「神を崇める天皇」崇神天皇〜初代神武天皇との関係性から古代史を読み解く
今年の2月11日の夜(正確には2月12日の午前)、ある夢を見ました。後に初代天皇となる、神倭伊波礼毘古命の東征神話の夢です。
その夢の中で、誰かが次のようなことを言っていました。
それは神を前にして崇めるか、それとも自ら神を背負うかの違いだ。
2月11日と言えば建国記念の日。イワレビコが初代天皇に即位したとされる日です。その日に神武東征神話の夢を見たとは話ができ過ぎなので、作り話だと疑われそうですね。
noteには書いていなかっただけで、私がオーナーのLINEオープンチャット
六芒星と日本神話スピリチュアルな古代史探求にはその話をした時のログが今も残っています。

まあ作り話と思ってもらっても別に構いません。重要な事は、この夢が私や他の人にとってどんな意味があるかです。そこに生きる指針となる意味を見出せないのなら、私はそもそもこうしてnoteに投稿しようとも思わないですからね。
神武東征神話
学校では日本神話を教わらないので、東征神話を知らないという人も多いと思います。簡単に書くと、イワレビコが九州の日向から軍を率いて瀬戸内海を東に進み、大和盆地周辺を統治していたナガスネヒコと戦って勝利するまでを記した神話です。
イワレビコは、兄である五瀬命と共に行動していました。
浪速国の白肩津に停泊すると、ナガスネビコの軍勢が待ち構えていた。その軍勢との戦いの中で、イツセはナガスネビコが放った矢に当たってしまった。イツセは「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東を向いて)戦うのは良くない。廻り込んで日を背にして(西を向いて)戦おう」と言った。
私が夢で見たのはこの場面です。この東征神話と、夢で私が聞いた神を前にして崇めるか、それとも自ら神を背負うかの違いという言葉を重ね合わせると、以下の解釈が成り立ちます。
この場面は単なる戦術の転換ではなく、霊的な転換を示しています。
古代の日本において「日」とは単なる太陽ではなく、宇宙を貫く霊の象徴でした。「日の本」とは、霊の源、すなわち万物の根源を意味します。
日に向かうとは、神を外に見て拝すること。それとは対照的に、日を背負うとはその光を自らの内に宿し、神と一体となって行動すること。イツセの言葉は、外なる神を崇める段階から、内なる神とともに生きる段階への覚醒を示しているのです。
そしてこの物語は、単なる過去の史実ではありません。むしろ「実現しなかった理想」だからこそ、未来を生きる我々に託された祈りなのだと思うのです。その祈りが、神話という象徴の形で残された。それには深い理由があります。
神武天皇と崇神天皇の関係性
なぜ、はっきりと「これはこういう意味だ」と伝えず、わざわざ暗号めいた神話物語として未来に託したのか。その答えは、歴史の流れの中にあります。
初代神武天皇の別称は始馭天下之天皇。「ハツクニシラススメラミコト」と読みます。そして第十代崇神天皇の別称は御肇國天皇。こちらの読みも全く同じ「ハツクニシラススメラミコト」です。
この事から、両者は同一人物なのではないかという議論も昔からありますが、私はそうは思いません。
私の推測では、崇神天皇は実在した王であり、文字通り、国土を治めた最初の天皇。言わば現象界の初代天皇です。
それに対して神武天皇は、実在した人物ではなく、崇神天皇よりも以前に日本にいた「神を内に宿す人々」の精神性を象徴する存在。潜象界の初代天皇です。
古墳時代以降、日本は「神を崇める人々」によって統治されるようになりました。その象徴が崇神天皇です。そして神武東征神話が伝えるのは、その逆。神を外に祀るのではなく、内に宿して生きること。古墳時代以前の先住民族が持っていた、自然と一体化している精神です。
崇神記には「神を宮中で祀っていると良くないので外で祀る事にした」と書かれています。この記述も崇神天皇の治世の本質を暗号として後世に伝えるものです。宮中とはすなわち人の内側であり、日(霊)と人が直接繋がっていた事を指しています。そのヒが「外」に出され、それと共に人々は霊性を失った。
そもそも人類はなぜ外在神を崇めるようになったのか?
