3作目-第2章 運命の相手はそこにいた。
街コンの喧騒を離れ、真が見つけてくれたのは、地下へ続く小さな階段の先にあるオーセンティックなバーだった。
薄暗い店内には静かなジャズが流れ、カウンターの奥からグラスが触れ合うかすかな音が聞こえてくる。奥のテーブル席に通されると、自然な流れで咲の隣には真が、友人の隣には真の友人が腰を下ろした。友人同士はすでに趣味の話題で意気投合しており、テーブルの上は自然とふたつの空間に分かれていく。
「改めまして、真です。40歳で不動産の営業をしています」
「咲です。37歳で、IT系の会社で企画をやっています」
グラスを傾けながら、軽く自己紹介を交わす。
真の低く落ち着いた声と丁寧な物腰は、さっきまでの喧騒を忘れさせるほど心地よかった。だが、ひとつだけ困ったことがある。
真が、拍子抜けするほどまっすぐに咲を見つめてくるのだ。
グラスを握る指先、少し耳にかかった髪、言葉を紡ぐたびに動く唇。そのひとつひとつを愛おしむような、熱を含んだ優しい視線。30代後半にもなれば、「誰かにじっと見つめられる」なんて感覚からはすっかり遠ざかっていた。咲は必死で、心臓の跳ねる音を隠そうとグラスに口をつける。
(……ダメ、直視できない)
照れくささが限界に達した咲は、お酒の勢いを借りて少しおどけてみせた。
「ちょっと真さん、そんなじっと見つめないでくださいよ。緊張して変な顔になっちゃう」
両頬を少し引っ張って変顔を作ってみせると、真は忍び笑いを漏らした。
「ふふ、可愛いなと思って。隠そうとしても、照れてるの伝わってますよ」
(……ずるい。大人すぎる)
茶化して誤魔化そうとしたのに、そのおちゃらけた姿すらも丸ごと包み込むように、真はさらに目を細める。
「本当にめちゃくちゃタイプなんです。ほんと、可愛い」
ストレートに放たれた言葉と、瞳の奥にある温かさ。胸の奥がキュッと締め付けられる。初対面の男性から、こんなにもまっすぐに褒められたことなんて今までなかった。
お互いにさまざまな恋や経験を重ねてきた大人だからこそ、言葉の端々に漂うスマートさと、隠しきれない情熱のギャップがもどかしく、そして心地いい。
「あの、咲さん。よかったら連絡先、教えてもらえませんか? 今度はふたりだけで、ちゃんとデートに誘いたいんです」
どちらからともなくスマホを取り出し、QRコードを読み合うのに時間はかからなかった。画面に「追加」の文字が浮かび上がった瞬間、ずっと止まっていた咲の恋の針が、ゆっくりと、けれど確実に動き始めた。
続く
