初バイトの日、店がいつも以上に忙しかった話
初めてのバイトの日だった。
ラーメン屋で、11:00から15:00までの4時間。
まかないはなし。
ただ、初めて「働く側」として店に立った。
正直に言えば、最初から余裕があったわけではない。
むしろ、何をすればいいのかを考えるだけで、頭の中がずっと忙しかった。
皿洗いをする。
バッシングをする。
ご飯を盛り付ける。
また洗い物に戻る。
やることが次々に変わっていく。
一つの作業に慣れる前に、次の作業が来る。
しかも、その日はどうやらいつもよりお客さんが多かったらしい。
仕事終わりに、店長が他のスタッフに向かって、
「今日めっちゃ〇〇メニュー多かったよなぁ」
とつぶやいていたのが聞こえた。
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
最初の1時間は、正直かなりたどたどしかった
最初の1時間は、かなりたどたどしかった。
「いらっしゃいませ」も、
「ありがとうございました」も、
お客さんにしっかり届くような声では言えていなかったと思う。
声を出そうとは思っている。
でも、慣れていないから、どこか遠慮が出る。
自分がこの場にいていいのか。
今、動いていいのか。
何を優先すればいいのか。
そんなことを考えているうちに、体の動きが遅れる。
スタッフさんに言われてから動くことも多かった。
本当は、言われる前に気づいて動くべきなのだと思う。
でも、初めての環境では、
「何が必要そうか」を考えるだけでもかなり脳のリソースを使う。
働くとは、手だけを動かすことではない。
周りを見ること。
次を読むこと。
相手が何を求めているかを考えること。
それを同時にやる必要がある。
初めて働く自分にとっては、
その一つひとつが想像以上に大きかった。
忙しさの中で、少しずつ体が動き始めた
ただ、2時間ほど経った頃から、お客さんが一気に増えてきた。
そうなると、もう迷っている余裕がない。
目の前の丼を下げる。
洗い物をする。
ご飯を盛る。
また席を確認する。
とにかく、今できることをやるしかなかった。
不思議なことに、そのあたりから、
最初は意識しないと言えなかった言葉が、少しずつ自然に出るようになった。
「いらっしゃいませ!」
「ありがとうございました!」
大きな声で言おう、と毎回考えていたわけではない。
忙しさの流れの中で、気づいたら言っていた。
スタッフさんに言われなくても、
空いた丼を見つけたらバッシングに向かえる場面も少しずつ増えた。
そこで思った。
慣れって、やはり大事だ。
そして、慣れはただ時間が経てば勝手に来るものではなく、
流れの中に入ることで少しずつ生まれるものなのかもしれない。
頭で理解するだけではなく、
実際に動きながら、体が覚えていく。
最初はぎこちなかったことも、
忙しさの中に入ると、考える前に少しだけ動けるようになる。
それは、初バイトの自分にとって大きな発見だった。
小さな工夫が、仕事を少し楽にしてくれた
この日、新しく学んだことの一つに、丼の戻し方がある。
食べ終わった丼を戻すとき、
ただ積み上げるだけだと、少し持ちにくい。
でも、一番下の丼にレンゲを挟めて、その上に丼を積み上げると、
手に引っかかりができて持ちやすくなる。
本当に小さな工夫だ。
でも、こういう小さな工夫があるだけで、
バッシングのしやすさは変わる。
仕事は、根性だけでやるものではないのだと思った。
もちろん、頑張ることは大事だ。
でも、それと同じくらい、
どうすれば少しやりやすくなるかを考えることも大事だ。
現場には、実際にやってみないと分からない工夫がある。
本や動画で知識として学ぶこともできる。
でも、丼の重さや、レンゲの位置や、手の動かし方は、
その場に立って初めて分かる。
こういう小さな発見があるから、
働く経験は面白いのかもしれない。
速さと丁寧さのバランス
洗い物では、少し反省もあった。
自分は、洗い残しがあるといけないと思って、
必要以上に丁寧に洗ってしまった。
もちろん、丁寧にやること自体は悪くない。
汚れが残っていたら、それはお客さんにも店にも失礼だ。
ただ、お客さんがたくさん待っている状況では、
