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〓メモ.10〝内なる活断層のざわめき3〟

 こんなブログにも「いかにも共感した」というような顔をして、災害用のグッズの宣伝TB(トラックバック)を付けていく無神経な奴がいる。気分は良くないが、このご時世少しは大目にみてあげよう。
 しかし震災時、復旧が進んできた頃、ボランティアの顔して近づいてきた人が、ある時期から『こんなプランはどうか?』『これで人を集めては?』と「火事場でひともうけ」のビジネスを持ちかけ始めた。挙げ句にあれこれ見返りを要求してくる。こういう類いの連中には本当、心を挫かされた。この時期で一番辛いことのひとつであった。

 商売で乗り込んできているなら最初から堂々とビジネスをすれば筋は通るのだ。現に「いくらでやりまっせ!」「こんだけで売りまっせ!」などと色々な商売の交渉ごとは山ほどいただいた。彼らのたくましい商売根性は、それはそれで復興に向う人々の後押しにもなった。だが、ボランティアの皮をかぶった卑しい性根はどれだけ人を傷つけたか、いま思い起こしても全く忌ま忌ましい。本日は何やら筆が進まない。

【1995.1.20/震災4日目メモのメモ】

会社/社長がいたって元気。陣頭指揮をとっている。
崩壊した本社社屋から書類を回収する。
背中をかがめて潜り込む。思わず足がすくむ。おかしなものですぐに慣れた。
でないと神戸では何も出来ない。

専門家が、別館ビルは崩壊の危険性が高いと「赤紙」
このビルでの再起にかけていた社長は肩を落とす。
社員に動揺が走る。だれがどう取りまとめるのか。
刻々と状況が変化する。その度に振り回される。

避難所/Dさん母娘は風呂へいったそうだ。近くの風呂屋が再開したらしい。
銭湯の周囲に百人を超える人が並んでいる。一体何時間待つのか。

実家/姉から両親の避難の要請がうるさい。
車も動けず、足腰の弱い二人をどうやって避難させるのか。

つながる限りに電話をかけ続けた。お蔭でほぼ近しい知人は大過ないことが分かった。

妙に、興奮している。頭の中が昂っている。
(これはメモではないが/今日の昼頃、会社で感じた興奮がさらに高まってきたと思う)

「どこかが焦げ臭い」と母が言い出す。マンションの周囲を幾度も回る。
興奮がおさまらず朝まで眠れなかった。
母も眠れなかったようだ。

「震災メモ」〝 Re-set〟創刊号から

〈2007年1月18日初稿〝遊歩のススメ〟より転載。

メモ.11/23へ続く

仕事がしたくても仕事ができない。
おもわずこんな張り紙にも目がいってしまう 。
(編集部撮影)
震災後、生きているMacを探し出し、盗電しながら編集した地震ジャーナル〝 Re-set〟全6巻、一年限定の隔月刊だったが、結局一年と半年かかって終刊となった(膨大な借金を抱えることとなった)

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