「一通のDMが、すべての始まりだった」——日本のコトとモノで世界を魅了する23歳。GOEN JAPAN・塚田健太郎さん
「一通のDMがすべての始まりだった」。23歳、株式会社GOEN JAPAN代表取締役・塚田健太郎さんはそう振り返る。年間25,000人規模の訪日外国人を案内するインバウンドツアー事業を展開し、現在の売上規模は約2億円。トリップアドバイザーでは東京のプライベートツアー部門、大阪のフードツアー部門でともに1位を獲得している。
葛飾区柴又の下町で生まれ育ち、日本文化への愛を育んだ塚田さんは、法政大学グローバル教養学部在学中に1年間休学し、ケニアに住む日本人富豪のもとで4ヶ月間の修業を経験する。きっかけは、投資関連の書籍で見つけた人物へのInstagram越しの直談判だった。以下、塚田さん。
約100名のガイドは全員リファラルとスカウトによる採用。関連会社では廃棄される着物と岡山デニムを掛け合わせたアパレルブランド「東京着物デニム」も展開する。幹部4名は全員同級生という異色の経営体制のなか、「日本のコトとモノで世界を魅了させる」というビジョンを掲げ、来期売上5億円、再来年10億円を目指す。学生時代からの歩みと、これからの展望を聞いた。
プロフィール
会社名:株式会社GOEN JAPAN(ゴエンジャパン)
役職:代表取締役
氏名:塚田健太郎(つかだ けんたろう)

日本のコトとモノで、世界を魅了させる
年間2万人以上を案内するインバウンドツアー事業
——まず、事業内容と会社の特色を教えてください。
塚田さん:僕たち株式会社GOEN JAPANという組織で、会社としては今2期目なんですけど、本当に僕たちのコンセプトとしては、日本のことともので世界を驚かせたい、魅了させていきたいっていうのが根底にあって、実際にやってる事業としては、インバウンド向けのツアーの会社をやっていて、大体年間で言うと25,000人ぐらいの規模でお客様を案内しています。具体的に言うと、カスタマイズで四つ星、五つ星ホテルのお客様のプライベートツアーだったり、大阪のフードツアーで、トリップアドバイザーというサイトでプライベートツアーの東京シティツアー部門で今現在1位、大阪のフードツアー部門も今現在1位というところです。関連会社では、岡山のデニムと捨てられる着物を掛け合わせた「東京着物デニム」というブランドもやっています。ジーンズは3万6千円、ジャケットは3万8千円で、浅草に店舗を構えています。
——ガイドさんはどのように採用されているんですか。
塚田さん:今大体100人ぐらいいるんですけど、これ全部リファラルとスカウトだけなんです。僕自身が身近な人、思いの詰まった人を採用したかったので、本当にもうリファラル、知り合いのみで採用しています。売上規模で言うと、今が大体2億ぐらいですね。
下町で育った日本文化好きの少年が、世界を目指すまで
柴又の"ちっちゃい京都"で形成された日本愛
——子どもの頃はどんな環境で育ちましたか。
塚田さん:生まれも育ちも葛飾区柴又で、「男はつらいよ」の寅さんや「こち亀」の舞台になった、本当に下町で育ったんですね。柴又って、古き良き日本の"ちっちゃい京都"みたいな感じのところで、そこで僕の日本文化好きが形成されたなと思っています。伝統工芸の職人さんもたくさんいらっしゃって、そこで日本を本当に好きになっていきました。高校は江東区の深川高校の英語科という公立校で、海外に出て日本を伝えたい、日本の架け橋になりたいということを高校時代から掲げていて、そこから大学の法政大学グローバル教養学部という、授業がすべて英語の学部で学びました。父親は電子機器の製造・販売の自営業をしていて、地元密着の、仲間内でやっているような経営でしたね。
劣等感をバネに、差別化を仕掛けた大学時代
英語のクラス分けで最下位だった僕
——大学時代はどんな学生生活でしたか。
塚田さん:学部自体は帰国子女だったり、もともと英語がペラペラな子がほとんどで、正直、最初の劣等感はすごくありました。一発目の授業で英語のクラス分けがあるんですけど、自分が一番低かったり、プレゼンの授業でも彼らは準備しなくてもその場しのぎで喋れてしまう。僕たちはスクリプトを読み込んで、めちゃくちゃ練習して、それでも彼らより低い評価になるという劣等感がありましたね。だからこそ、英語を喋れないなら自分でスキルを身につけないとと思って、海外バックパッカーをしたり、ケニアに行くきっかけにつながっていきました。2年で海外バックパッカーをしてそれをYouTubeで撮ったり。彼らが行ったことのない国に行くことで差別化できる、それが初めての成功体験でした。

