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《漫画原作》 盆栽甲子園! 【第二話】

第二話

 週末である。
 JR東日本F駅の新幹線口広場に、高校生と思しき女の子が一人、立っている。
 鍔付きの帽子、バックパック、足元は運動靴。これからハイキングにでも出かけそうな出で立ち。
 ご存知、この物語の主人公・古橋ふるはし友樹菜ゆきなである。
「おっそいなー」
 片手で汗を拭いながら、空を見上げる。スカッと晴れた青空。ギラギラと輝く太陽。
「残暑厳しき折、皆さまいかがお過ごしですか……と。ああ、今日は思いきり日焼けしちゃいそー」
「ヨッ! お・待・た・せー」
 音もなく忍び寄り、いきなり背後から抱きついたのは、友樹菜の親友・新藤しんどう愛里あいりだ。
「あー、もうッ! 暑い! 暑い! 暑い! 離れてッ」
 愉快そうに笑う愛里をあらためて眺めると、全身これ、見事な山ガール。頭のてっぺんから爪先まで、どこを切り取っても完璧なコーディネート。
「あれ、愛里、その格好」
「あ、これ? 郷に入っては郷に従え。山に行くなら山に似合うスタイルで。格好から入るのって、案外大事よー」
 愛里の言葉に、友樹菜は自分の服装をもう一度見直した。愛里と比べたら、裏の畑でカボチャを育てているおばちゃんみたいな格好である。
「日曜日に簡単なトレッキングに出かけるから、それに見合った格好で」
 担任の荒垣あらがき先生から言われたとおりにしてきたつもりだけど、もしかして、完全に外しちゃった?
「気にしない。気にしない。友樹菜にはそういう、ラフでリラックスした格好が似合ってるから」
 ラフでリラックス、ね……物は言いようってヤツか。
 クラクションの音が聞こえた。少し離れた場所に停まっている旧式のランドクルーザーの助手席から、2年A組の風間かざま幹矢みきやが、上半身を乗り出すようにして手を振っている。
「お、きたきた」と愛里。
 車を降り、こちらに駆け寄る幹矢。
「ほう……」
 目の前で立ち止まった幹矢を、今度は愛里が、まるで品定めするかのようにじろじろ眺める。
「風間くん……こう言っちゃ何だけど、きみ、農家のおじさんが畑でトウモロコシ育ててるみたいな格好だね」
「そりゃあそうさ。盆栽屋って、ほとんど農家みたいなもんだからな」
 褒められたと思ったらしく、胸を張る幹矢。
「うんうん、いい感じ。お似合いだよ」
「?」
「気にしない。気にしない。ね、友樹菜も」
 愛里はバックパックをさっさとランドクルーザーの荷室に放り込むと、幹矢に断りもせず、彼が座っていた助手席を占領した。そうなると友樹菜と幹矢の二人は後席に並んで座るしかない。
「……おはようございます」モジモジ気味な友樹菜。
「……ああ、おはよう」と幹矢。
「ほら、二人とも、そんな端っこに座ってないで。ちゃんとシートベルト締めて。警察に見つかったら、わたしが減点されちゃうんだから」
 運転席から振り返ったのは荒垣。
「先生も大変ですねー。日曜日なのに、わざわざドライバー役まで買って出てくださって。いわゆるブラック職場って、こういうこと言うんですよね~」
「そうそう。わたしって根がブラックだから、つい引きずり込まれちゃうのよねえ~」
(どうしてこの二人って、やたらとウマが合うわけ?)
 友樹菜はチラリと幹矢の横顔を見た。すると、ばつが悪いことに、幹矢もちょうど友樹菜の姿を横目で確かめたところだった。お互い慌てて視線を逸らす。その様子をバックミラーで見ていた荒垣がウフフと微笑む。

