草間彌生が凄すぎる!芸術新潮 夜明けの読書室
🕓 朝4時。まだ誰も起きていない。
顔を洗い、うがいをし、水を一杯。
庭に出る。鳥のさえずりに、今日も「生きている」と感じる。
グレン・グールドが奏でるバッハが、僕の時間を整えてくれる。
墨を磨る。心の中が澄んでいく。
まず、「草間彌生」と書いた。全てが難しい。最後の「生」がとても難しい。
生きるって簡単なようで難しい。

この雑誌、『芸術新潮』は、2017年4月号。そのころに仕事で草間彌生さんのことに興味を持って、初めて買った。
コピーがいいよね。「草間彌生が凄すぎる!」。
自由な雑誌なのかなと思った。
読んだときに思ったことは、芸術家は、文章も素晴らしいということ。
すぐに岡本太郎さんのことも思った。岡本太郎さんは、僕の師匠だ。人生の師だ。それは、彼の文章によって救われたからだ。
彼の本は沢山読んだ。全てが僕の心に刺さった。
文章を読んでいると彼の声が聞こえる。
本を読む喜びを感じさせてくれたのも岡本太郎さんだった。
ある一時期、毎日、必ず、岡本太郎さんの何れかの本を読んで、彼の声を聞いた。彼の声を聞かないと生きていけなかった。
話は飛ぶが、ひとつのことを究めていくと哲学者のようになると思う。
それは、ボクサーの辰吉丈一郎。
彼の言うひとことには、耳を澄まさねばならない。
草間彌生さんの話に戻そう。
彼女の造るものについては、コメントできない。
正直、よくわからないからだ。「なんか、凄い」。
この辺りもぼくの中では、岡本太郎さんと通ずる。
ただ、この雑誌、『芸術新潮』に掲載された若き日の草間彌生さんの生々しい言葉を読むと傷みや凄みを感じる。そして、「愛」だ。
この雑誌、『芸術新潮』は、とても重い。
草間彌生さんの魂も詰まっている。
今日は、草間彌生さんの2016年9月28日に行われた「草間彌生 わが永遠の魂」展の記者発表会の言葉を書いてみた。



書いてみると、読んだだけでは、残らない、通りすぎていく言葉を反芻しながら、書いた草間彌生さんの思いの断片も感じられる。書いてみて、思ったことは、こちらこそ、ありがとうございますという感謝の言葉だ。