ケニアの大富豪との出会いが、すべての始まりだった
投資本の著者にInstagramで直談判
——起業のきっかけになったケニアでの出会いについて教えてください。
塚田さん:大学時代に投資を勉強していて、投資の本を書店で見た時にその著者がケニアに住む日本人の大富豪だったんです。「うわ、日本にこんな人いるんだ」と圧倒されて、Instagramを見たら「一緒に働ける人募集してます」と書いてあって。もうこれは行くしかないと思って直談判しました。受かったとわかったタイミングで電話が一本かかってきて、「合格しました、三日後にケニアに来てください」と言われて。準備もできないまま、休学するかケニアで大富豪のもとで経営を学ぶか、選択肢はそれしかないと思って休学を決めました。4ヶ月間ケニアにいて、その方の周りにいた総フォロワー500万人ほどいるインフルエンサーの下で、メディアの企画・撮影・編集を一括して学ばせてもらいました。
——最初のビジネスはどのように始まったんですか。
塚田さん:帰国後、日本の伝統工芸にフォーカスしたメディアを自分の名前で立ち上げたんです。その時、インドネシアのお客さんから「君という人にツアーをしてもらいたい」というメールが届いて。でもツアーの知識なんて一切なくて、集客もInstagramで自分でやって、企画もプランも全部自分で考えました。当日お客さんが来て、ツアーが終わった時に、2万円を現金で渡されたんです。今の金額だと少ないんですけど、この2万円はすごく忘れられない体験で。普通のバイトと違って、営業メールから企画、当日の対応まで全部自分でやり切った、そのゼロイチの魅力を感じて、そこからチームを作っていったのが始まりです。
信頼していたガイドが去り、幹部自らツアーに出た日々
朝6時から深夜1時まで働き続けた創業期
——これまでで一番きつかった経験を教えてください。
塚田さん:一番の挫折は、創業して間もない頃、信頼していたガイドさんを失うタイミングが結構多かったことですね。大手さんの方が給料が高かったり待遇が良かったりで、僕たちのところで学んで大きいところに転職してしまう。一期目の中間のタイミングでガイドさんがいなくなって、自分たち幹部メンバーがツアーに出るしかなくなりました。毎日朝6時ぐらいから起きて、6時半ぐらいから作業をして、深夜1時、2時まで作業するというのを、一期目の段階ではずっとやっていましたね。
レビューを積み重ねたら、売上が突然変わった
1位と2位でこんなに違うんだ
——事業が伸びたきっかけは何だったんですか。
塚田さん:特段広告費をかけたわけではなくて、それ以上に目の前の予約をこなして、お客様からの満足度を高めることに集中しました。レビューをとにかく集めていた時に、インバウンドの旅行で一位になっていた会社を抜くことができたんです。サイトで一位になった瞬間、本当に売上が急に変わって、「一位と二位でこんなに違うんだ」と思うぐらいでした。Amazonの商品ページを想像してもらうとわかるんですが、一番レビューが高くて、一番前に載っている商品を買うじゃないですか。ツアーも同じで、そこにフォーカスしてガイドさんも一気に増やしたのが、事業が伸びたタイミングだったと思います。

100人のガイド一人ひとりと、カフェで1時間話す
孤独になりがちなガイドという仕事だからこそ
——100人のガイドさんが定着している秘訣は何ですか。
塚田さん:時給を上げたのはもちろんなんですけど、それ以上に、ガイドさんってツアー中は基本一人なんですね。カフェバイトだったら3、4人で集まって話しながら作業できますけど、ガイドさんはガイドさん一人にお客様がつくので、ガイドさん同士の交流がないんです。だから定期的に交流会を開いたり、ガイドさんが浅草にいるって連絡があったら僕たちが会いに行って、カフェで1時間ぐらい話したり。そういうコミュニケーションを100人分、ずっとやり続けてきました。この泥臭い努力が今につながっていると思います。
ツアーはきっかけでしかない。育てたいのは「侍」
日本を伝えられる人材を、1,000人、10,000人へ
——今後のビジョンを教えてください。
塚田さん:売上規模としては来期5億、再来年には10億を達成したいと思っているんですけど、その数字以上に、僕たちは日本のことともので世界を魅了させていくというのが会社のコンセプトとしてあります。海外で学んでいく中で、外国を好きな人はたくさんいるけど、日本の文化を伝えられる人って圧倒的に少ないと僕自身思ったんです。日本が30年、40年経済停滞していると言われている原因は、人にあると思っていて。人が変わらなかったから日本が変わらなかった。今、ガイドさん100人が日本を本当に大好きな、日本を伝えられる侍みたいな人たちになってくれたら、その規模でも日本を伝えられる集団ができる。それが来年1,000人、1万人になった時に、その人たちが就職したり起業したりする中で、日本の魅力を伝えられる人材を育成したいという思いでツアー事業をやっています。ツアー事業はただのきっかけで、アパレルの今の店長も、もともとツアーガイドとして2年間頑張ってくれていた子なんです。

同年代の挑戦したい若者へ
準備してから始めたわけじゃない
——一歩を踏み出せない若者へ、メッセージをお願いします。
塚田さん:自分たちもまだ成長途中なので偉そうなことは言えないんですけど、とにかくやれることはすぐやった方がいいなとすごく思っています。自分の思いだけ、頭の中だけで止まってる人がすごく多い中で、僕がケニアで大富豪に出会えたのも一通のDMですし、起業したタイミングも、お客様との最初の一通のDMからでした。本当に最初から準備していて成功したとは思っていないですし、最初から準備してたら、多分今の状態は始められていないと思うんです。とにかく失敗もあるけど、今の状態でもやりながら学んで、現場で覚えていく。そうすれば仲間もついてきます。とにかくやりたいことに時間を使うというのが一番なのかなと思っています。
会社概要
会社名:株式会社GOEN JAPAN(ゴエンジャパン)
設立:2024年12月
代表:塚田健太郎
事業内容:インバウンド向けツアー事業、アパレルブランド運営(関連会社)
所在地:〒125-0052 東京都葛飾区柴又4丁目21番17号
取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社ONE REP)
#経営者インタビュー #インバウンド #ツアーガイド #GOENJAPAN #人生ぶち上げch