一言で言うなら楽だからです。為政者は、言葉で布教される神や仏という偶像を統治の道具として利用することで、力に頼らなくとも人々を従わせることができ、統治しやすくなります。また下々の人にとっても、上の人の言うことに従って生きさえすれば、自分で物事を考えないで済むため、楽なのです。これは善悪という話ではなく、なるべくしてなる自然の理です。
大阪万博のパビリオン「いのち動的平衡館」を監修した生物学者の福岡伸一先生は、生命を次のように表現しています。
秩序は、宇宙の大原則である「エントロピー増大の法則」に従って、無秩序になる方向にしか動かない。しかし、生命だけは、この法則に抗って、自らを率先して分解し、同時に作り直すことによって、なんとか秩序を維持しようとしている。これが生命のもっとも重要な本質、動的平衡である。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンが言った「坂を登ろうとする“努力”」である。
人が楽な方に流され、秩序から無秩序へと流れていくこともエントロピー増大です。そしてそれに抗うことこそが生命の本質。日本の先住民族は最初からそのことに気付いていました。
もしも「神を内に宿し自然と一体として生きる」という先住民族の真意が、古墳時代とその後の権力のもとで公然と語られていたなら、それはきっと外在の神仏信仰を治世に利用する勢力によって弾圧され、天皇記からも消されていたでしょう。
神武天皇の岩戸閉めは、御自ら人皇を名乗り給うより他に道なきまでの御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変わりの事柄を、一応、岩戸に隠して神ヤマトイワレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸閉めの一つであるぞ。
だからこそ、神武東征神話という物語のかたちを借り、本当に後世に伝えたい事とは真逆の「先住民族を服従させる物語」としてカモフラージュし、それとは知られぬよう人の心の奥深くに密やかに残そうとしたのだと考えられます。数百年先、千年先を見据えてのことです。
そうだとすれば、この複雑な神話を構築し天皇家の物語として残した主体は、崇神王朝「ではない」という事になります。この謎は次回以降触れて行きます(自分への宿題1)。
このような事は日本に限った事ではなく、例えば聖書に関しても同じことが言えます。人々が広く信仰する宗教は滅びに通じるという事が、聖書にもやはり暗号として書かれています。自然の理は人類共通なので、どこの国でも神話は似たような暗号の構造を持つんですね。
狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。 しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。
人類が織りなしてきた縦糸と横糸
これは崇神天皇が悪者という話ではありません。例えるなら、織物の縦糸と横糸のようなものです。有限化(偶像化)された神あるいは仏を上位として崇める精神は、縦糸。その王の下には王権を組織する人々がいて、王を仰ぎ見る。さらにその下に民がいて、王権を仰ぎ見る。縦糸の意識は、現象界で必ずそのようなピラミッド型の社会構造を形成します。現代もそうですね。
それに対して横糸は、縦の支配構造をつくらない意識です。縦糸だけでも横糸だけでも織物は織れず、どちらも必要です。
日本語の滅ぶという言葉が綻ぶと似ているのは偶然ではありません。花が開くことも綻ぶと言いますが、文明開花は同時に「綻び」につながるのです。
この支配のピラミッド構造を形成する上下の意識のことをウシハク意識と呼びます。その論拠となり得る物証が今も三重県に残っているので、これについても今後書いていきます(宿題2)。
大陸はもとより、日本も古墳時代以後はほぼ縦糸だけしかなく、スカスカな織物です。それでも江戸時代までは持ち堪えていましたが、明治維新により西洋を理想化した時からいよいよ日本も危うくなりました。
このまま楽な方へ流され、横糸を織ることを忘れたままだと…つまり、霊の元から生じる直観と、その直観を踏まえて自分自身の頭で物事を考えるという、人が本来あるべき姿を忘れたままだと、遅かれ早かれほころび(滅び)ます。
日本神話で機織が何度も象徴的に登場する理由もここにある気がします。神武天皇の先祖に当たる瓊瓊杵尊の母は、機織の神、栲幡千千姫命です。
その観点から日本の精神性を語るとき、八幡神にも言及しておく必要があります。記紀にはその名が一度も登場しないにも関わらず、神社の祭神として日本でもっとも多く祀られているのがこの八幡神です。この謎も神武東征神話と深く関わってきます(宿題3)。
というわけで、また次回。
