は漢心に染まりすぎだ」と批判したくもなるというものです。
話が逸れました。
うけひ自体についての記録は残っていなくても、大和言葉と神道の祝詞の中に、うけひの意味を解読する手がかりがほんのわずかに残されている事に私は気が付きました。そこから帰納法で、失われた太古の言語体系の理を再構築します。
大和言葉のコアイメージと十種祓詞
まかる
罷る(まかる)という古い言葉があります。古語辞典を引くと次のような意味とあります。
1. 「退出する」「おいとまする」
貴人の前や、宮中などの格式の高い場所から去る時に使われます。「上の人のそばを離れて外へ出る」という敬意が含まれます。
2.「地方へ行く」
天皇のいる都から地方へ行くこと。
3.(好ましくないものが)「盛んになる」「はびこる」
主に否定的な文脈で使われます。
例:「虚言、世に罷り通る」=嘘が世間に横行する
4.「亡くなる」
人が亡くなること。「身罷る」とも言います。
これらの用法を一覧した時、通底するイメージが見えてくるはずです。高い所から低い所へ。中央から末端へ。暖かい所から冷たい所へ。秩序から混沌へ。視座が相対的に下である状態を指します。
つまり「まかる」という言葉のコアイメージは、中心から離れる、力の源泉から遠ざかるという方向性で、太陽から離れるほど冷えていく物理イメージです。

ここまではいいでしょうか?
先に進みます。
十種祓詞
十種祓詞は、奈良県の石上神宮に伝わる祝詞の一種です。ひふみ祝詞とも言います。実際に石上神宮の神職が毎朝、十種祓詞を含むいくつかの祝詞を奏上しています。
十種祓詞の全文は次のとおり。全部は読まなくても構いません。注目してほしいのは太字の部分です。
高天原に神留り坐す 皇吾親神 漏岐神漏美命以ちて皇神等の鋳顕わし給う十種の瑞宝を饒速日命に授け給い天津御親神は言誨え詔り給わく汝命この瑞宝を以ちて豊葦原の中国に天降り坐して御倉棚に鎮め置きて蒼生の病疾の事有らばこの十種の瑞宝以ちて
ひと ふた み よ いつ む ゆ なな や ここの たり
と唱えつつ布留部由良由良と布留部
此く為しては死人も生き反らんと事誨え給いし随に饒速日命は天磐船に乗りて河内国の河上の哮峰に天降り坐し給いしを爾後
大和国山辺郡の布瑠の高庭なる石上神宮に遷し鎮め斎き奉り代代其が瑞宝の御教言を蒼生の為に布瑠部の神辞と仕え奉れり故この瑞宝とは
瀛都鏡 邊都鏡
八握劍
生玉 足玉 死反玉 道反玉
蛇比禮 蜂比禮 品物比禮
の十種を布瑠御魂神と尊み敬い斎き奉る事の由縁を平けく安らけく聞こし食して蒼生の上に罹かれる災害また諸諸の疾病をも布瑠比除け祓い遣り給い寿命長く五十橿八桑枝如く立栄えしめ常盤に堅盤に守り幸え給えと恐み恐みも白す
死人と書いてまかりしひとと読みます。これは現代日本語の「死」の用法とは明らかに異なります。亡くなった人が生き返ることはありえませんからね。
結論から言います。十種祓詞における死人とは、霊の元から離れ、目に見えないものを感じる根源的な力(直観・第六感)が衰えてしまった人を指しています。
先ほどの「まかる」のコアイメージをもう一度見てください。

「日の元から離れる」と「霊の元から離れる」のコアイメージは共通しています。そのため命の火が消え冷たくなる肉体的な死と、霊が消える第六感の喪失を、どちらも「まかる」と表現するのです。
日、霊、火という漢字を全て「ヒ」と発音するのも同じ事で、直観で見えるコアイメージはすべて相似であるためです。大和言葉の原型とも言えるこれらの言語体系を作った人々は、この五感では感知できない領域の理を見抜いていました。
漢字の伝来以前は、これらの概念は本質的に同一と見なされていて、あえて境界を持とうとしなかったのではないかと思います。むしろ、漢字を使い始めたことによって「ヒ」は日・火・霊として分かれ、そこに認知的境界線が生まれてしまった、と言った方が正しいのかもしれません。
