見出し画像

消えゆく神社を守りたい #未来のためにできること

日本には約8万社の神社がある。
はるか昔から私たち日本人の身近にあることが当たり前だった神社。

その神社がいま、次々に消滅している。
もっとも多いのは経済的な理由。
特に、神社本庁への上納金が負担となっている。
神社消滅のペースは今後さらに加速し、2040年には4万社近くが消えると試算されている。

今からわずか15年で全国の神社が半分になる
この衝撃的な事実を知っている人自体、少ない。
百年後には「神社を知らない日本人」が生まれていてもおかしくないのだ。

二千年以上の歴史を持つ神社もある。
それがなぜ、これほど急速に消滅しているのだろうか。

根本的な問題は、経済よりもむしろ、心の在り方にある。

いつからか私たちは、神社からご利益を一方的に受け取ることを疑問に思わなくなった。気の流れが一方向なら、送る方は当然枯れる。
気枯れは穢れである。

本来の神祀りとは、人から神へ、神から人へと思いが巡ること。循環する大自然と同じだ。私たちはそのことを忘れ、ご利益を受けることだけを考えるようになってしまった。

お正月や七五三の時だけ、形だけの神社参拝では思いは巡らない。

神社の消滅という現象は、現代人の心の在り方がそのまま物質世界に写し出されているに過ぎない。

私は百年後、千年後の子孫たちに神社を残したい。

そこで、毎日各地で行われている、各種イベントや教室、ワークショップなどを、神社の社務所などを借りて行い、お礼の気持ちを金銭という形で神社に還元する、巡るカタチを作る。

大人も子供も、日本人も外国人も、どんな差異も問わず、集まりたい人が神社に集まればいい。

横の繋がりを生む交流目的で神社に人が集まれば、誰からともなく自然に、私たちにとって神社とは、神道とは、八百万の神々とは何なのかについて話すだろう。

欠けているのは、人の繋がりなのだ。
神は人と人の間にいる。
人と人、古代と未来の間を結ぶ。
それが本来の神祀りの在り方だったはずだ。

神話について話すのもいい。
日本神話の解釈には正解がないから、自由に思いを巡らすことができる。
歩む道が人それぞれ違うのが神道なのだから。

子供を呼んで、社会経験を積んだ大人たちと直に触れ合える場にする。血の通う、生きた交流をする中で、子供は自ら生きる道を見つける。

地域の高齢者を呼んで、昔の話を聞かせてもらう。
それが認知症予防になる。

神社を通して日本人が古代から継いできたものを守るため、私から始める。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集