丁寧さだけを追求しているわけにもいかない。
質は大事だ。
でも、速さも大事だ。
速さだけを重視して、必要なことをないがしろにするのは本末転倒である。
一方で、完璧を求めすぎて全体の流れを止めてしまうのも、やはり違う。
その場で求められている行動は何か。
今、一番優先すべきことは何か。
それを考えながら動く必要があるのだと感じた。
これは、バイトだけの話ではないのかもしれない。
勉強でも、仕事でも、副業でも、
丁寧にやることと、前に進めることのバランスはいつも難しい。
丁寧さは大切だ。
でも、丁寧であることに安心して、流れを見失ってはいけない。
初バイトの洗い場で、そんなことを思った。
グラスを割って、すぐに伝えたこと
洗い物をしている最中に、ビールのグラスを割ってしまった。
その瞬間、かなり焦った。
割れた音。
手元に残った感覚。
忙しい店内の空気。
一瞬、心臓がきゅっとした。
でも、すぐにスタッフさんへその旨を伝えた。
そして、許しを得た。
世間一般からすれば、これは当たり前の行動なのだと思う。
失敗したら、すぐに報告する。
隠さない。
ごまかさない。
それだけのことかもしれない。
でも、個人的には少し成長したと感じた。
今までの自分は、誤ちを隠そうとしてしまうことがあった。
怒られるのが怖い。
失望されるのが怖い。
自分の評価が下がるのが怖い。
だから、間違いを正直に出すことに抵抗があった。
でも、働く場では、隠す方がずっと危ない。
グラスが割れたことを共有しなければ、
誰かがけがをするかもしれない。
店の流れに支障が出るかもしれない。
責任感とは、
失敗しないことだけではない。
失敗したときに、すぐに伝えること。
その後の行動を変えること。
その後、グラスを磨くときは特に緊張した。
また割ってしまわないように、かなり注意した。
怖さもあった。
でも、その怖さを持ちながら作業することも、
働く中では必要なのだと思った。
働いてみて、面接で落ちてきた理由も少し見えた
これまで、何度も面接に行って落ちてきた。
その理由の一つが、少しだけ分かった気がした。
もちろん、相手が実際にどう感じていたかは分からない。
でも、自分の見た目や仕草から、
「この人に任せて大丈夫だろうか」と思われていた部分があったのかもしれない。
今まで働いたことがなかった自分が、
「いつでも働けます」
と言ったとしても、その言葉にはまだ実感がなかった。
言い出しっぺに近かったのだと思う。
働くということを知らないまま、
働く意志だけを見せようとしていた。
でも、実際に4時間働いてみると、
その言葉の重みが少し変わる。
働くとは、時間を差し出すことだけではない。
責任を持つこと。
周りを見ること。
失敗したら報告すること。
忙しい中でも、目の前の作業を止めないこと。
そういうものを少しだけ体で知った。
これから面接に行くとき、
自分はまだ完璧に話せるわけではないと思う。
でも、少なくとも今までよりは、
働く目線から話せる気がする。
口だけの意志ではなく、
実際に働いた上での責任感を、少しずつ言葉にしていけると思う。
楽しかったことも、ちゃんとあった
大変なことばかりだったわけではない。
少し楽しかったこともある。
米を1050g測る作業と、
ご飯を120g盛り付ける作業があった。
最初の一発で、ちょっきり測れた。
これは普通にうれしかった。
ただ、2回目以降はボロボロだった。
店主にも急かされた。
「本当に、すみません」という気持ちである。
でも、こういう小さな成功と小さな失敗が、
初めての仕事にはたくさん詰まっているのだと思う。
一回うまくいったからといって、
次もうまくいくとは限らない。
むしろ、安定してできるようになるまでには、
何度も繰り返す必要がある。
ここでもやはり、慣れの大切さを感じた。
外食の見え方が変わった
今回働いてみて、外食の見え方が少し変わった。
自分が何気なくラーメン屋に行くとき、
注文して、料理が来て、食べて、帰る。
お客さん側から見れば、それだけの流れである。
でも、その裏では、スタッフさんたちがずっと動いている。
料理を作る人がいる。
配膳する人がいる。
