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愚かな消費税減税ポピュリズムとインフレ税

選挙が近づき、日本では「消費税を下げろ」「とにかく減税だ」という声がやたらと大きくなっています。

選挙前になると、まるで決まり文句のように掲げられる消費税減税。聞こえは非常に良いです。家計が苦しい、物価が高い、給料は上がらない。そんな状況で「消費税を下げます」と言われたら、多くの人は反射的に「それいいですね」とうなずいてしまいます。

残念ながら、多くの政党が有権者の支持を得るために、消費税減税を打ち出しており、まともな政策を出しているのはチームみらいしかありません。

この反応自体は、ある意味仕方ないものです。目の前の負担が減る。明日から少し楽になる。財布から出ていくお金が減る。これほど分かりやすい「快楽」はありません。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。消費税減税は「一見すると優しい政策」に見えますが、実際には非常に短絡的で、将来のことをほとんど考えていない政策です。もっと言えば、国全体を静かに、しかし確実に貧しくする方向に導く劇薬でもあります。

それでもなお、消費税減税ポピュリズムは支持され続けています。なぜでしょうか。

それは、この社会が「遠くを見る余裕」を失っているからです。今が苦しい。だから今を何とかしてほしい。その結果、将来にもっと苦しくなる選択を、自ら拍手喝采で選んでしまう。これは決して珍しい話ではありません。


目先の快楽に負ける消費税減税ポピュリズムの愚かさ

消費税減税ポピュリズムの本質は、極めて単純です。「今さえ良ければいい」という思想です。将来どうなるか、国の財政がどうなるか、インフレがどう進むか、そういった少し考えれば見えてくる話を、意図的に見ないふりをする。あるいは、そもそも考えようとしない。これが消費税減税ポピュリズムの正体です。

よく使われる例え話があります。子どもに「宿題をやりますか?それとも廃止しますか?」と聞くようなものだ、という話です。

まともな子どもであれば、「宿題は嫌だけど、将来のために必要だからやる」と考えます。しかし、目先の快楽に弱い子どもは「宿題なんていらない」と即答するでしょう。

残念ながら、これとまったく同じ思考回路を、大人になっても続けている人が少なくありません。消費税減税に飛びつく層は、まさにこのタイプです。「今の支払いが減る」ことしか見ておらず、「そのツケを将来どう払うのか」という問いから、きれいに目をそらしています。

そしてさらに厄介なのは、こうした人たちに対して、いくら理屈を説明してもほぼ無駄だという点です。

宿題をやりたくない子どもに、「勉強しないと将来困るよ」と説得しても、聞く耳を持たないのと同じです。

その瞬間の不快感を避けたい気持ちが、すべてに優先されてしまうのです。


消費税減税の裏で進行するインフレ"増税"

消費税減税ポピュリズムが本当に危険なのは、その裏側で「インフレ税」が静かに進行する点にあります。インフレ税とは、法律で決められた税金ではありません。しかし、実質的には税金以上に残酷な仕組みです。

多くの人は、お金を「額面」で見ています。口座に100万円あれば、いつでも100万円だと思っている。数字が減っていなければ安心する。これ自体は、ごく自然な感覚です。しかし、インフレ社会では、この感覚が致命的な欠陥になります。

物価が毎年2%上がるとします。この場合、現金の価値は毎年2%ずつ削られていきます。誰かが直接奪いに来るわけではありません。通知も来ません。税率も表示されません。ただ、気づかないうちに、静かに、確実に、価値が減っていく。これがインフレ税です。

消費税を下げると、一時的に手元に残るお金は増えます。しかし、財源が足りなくなれば、最終的に何が起きるか。国はお金を刷ります。するとインフレが進みます。その結果、現金の実質価値はさらに下がります。

つまり、消費税減税で得した気分になっている間に、裏で資産を削り取られているわけです。まさに、笑えないブラックジョークです。


なぜ人はインフレ税に気づけないのか?

