3作目第4章 待ちに待った初デート
約束の土曜日。
咲は何度も鏡の前に立ち、クローゼットから選び抜いたシアー感のあるブラウスと、体のラインを綺麗に見せるマーメイドスカートを身に纏った。少し気合を入れすぎただろうか――そんな不安を打ち消すように、お気に入りの香水を手首にひとなで纏う。
約束の午前11時。表参道のケヤキ並木の下で、咲は真の姿を探した。
休日の人波の中で、紺のジャケットに白Tシャツを合わせたシンプルな装い。背が高く、どこか余裕のある佇まいは、道行く人が思わず目を留めるほど目を引く。
「真」
少し照れくささを残しながら名前を呼ぶと、真がパッと顔をほころばせて振り返った。
「咲……!」
真は一瞬だけ目を見張り、それから咲の全身をゆっくりと見つめた。その熱を帯んだ視線に、咲の頬が瞬時に熱くなる。
「……すごく綺麗。今日、ずっと隣で自慢したかったんだ」
開口一番のストレートな言葉に、咲の心臓は跳ね上がる。真はごく自然に咲の歩調に合わせ、車道側を歩きながら、ふわりと咲の手を包み込んだ。バーの帰り道と同じ、指と指を絡める力強い恋人繋ぎ。
「手、繋いでもいいよね? 」
「うん……」
照れながら答えると、真は満足そうに嬉しそうに笑った。
真が予約してくれていたのは、緑豊かなテラス席のある隠れ家イタリアンだった。
「咲、エビ好きって言ってたでしょ? ここの手打ちパスタ、絶対気に入ると思う」
何気なくLINEで話した好みを覚えていてくれたことに、嬉しくなる。真の手際はどこまでもスマートで、咲のグラスの空き具合にさりげなく気を配り、会話が途切れない絶妙なペースで話を引き出してくれる。
仕事でのこだわり、昔好きだった音楽、休日の過ごし方。
大人になればなるほど、自分の内面を人に見せるのは臆病になるものだ。けれど、真の真っ直ぐな眼差しと包容力の前では、咲はすっかり素直になれた。
「真といると、すごく落ち着く……けど、すごくドキドキもする」
「それ、最高の褒め言葉。俺もだよ。咲と話してると、時間があっという間に過ぎちゃう」
ランチを終えた後も、洗練されたセレクトショップをのぞいたり、静かなカフェで珈琲を飲んだりしながら、二人の時間は心地よく流れていった。
日が傾き、表参道の街並みが柔らかな橙色に染まる頃。
「ねぇ、咲。昼の部は楽しんでくれた?」
「うん、本当に楽しかった。真のエスコート、完璧すぎるよ」
「よかった。……じゃあ、ここからは『秘密の夜の部』に付き合ってもらってもいい?」
真は悪戯っぽく微笑むと、咲の腰に手を回し、ゆっくりと手繰り寄せた。
「今夜は、簡単に帰すつもりないから」
夕闇が迫る街の中で、耳元に届いた真の低い声。
大人の恋の時間は、ここからさらに深く、熱を帯びていく――。
表参道からタクシーに揺られて向かったのは、ベイエリアの夜景が一望できるシックなバーレストランだった。窓の外に広がる眩いキラキラした街並みをバックに、美味しいワインとディナーを堪能する。
会話の端々で見つめ合っては、互いの距離が少しずつ縮まっていく。けれど、楽しい時間ほど過ぎるのは早い。気づけば針は22時を回っていた。
店を出ると、夜の海風が少し冷たく咲の肌を撫でる。
「……寒くない?」
真はそう言うと、着ていたジャケットを脱いで咲の肩に優しくかけてくれた。体温と、ほんのり香る彼の上品な香水。咲が「真は寒くないの?」と見上げると、真はふっと目を細めて咲の腰を引き寄せた。
「咲を暖められるなら、これくらい平気」
車道沿いまで歩き、真がタクシーを拾おうと手を挙げかける。咲の胸に、ふと切なさが込み上げた。今日という最高の1日が、このまま「じゃあ、またね」と終わってしまうのが、あまりにも寂しい。
咲が繋いだ手に少しだけ力を込めた、その時だった。
真が挙げかけた手をゆっくりと下ろし、タクシーを行き過ごした。そして、咲に向き直ると、両手で咲の頬を包み込んだ。
「ねぇ、咲」
街頭の光に照らされた真の瞳が、深くて熱い色を帯びている。
「本当は……このまま帰したくない。俺の家、ここから近いんだ。……一緒に来る?」
ストレートな誘い。30代後半の恋愛だ。その言葉が意味するものの重さを、咲は十分に理解している。一度「うん」と言えば、もう後戻りはできない。胸がトクトクと激しく高鳴る。
「……真の家?秘密の夜の部第二段(笑)?」
恥ずかしさを隠すように首を傾けながら聞くと、真は逃がさないように咲の腰をぐっと引き寄せ、鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけた。
「そう、第二段(笑)でも、咲が嫌なら何もしない。俺を信用してついてきてほしい。……ダメ?」
大人の余裕と、子供のような真剣な眼差し。そんなズルい表情で見つめられたら、断れるはずがなかった。咲は真の胸元にそっとおでこを預け、小さく頷いた。
「……ダメじゃない。……真と一緒にいたい」
その瞬間、真は溢れ出る愛おしさを抑えきれないように咲を力強く抱きしめた。
「よかった……。我慢できる自信、あんまりないけど」
耳元で嬉しそうに呟く真の声。咲の手をもう一度力強く握り締めると、今度は迷いなくタクシーを呼び止めた。
ドアが閉まり、二人を乗せたタクシーが夜の街へと滑り出していく。重なり合う手と手から伝わる熱に、咲はこれからの時間への期待とトキメキで、胸をいっぱいに満たしていた。
続く