皿を下げる人がいる。
洗い物をする人がいる。
ご飯を盛る人がいる。
自分が座って食べている数十分の裏側に、
たくさんの手と判断がある。
しかも、忙しい時間帯であれば、
その一つひとつが止まらない。
だからこそ、これから外食するときは、
自分のために作ってくれた人や、配膳してくださった人に、
きちんと言葉で感謝を伝えたいと思った。
心の中で思うだけではなく、
相手に向かって言葉にする。
「ありがとうございます」
「ごちそうさまでした」
たった一言かもしれない。
でも、働く側に立ってみると、
その一言の重みが少し分かる。
助け合える仲間がいること
この日は、いつもより忙しかったみたいで、
自分を含めたスタッフ全員が、手を止められない時間が続いた。
本当に、誰か一人でも多くいたら、
どれほど作業が進んだだろうと思った。
一人が丼を下げる。
一人が洗う。
一人が盛り付ける。
一人が配膳する。
それぞれが別の場所で動いていても、
全部がつながっている。
自分の作業が遅れると、次の人にも影響する。
逆に、誰かが助けてくれると、全体が少し楽になる。
助け合える仲間がいることは大事だ。
これはきれいごとではなく、
忙しい現場の中で本当に感じたことだ。
一人で頑張ることも必要である。
でも、一人だけで仕事は回らない。
誰かがいるから、流れができる。
誰かが動いてくれるから、自分も次に動ける。
働くとは、個人の努力だけではなく、
チームの中で自分の役割を少しずつ見つけていくことなのかもしれない。
初バイトで学んだこと
初バイトの日が、いつも以上に忙しい日だった。
正直、きつかった。
強めに言われて、だいぶしんどいと感じた場面もあった。
自分の作業が遅かったことが大きな原因ではある。
それは分かっている。
でも、分かっていても、きついものはきつい。
ただ、同時に、
「バイトってこんなもんだよね」
と思えば、これからもやっていけそうな感覚もあった。
働く場には、優しさだけではなく、緊張感もある。
お客さんが待っている以上、店側にも余裕がないときがある。
その中で、自分がどう動くか。
失敗したときにどう伝えるか。
次にどう直すか。
そこに、働く責任感が出るのだと思う。
初めての割には、結構動けていたのかもしれない。
もともと皿洗いをしてきた経験が、少しは功をなした気もする。
もちろん、できなかったことも多い。
急かされたこともある。
声が小さかった時間もある。
グラスも割った。
でも、それでも、4時間働いた。
その4時間の中で、
慣れは流れから生まれること。
責任感は言葉ではなく行動に出ること。
感謝は、思うだけではなく言葉にした方がいいこと。
助け合える仲間がいることの大切さ。
そういうものを、少しだけ体で知った。
初バイトは、完璧な日ではなかった。
むしろ、たどたどしくて、焦って、緊張して、反省も多かった。
でも、だからこそ残ったものがある。
働く前の自分には見えていなかった景色が、
少しだけ見えるようになった。
ラーメン一杯が出てくるまでの裏側。
「ありがとうございました」と言う側の緊張。
失敗を報告する怖さ。
忙しい現場で誰かと助け合うありがたさ。
たった4時間だった。
でも、その4時間は、
自分にとってかなり濃い時間だった。
初めて働く人に伝えたいことがあるとすれば、
最初からうまくできなくてもいい、ということだ。
声が小さくても、動きが遅くても、失敗しても、
その場に立って初めて分かることがある。
そして、その分かったことは、
次に働く自分を少しだけ支えてくれる。
慣れは、突然やってくるものではない。
流れの中で、少しずつ体に入ってくるものだ。
今日の自分は、まだまだ未熟だった。
でも、働くということに対して、
ほんの少しだけ現実の重みを持てるようになった気がする。
その感覚を、忘れずにいたい。
誰かの一杯の裏側には、今日も誰かの慣れない努力と、小さな責任感が積み重なっている。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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