インフレ税が恐ろしい理由は、「見えない」ことにあります。所得税や消費税は、数字として目に見えます。払った瞬間に痛みを感じます。しかし、インフレ税は違います。財布からお金が減るわけでもなく、口座残高が突然下がるわけでもありません。

さらに、給料は上がる場合が多い。それで、何か景気が良いような気分になってしまうのです(実際は全く違いますが)。ちゃんと「価値」で物事を考えない人は、給料も額面で見てしまいます。「実質賃金」に変換してみない人が多いのです。

そのため、多くの人は「何も起きていない」と錯覚します。100万円は100万円のまま。だから大丈夫だと思ってしまう。しかし、スーパーで買えるものは減っている。外食の値段は上がっている。家賃も光熱費も上がっている。それでもなお、「数字が減っていないから平気」と考えてしまう。この思考停止こそが、インフレ税の最大の味方です。

消費税減税ポピュリズムは、この無知と無関心を前提に成立しています。

将来のインフレという話をすると、「難しい」「よく分からない」「専門家が考えればいい」と言って思考を放棄する。その結果、もっと分かりやすい「減税」という言葉に飛びつく。極めて残念です。


消費税減税ポピュリズムに陥る人を説得することの限界

正直に言えば、消費税減税ポピュリズムの愚かさをいくら丁寧に説明しても、多くの場合は徒労に終わります。

これは悲観論でも冷笑でもなく、極めて現実的な話です。なぜなら、消費税減税ポピュリズムに乗る人たちは、そもそも「理解しよう」としていないからです。

ここで重要なのは、これは知識量の問題ではないという点です。「勉強すれば分かる」「説明すれば納得する」という段階は、とうの昔に過ぎています。問題はもっと根深く、もっと厄介です。

端的に言えば、「考える余裕を失った人間が、考えることそのものを拒否している」状態なのです。

生活に余裕がある人は、未来を想像できます。5年後、10年後、自分がどうなっているかを考える余白があります。しかし、日々の支払いに追われ、給料日前になると胃が痛くなり、ニュースを見るたびに不安が増幅されるような状態では、遠い未来など視界に入りません。見えるのは今月、せいぜい来月までです。それ以上先は、霧がかかったように真っ白です。

こうした心理状態にある人に、「消費税を下げると将来インフレが進み、実質的にもっと苦しくなります」と説明しても、ほぼ確実に響きません。

なぜなら、その人にとって将来のインフレは「今の苦しさ」よりも抽象的で、現実味がないからです。

人は、痛みを天秤にかけるとき、必ず「今、感じている痛み」を過大評価します。そして、「将来、感じるかもしれない痛み」を過小評価します。消費税減税ポピュリズムは、弱い人間の弱い心を完璧に突いています。

さらに悪いことに、消費税減税ポピュリズムに乗る人たちは、自分が「賢い選択をしている」と本気で思っています。

「国が悪い」「政治が悪い」「とにかく税金を下げろ」という単純明快なストーリーに自分を重ねることで、被害者意識と正義感を同時に満たしているのです。これは非常に気持ちがいい。頭を使わなくて済む上に、怒りの矛先も用意されている。これほど楽な思考回路はありません。

しかし、その裏側で起きていることには、驚くほど無関心です。財源はどうするのか。社会保障はどうなるのか。国債はどう返すのか。インフレはどう抑えるのか。こうした問いを投げかけると、「専門家が考えればいい」「政治家の仕事だ」と言って思考を放棄します。

自分で選択肢を支持しておきながら、その結果については責任を持たない。この態度こそ、消費税減税ポピュリズムの最大の問題点です。


結局のところ、消費税減税ポピュリズムに乗った社会は、必ずツケを払うことになります。そのツケは、派手な形ではやってきません。ある日突然、破綻するわけでもありません。そもそもいくら国債を発行しても、それだけで日本が破綻することはありませんからね。

じわじわと、しかし確実に、インフレという形で生活を圧迫していきます。そして皮肉なことに、その痛みは、消費税減税を最も熱心に支持した層にこそ重くのしかかります。

これは、「勉強が嫌い!」と幼少期に勉強をしなかった人が、20年後に「社会が悪い」「会社が悪い」と文句を言いながら、条件の悪い非正規雇用の仕事を転々とするのと同じ構造です。