 我妻山わがつまやまは、この街が位置する盆地の西側を、高い屏風のように塞いでいる巨大な山塊である。東北地方を南北に貫く奥羽山脈の一部で、F市のシンボルとも呼べる存在。頂上付近には、富士山と同じコニーデ型の、円錐形をした噴火口跡があり、通称「我妻富士」と呼ばれている。
 友樹菜たちは、幹矢の案内で、我妻山に自生する我妻五葉松わがつまごようまつの名木を見学することになっていた。
 というのも、幹矢の家に代々伝わる盆栽の流儀では、我妻山に生えている自然の松の木の樹形が理想とされているから、なのだそうだ。
 ギアを低くしてエンジンを唸らせながら(荒垣先生はMT派!)、つづら折りの山道を上り、高原のレストハウスに到着。
 四人は細い散策コースに分け入った。先頭は幹矢。それから愛里、友樹菜と続いて、最後尾は荒垣先生。
「この辺り、クマは出るの?」と友樹菜。
「ああ、出るよ、普通に」と幹矢。
「クマ鈴、必要なんじゃ……」
「あ、わりい、家に忘れてきた」
「……」
 しばらく歩くと開けた湿原に出た。全身を洗うように吹き抜ける涼風が心地よい。
「見ろよ。あれが『天女てんにょの松』」
「天女?」
「俺のひいじいちゃんがそう名づけたんだ。天女が羽衣を両手で広げるみたいに、枝がフワーッと幹の両側に広がってるだろ。すげえ綺麗だよな」
 幹矢、ご満悦の表情である。
「ふーん……(よくわからん)」と友樹菜&愛里。
 またしばらく歩く。梢のあいだから、空中に向かって突き出た背の高い岩場が見えてきて、その突端に立派な松の木が生えている。
「あれは『月見つきみの松』だよ。夜、あそこから月見をする人の姿になぞらえてひいじいちゃんが命名した」
「風間くんのひいおじいちゃん、すごいね。全部名前つけちゃったんだ」
「まあな。全部ってわけじゃないけど、目立つ木には。けど、盆栽やってる連中以外、名前がついているなんて誰も知らないし、そもそも松を見に来ようだなんて思わねーよ」
「……そう、なんだ(詳しいことはよくわからないけど)」
 友樹菜は、幹矢の中にあるプライドにコツンと触れた気がした。

 最後に四人は、大経ヶ峰おおきょうがみねと呼ばれる山の頂上まで登ることにした。幹矢によれば、そこには「根上ねあがりの松」という、とても珍しい我妻五葉松の木があるらしい。
 初秋の真っ昼間の登山は、思った以上にキツかった。足を動かすたびに額からぼたぼた汗が垂れてくる。普段、学校と自宅の行き帰りくらいしか歩くことのない友樹菜は、見るからにへばっている。先頭の幹矢が振り向いて励ます。
「もう少しだ、頑張れー」
 その甲斐あってか、見事なパノラマが一望できる頂まで、全員無事、到達することができた。目的の「根上がりの松」は、山頂から少し下った辺り、砂礫だらけの斜面に這いつくばるようにして生えていた。
 真冬の季節風にねじ曲げられた艶のない枝が、ぐねぐねと波打ちながら東の方角に流れている。しかし、枝先を覆う針のような松葉は生き生きとした緑で、古びた幹との不思議なコントラストを作り出していた。
「根上がりの松」の名の由来は、土が風雪に洗われて削られ、本来は地中に埋まっているはずの根っこが、地面から浮き上がった状態になっている姿形から。まるで巨大な蛸がのたうち回りながらその場にうずくまっているみたいで、尋常ではない迫力がある。
「これは、人間が手を加えてこういう形になったんじゃなくて、あくまで自然が生み出したものなんだ。だから素晴らしいんだよ。俺たちはいつだって、自然という天才の作品をお手本にして、それをほんのわずかでも盆栽の鉢の上で再現することを目指しているんだ」
「ふーん……(何となく少しわかったかも)」と友樹菜&愛里。
 さて、下山。
 四人のうち誰の行いが悪かったのか、あれほど気持ちよく晴れていたはずの空が俄に曇り始め、あまつさえぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。
「ちょっとー! 雨具とか、全然準備してないよお!」
「馬鹿か、お前ら! 登山するのに雨対策してこないヤツがどこにいるよ!」
「そんなの、知らないよー」
 幹矢と荒垣先生は素早く、持参のレインジャケットに身を包んだ。が、友樹菜と愛里はどうにも対処のしようがない。空には稲光が走り、雷鳴が轟くのが聞こえる。
「危ない。隠れましょう」
 荒垣の指示で、できる限り大きな岩を見つけ、身を寄せ合ってその陰に隠れた。幹矢が友樹菜を、荒垣が愛里を、それぞれレインジャケットの半分で隠す。それでも容赦なく、特大サイズの水滴が全身に降りかかってくる。閃光。雷鳴。閃光。寒いよ……怖いよ……。
(ああ、もしかしてわたし、ここで死んじゃうのかも……)
 友樹菜の意識が遠のきかけたそのとき、不意に雨脚が弱まり、雲の切れ間が見えた。
(た、助かった……?)
 友樹菜は傍らの幹矢に視線をやった。アップになった幹也の顔が頼もしげに微笑んでいる。
(あ、ありがとう、風間くん……)
 友樹菜はふと気になって、自分の胸元を確かめた。雨でTシャツがびしょ濡れ。よく見ると、いやいや、よく見なくても、生地が肌に貼りついて、下着の線がくっきり浮かび上がっている!
(え?え、ええッ?!)
 友樹菜はもう一度、幹矢の顔を見上げた。目が友樹菜の胸元に注がれている……気がする。友樹菜は慌てて両腕で胸の前を隠した。
「風間くんって……むっつりスケベ」
「ち、ち、ち、違うぞお、それはーーー!!!」

 かわいそうな風間くん。罰ゲーム(?)で、全員分の荷物を背負わされて涙の下山であった。

(第三話へつづく!)