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50代の「自分探し」は、初めての「ひとり暮らし」から始まった。

ある人に言われた、「みんな、大人になってからも、自分を模索するものだけど、あなたは、それをやってこなかった。」

この言葉を言われたのが、50歳になったの頃。

21歳から「お母さん」をやっていた私は、「子どもがいない状態」で、大人をやったことがない。そんな人生を送ってきた私は、親でない状態で、大人をやるって、どういうことかがわからない。「自分のことだけを考える」ということが、わからない。

確かに、「子どもの成長」と共に、少しずつ生活形態は変わっていった。でも、やっぱり「お母さん的感覚」は、なかなか抜けない。常に、自分以外の事(家族)有りきで、自分の「立ち位置」や「動き」を考えてしまう。

家族とずっと一緒に暮らしている間、自分のことは、それなりに考えてはきたけれど、本当に「自分ひとり」になって、考えたことは、なかった


自分のことだけに集中できる環境は、大人になってから、私には無かった。


そんな私が、初めて「ひとり暮らし」を経験したのは、50歳を過ぎてからだった。

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初めての「ひとり暮らし」と初めての「幼稚園勤務」


私が、「ひとり暮らし」をするに至ったのには、20年ずっと住んでいた「思いで一杯の家」を出ることになったからだ。

その家で、子ども達は成長し、巣立っていった。

どちらかというと、自ら望んでそうしたというより、「そうせざるを得ない状況」に、なってしまったからだった。

「ひとり暮らし」を始めて、それまで勤めていた「幼児教室」を退職し、「幼稚園の派遣」の仕事に切り替えた。

私は「教務」として幼稚園で、仕事をすることになった。

それまで「園児の親」として幼稚園に関わることはあっても、仕事をするのは、初めてだった。だから私は、かなりの「新米」だった。
しかし、職場で年上の人といったら、幼稚園バスの「運転手のおじさん達」ぐらいで、園長とは同い年、先生たちの中で、私が一番年上だった。

「教務」というと、園児に配る「お手紙」を作成する事務作業や、子どもたちが足を拭いた「マットの洗濯」、お漏らしした子のお世話、「プレクラスの補助」と色々あった。

そして、私の毎日の仕事は、朝の「幼稚園バスの添乗」から始まった。

私は、短大の「幼児教育学科」を卒業後、すぐに結婚し、子どもが生まれ、大人になた途端、「子育て」が始まった。私が育児に追われていた20代、殆どの友達は、「幼稚園の先生」をやっていた。

「幼稚園勤務」の経験は無いものの、私は、これまで「様々な仕事」に就き、その度に履歴書の「資格」の欄には、必ず「幼稚園教諭免許二級」と記載していた。

「様々な仕事」の中に「幼児教室」の経験はあっても、「幼稚園」で仕事をするのは、それまで一度もなかった。

私は、自分が初めて「幼稚園」で仕事をしていることを、学生時代の恩師のシスターに電話で伝えた。

すると、
「みんな、それをやったのよ~。
あなたは、やらなかったからね~。」

とシスターから言われた。

私が、「ひとり暮らし」と同時に、職場として「幼稚園」を選んだのは、自分が「教員免許」を持っているにも関わらず、50歳を過ぎても、現場を知らずにいる事に「自分の足りない部分」を感じていたから、かもしれない。

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「ひとり暮らし」って寂しいのかな~って思っていたけれど、ちっともそんなこと、なかった。


毎日、仕事で疲れていて家に帰っても、誰もいないので、自分ペースで時間を過ごすことができる。

家族がいたら、2時間以上かけて作ったお料理が、15分で無くなってしまっていたけれど、一品しっかり作ると、2~3日分ぐらいは残ってくれる。

とにかく「家事」の量が圧倒的に少ない。

アッという間に、食後の片付けが終る。

朝、仕事に出て、帰ってくるまで、家の中が、「出ていった時と同じ状態」が保たれている。誰も散らかさない、すばらし~。

とにかく、独りって、楽だ~。

そして、さんざん「母親」をやってきた私は、自分に対しても、「お母さん」ができた。

「食事はちゃんとしたものを食べないと、体が持たないわよ~」とか、

「早く寝ないと、明日、起きれないわよ~」とか、

自分の中の「お母さん」が、ちゃんと自分を支えてくれた。

仕事場が、「幼稚園」だったことは、「ひとり暮らし」が、寂しくなかった大きな要因だったと思う。

毎日、子ども達と接することで、本当に元気を貰えた。

幼稚園の仕事は、朝が早い。

そして肉体労働だ。

だから体力的には、「中学時代の部活」を思い出すぐらい、きつかったし、いろんなこともあった。

けれど、若い先生たちと「チームワーク」で行う幼稚園の仕事は、学びが多く、本当に楽しかった。

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「ひとり暮らし」の中で、出会った自分


21歳の時から、ずーっと子育てをし、家庭を築いてきた私にとって、「ひとり暮らし」の中で出会った「50代の自分」は、思っていた以上に「たくましく」、どこか「懐かしく」、「新鮮」だった。

全く初めての街で、私は、部屋を借りた。

私が、それまでどんな生活をしてきたのか、どんな家族がいるのか、あるいは天涯孤独なのか、誰も知らない。

「今いるここにいる自分」が、全てだった。

それまでの私の経歴を誰も知らないニュートラルな状況は、「第二の人生のスタート」として、とてもよかった。

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そして、私は「きれいな夕焼けを見ることで、自分が、満たされる人」なのだということが、よくわかった。

私が、住んでいたアパートの2階の部屋からは、綺麗な夕日と、立ち並ぶ家の間から山々が見えた。

そして、沈む月も見ることができた。

仕事が終わって、駅に着いた時、「今直ぐ帰ったら夕日がみれる」と思うと、自転車でマッハで部屋に帰って、日が沈むのを眺めてか、再び駅前に買い物に出たりしていた。疲れているにもかかわらず~。

今までの生活だったら、夕日なんか見ていられなかった。

夕方は、主婦や母親にとって、一番忙しい時間だ。

現在、子育て中のママたちが、みんな感じている事だと思うけれど、自分だけの時間を過ごすという事は、「贅沢なこと」なのだ。そして、たとえ些細なことでも、自分がやりたいことを優先できるって、素敵なことだ。

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この「ひとり暮らし」は、2年で終わってしまった。

父が亡くなり、実家に高齢の母が一人となり、諸々の事情が発生したからだ。

アパートの「契約更新」をすることなく終わってしまった初めての「ひとり暮らし」だったけれど、それまでの自分のあらゆる経験が、確実に自分の中に蓄積されていることを、確認できた。

それは、私は今までちゃんとやってきたんだ~という「自分の人生に対する確信」でもあった。

よく耳にする「人生は、何歳からでもやり直せる」というセリフがあるけれど、そうかもしれない。

確かに、何歳になっても、新しい自分と出会うことは出来る。  

大変だけれどね~!

今は、90歳を過ぎた母との生活だけど、いつか、また「ひとり暮らし」をする日が来るのかな~。

その時、もし、あの「アパートの部屋」が、まだあるのならば、そこに戻りたいな~と、思う私なのだ。

(おしまい)------------------------------

最後まで、お読み頂き、ありがとうございました。





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