未来・将来を見据えず、目先の快楽に走った選択の結果は、必ず自分に返ってきます。自業自得という言葉が、これほど似合う状況も珍しいでしょう。

現実が辛く厳しいと「遠くを見る余裕」がなくなりますが、「遠くを見る余裕」を持たず準備不足で生きてきた者は、未来で確実に詰むんですよ。


消費税減税ポピュリズム社会で生き残るための解決策

では、このような消費税減税ポピュリズムが幅を利かせる社会で、何ができるのでしょうか。

残念ながら、「みんなで賢くなろう」「正しい知識を広めよう」といった理想論は、ほぼ機能しません。馬鹿な人、余裕のない人、考えることを放棄した人が一定数存在する限り、ポピュリズムは必ず勝ちます。これは民主主義の欠陥であり、同時に現実です。

だからこそ、戦略を変える必要があります。社会全体を正そうとするのではなく、「この社会でどう生き延びるか」を考えるのです。言い換えれば、沈みかけている船を立て直そうとするのではなく、救命ボートの位置を確認する、という発想です。

減税ポピュリズムやってる人は勝手に沈めばいいのです。自業自得。私たちは、彼らは無視し、賢く準備して生き残りましょう。

まず最初に必要なのは、「額面でお金を見る癖」を捨てることです。これは本当に重要です。口座残高が減っていないから安心、という考え方は、インフレ社会では致命的です。数字が同じでも、買えるものが減っていれば、それは実質的に貧しくなっているということです。この感覚を持てるかどうかで、将来は大きく分かれます。

現金だけを持ち続けるのは、インフレ下ではほぼ自殺行為です。もちろん、生活防衛資金としての現金は必要です。しかし、それ以上をすべて現金で持つのは、「ゆっくりと価値が溶けていく氷を大事に抱えている」ようなものです。見た目は変わらなくても、確実に小さくなっています。

だからこそ、現物資産への分散投資が重要になります。不動産、株式、コモディティ、場合によっては海外資産。どれが正解かではなく、「一つに依存しない」ことが大切です。消費税減税ポピュリズムが進めば進むほど、国内通貨の価値は不安定になります。そのリスクを、すべて自分の貯金口座で引き受ける必要はありません。

海外への分散も、もはや特別な話ではありません。資産だけでなく、生活拠点、収入源、情報源を分散させる。これは逃げではなく、合理的なリスク管理です。

国がどんな政策を打とうと、個人の人生は続きます。その人生を守る責任は、最終的には自分自身にしかありません。


まとめ。消費税減税の甘い言葉に酔わない

消費税減税ポピュリズムは、非常に甘い言葉で包装されています。「国民のため」「生活を楽にする」「弱者救済」。

しかし、その中身を冷静に見れば、短期的な快楽と引き換えに、長期的な損失を押し付ける仕組みでしかありません。

目先の負担が軽くなることに歓声を上げ、その裏で進行するインフレには目をつぶる。この態度は、決して賢いとは言えません。むしろ、最も搾取されやすい思考パターンです。甘い言葉を疑わず、難しい話から逃げ続けた結果、最後に請求書を渡される。それがインフレ税です。

大切なのは、SNSで議論して誰かを説得することではありませんし、政治活動にせいを出すことでもありません。SNSで無駄なレスバに時間を使わないように。そんなことしなくても、消費税減税ポピュリズムやってる層は、10年後20年後に勝手に死ぬので、放っておけばいい。自業自得なのです。

説得できない相手・変えられない社会に無駄なエネルギーを使うよりも、自分の行動を最適化する方が、はるかに建設的です。

宿題を放棄した子どもが後で苦労するように、減税ポピュリズムに酔った社会も、必ず後で苦しみます。そのときに一緒に沈むか、距離を取って生き残るか。その選択は、今この瞬間にも始まっています。

甘い言葉には、必ず裏があります。その裏側を見ようとしない人間に、インフレ税という請求書は、何の前触れもなく届きます。

そして残念ながら、その請求書に「知らなかった」という言い訳は通用しないのです。


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