この現代において人類は、“死人”の方が圧倒的多数と言えます。それは当然のことで、暗闇の中で生きる生物の目が退化していくのと同じく、本能的・根源的な感覚を働かせなくても生きられる(肉体的な死が遠い)文明社会の中では、この力を使う機会がそもそも無いため、衰えていきます。
十種祓詞に書かれている「死人も生き反らん」という記述は、この力を失った人でも再生することは可能である、という意味になります。
問題は「どうやって?」ですが、そこはまだ私にも解明できていません。
ひと ふた み よ いつ む ゆ なな や ここの たり
と唱えつつ布留部由良由良と布留部
これを行えば(此く為しては)死人も生き反る、と書いてあるのですが、この部分の解明には、むしろこの祝詞から離れて別方向からさらに探究を進める必要があります。
祝詞そのものは文字に書かれた文章に過ぎない以上、そこに言霊はもう宿っていません。言霊とは、人と人の対話によって伝わる霊であり、火と同じように、燃え続ける条件が整っていなければ言霊は消えます。
言霊が燃え続けられる条件は「人の認識」です。祝詞の意味を知るためには、祝詞の意味を認識している人との対話が不可欠です。文字に書かれたものを、意味がわからないままただ読み続けていてもほとんど意味はありません。文字に書かれた祝詞は、言ってみれば「祝詞のヒの燃えカス」です。燃えカスそのものから再びヒを復活させようとしても無理なのです。
釈迦が弟子と対話をしたのち、対話の内容を文字には書き残すなと戒めた理由もおそらく同じことです。
仏性(ヒ)が抜けた法(書物)だけが広まると、法が一人歩きしはじめ、それは人々の役に立つどころか逆に迷信の種にもなり、人々に災いをもたらす。釈迦はその理を悟っていて、仏・法・僧のいずれが欠けてもならないという戒め「三宝」を説いたのです。ちなみに僧は「行動」です。
ソクラテスも同様に、文字の功罪の「罪」について語っています。
文字の発明についての説話
ソクラテスは次のような神話を語った。
あるときエジプトの神トートが、ファラオの王タムスに新しい発明を見せた。それには数や計算、幾何、占星術、そして最後に「文字」も含まれていた。
トートは言った。
「この技術は人々の記憶を強め、知恵を増すだろう」
しかしタムスは答えた。
「いや、トートよ。これは人々に忘却をもたらす。彼らは自ら思い出すのではなく、文字に頼るようになるだろう。これは“記憶の補助”ではあっても、“記憶そのもの”ではない。彼らは知恵を得たように見えて、実際には“知ったつもり”になるだけだ」
祝詞からヒが人に宿るのではなく、ヒを内に宿している人だけが祝詞を読める。この因果が逆になる事はありません。
そして今の私にはまだ十種祓詞の意味を認識するヒがありません。ですから「祝詞から一旦離れて別のところに手がかりを探す」わけです。
最初に掲げた問いは「アマテラスとスサノオが交わしたウケヒとは何か?」でしたね。
ウケヒにふさわしい漢字を当てるなら、私なら受霊と書きます。他者の思念を言葉ではなく思念のまま受け取る行為、およびその能力や技術。それが受霊です。前回記事の「磐座とは何か」の考察にも関係していますね。
テレパシーの一種とも言えるでしょうか。
であれば「なぜウケヒをしただけでスサノオに悪意が無いことの証明になるのか?」という問いにも自ずと説明がつきます。アマテラスはスサノオの心中にあるものを、直接受け取った。だからスサノオに悪意が無いこともわかった。シンプルな話ですね。
「テレパシー」もまた俗化しすぎた言葉で、誤解や拡大解釈の元になりそうなので、本論の中だけに留めておきます。
#3へ続きます。
