第4章:洗面所の『マイル』と、冷めない微熱
たまたま、出張先が重なった夜だった。
仕事を終えた解放感に包まれた街の居酒屋で打ち上げ。同僚と3人で盛り上がり、軽く酔いが回ってきた頃、1人が明日の朝早いのでお先です!と帰っていった。そして2人きりになったその時、蓮も少し酔ったのか潤んだ目をしながらこう言った。
「今日、俺のマンション、来ます?」
少し照れたように、でも真っ直ぐに見つめてくる彼の誘いを断れるはずがなかった。
家に誘ってくれるってことは、脈アリだよね?と胸を弾ませていることがバレないように蓮の後ろをついて歩く。
少しふらつく私を気遣って手をつないで。
マンションにつくと少し広めの1Kに、小綺麗に片付いたシンプルな部屋。蓮くんっぽいなと部屋を見回してると、そっと抱き寄せられた。
重ねた肌の温もりは優しくて、私は久しぶりに二十代の頃のような純粋なときめきの中にいた。
けれど、幸福な夢は、翌朝の洗面所で音を立てて崩れ去ることになる。
身支度を整えようと洗面台に向かったとき、ふと視線が落ちた。小さなゴミ箱の中に、見慣れた化粧水の試供品のパウチが捨ててある。メンズ用ではない。
嫌な予感がして、恐る恐る鏡の裏の収納を開けた。そこには、2本の色違いの歯ブラシ。そして、女性物のヘアケア用品が並んでいた。
極めつけは、床に落ちていた一本の長い髪の毛だった。
私はボブヘアだ。肩にもつかない長さの私の髪とは明らかに違う、艶のある、ウエーブした長い髪。
(いやいや……待って。歯ブラシはほら、朝用と夜用の2本使いかもしれないし。ヘアケアだって、蓮くんが自分の髪に使ってるのかも。試供品のゴミだって、仕事関係でもらっただけかも……)
必死に脳内で言い訳をくり返す。けれど、100歩譲っても、この長い髪の毛だけはごまかせない。
(……そうだよね。イケメンだしね。若いしね。こんな仕事ができる男、世間の女が放っておくわけないよね。そもそも私も年上だしバツイチだし本気になるわけないか。)
胸の奥が、冷たい氷水を流し込まれたように冷えていく。
私は髪を整えて部屋に戻ってきた彼の背中に、なるべく軽さを装って声をかけた。喉の奥がカラカラに乾いていた。
「ねえ、蓮くんって……彼女、いるの?」
蓮はスマホを見ていた目を一瞬だけ上げて、事も無げに言った。
「え。言ってなかったっけ?」
悪びれもしない、あまりにもナチュラルなトーン。
「だって、咲さんも彼氏いるでしょ?」
大人の割り切った関係でしょ、と言いたげな彼の涼しげな視線。その瞬間、私は彼にとって本命でも何でもなく、ただの「ご当地彼女」に過ぎなかったのだと理解した。
泣き叫びたい衝動が襲う。でも、ここで取り乱したら負けだ。大人のプライドが、悲鳴をあげながら私の顔に嘘の笑顔を張り付かせた。
「あはは、やっぱりバレてた? 隠してたつもりだったんだけどな~」
会社へ向かう電車の中、LINEを開くと同僚から
「先に帰ってすいません。お持ち帰りされてないように気を付けて下さいね。あいつ、出張先ごとに彼女がいる『マイルを貯める男』なんで」
omg~!
時既に遅しとはまさにこの事。地雷男たちから逃げ切ったつもりが、私は、一番高慢でずるい男のコレクションの1つにされたのだった。
続く
