5章:夜行性の飼い犬と、歪んだ鳥籠
蓮に付けられた傷口から血を流しながらも、私は這うようにして次の街コンへ向かった。そこで出会ったのが彼だった。
彼はとにかくLINEの返信が早かった。
夜行性の彼とのラリーは心地よく、蓮のことで落ち込んで「仕事でこんなことがあって……」と弱音を吐くと、彼は深夜だろうが何だろうが、すぐに車を走らせて私の元へ駆けつけてくれた。
そして、翌朝。
「うーん……無理、眠い……」
仕事があるからとアラームが鳴っても、彼は布団にしがみついてまた寝ようとする。そんな彼を「ほら、遅刻するよ」と優しく起こすと、彼は寝ぼけ眼のまま、私をぎゅっと抱きしめてキスをしてくるのだ。
「はぁ……帰りたくない」
(……待って。夜はあんなに激しかったのに、 可愛すぎるんだけど!)
その極上のギャップに私はすぐノックアウトされた。蓮の時のような華やかさはないけれど、私を必要として、すぐに駆けつけてくれる安心感。毎日のマメなLINEが、私の生活の完全な支えになっていた。
けれど、恋の魔法は少しずつ、現実のルーズさや、彼の持つ影のような陰の雰囲気に蝕まれていく。
思えば、会うのはいつも私の家か、ホテルばかりだった。それが嫌でたまには違う事をしたいと思いきってこう言った。
「今度、普通にお買い物デートしよ?」
「じゃあ、今週末行こうか」
嬉しそうに約束を交わし、彼は家を後にした。
そして週末。待ち合わせ場所の駅前に、彼の姿はなかった。
約束の時間を10分過ぎ、20分が経つ。電話をかけても出ない。30分が過ぎた頃、ようやく届いたLINEは一言だけだった。
『ごめん今起きた。準備するから1時間遅れる』
そんな待ち合わせの遅刻が、何度もあった。
さすがに疲れた私は、対策として「じゃあ、最初から私の家で待ち合わせよう」と提案した。外で待たされるよりはマシだと思ったのだ。
だが、家での待ち合わせにすら彼は平気で何時間も遅れてやってきた。
時計を見れば、もうどこかへ出かけるには微妙すぎる時間。私はため息を飲み込んで、あきらめて家にあるものでご飯を作り始める。
そんな私の背中に、彼はリビングのソファからのんきに声をかけてくるのだ。
「あれ? 今日は出かけないの?」
(……は? 遅れてきたのはお前だろ!)
喉の奥まで出かかった怒りを、私はぐっと飲み込んだ。「もう遅いし、家でご飯食べよ?」「そっか、じゃあそうしよ」
結局、いつものように家でまったり過ごすだけの時間。
そんなことが何回も続くと、胸の奥に冷たい不信感が募っていく。
(これって……もしかして私、ただのセフレなのかな?)
いや、そんなはずはない。だってLINEはあんなにマメだし、他の女の影だってない。……はずだった。
ある日の夜中、布団の中で話をしていると彼のスマホのバイブが鳴った。画面をチラ見した彼は、何もなかった様子でスマホを裏返した。
「……出ないの?」
「あー、これ? 多分、この前の飲み会で知り合った女。なんか俺のこと気に入っちゃったっぽくて。めんどくさいから出ない」
(え? じゃあ何のために連絡先交換したわけ?)
一瞬で頭に血が上った。でも、やっぱり本音は言えない。私は精一杯の強がりを張り付けた声で言った。
「……ふーん。気がないなら、そうやってちゃんと伝えれば?」
「んー、そうだね、そうするわ」
彼はめんどくさそうに席を立ち、わざわざベランダの外へ電話をしに出て行った。
窓ガラスの向こうで、誰かに向かって愛想よく話している彼の背中を見つめながら、私のなかで、パチンと何かが弾ける音がした。
──ちょっと待ってよ。おかしくない?
自分は、私が友達と飲みに行くって言ったら「誰と行くの」「どこに行くの」「男はいるの」「何時に帰るの」って、スマホが壊れるくらい束縛のLINEを送ってくるくせに。
「今から帰るよ」って連絡したら、まるで生存確認みたいにすぐ電話をかけてきて、行動を監視するくせに。
なんで自分は、飲み会で新しい女の連絡先を仕入れて、電話なんかしてるわけ?
大切にされていると思い込んでいた毎日のマメなLINEも、駆けつけてくれる優しさも、すべては私を自分の都合のいい鳥籠に閉じ込めておくための「支配」だったのだと、私はようやく気がついた。
悲しさと、情けなさと、そしてそれを上回る猛烈な怒りが、私の体の中で静かに燃え上がり始めていた。
続く
