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「母の刺繍」~刺繍をやらない「私」のこれまでの「振り返り」と、これから向かう「場所」はどこ~?


私の母は、今は無き、手芸出版社「雄鶏社」が主催したアカデミーを修了後、「おんどり刺しゅう研究グループ」で、半世紀に亘り「欧風刺繍」の芸術的な「作品作り」をしてきた。

「雄鶏社」の出版物に掲載する「作品」や、グループのメンバーと共に、銀座を中心に開催していた「刺繍展」や「展示販売会」には、数えきれないほどの「作品」を出展してきた。


最近は、母世代のような、「芸術的な刺繍」というものは、すっかり廃れているようだ。

その一方で、「刺繍家〇〇さんの刺しゅうが好き~」という、ファンを獲得する形で、「刺繍ビジネス」が、成り立っているよに、個人的に感じている。

「雄鶏社」という出版社は、単純に「出版社」としての役割だけではなく、多くの刺繍家にとっての「プラットホーム」としての役割を担ってきた。

現在、優れた「刺繍技術」を持っている「刺繍家」の人達にとって、かつて「雄鶏社」が果たしていた「プラットホーム」となるような場所が、存在しない事は、本当に残念で、この現状は、人伝に「伝承」されてこそ、残すことが出来る「刺繍文化」の存続を妨げているように感じている。

「母の刺繍」~これまでの私の軌跡


母が所持する「刺繍書籍」の中に、ボロボロの「本」がある。

「イルゼ・ブラッシ女史」が編集し、「雄鶏社」から、出版された「楽しステッチ STITCHES&SAMPLERS」という本だ。

「楽しいステッチ STITCHES&SAMPLERS」(昭和37年/1962年・初版)
母が持っているのは、昭和42年(1967年)再版された本

最初の頃、この本で必死に、さんざん、練習したの。
「カバー」が、ついていたけれど
ボロボロになってしまって…
だから「カバー」は、捨てたのよ~

母が言った言葉


この「本」が、出版されたのは、私が「小学生」の頃だ。
私の中で「母の刺繍」は、幼いころから、いつも傍にあった。

「額」に収められた「母の作品」は、本当に素晴らしい。
だから、母は、最初から「刺繍の技術を持っていた」と、私は勝手に思ってきた。

しかし、最近、この母の「言葉」を聞いて「作品」の素晴らしさは、長い歳月の中で、「技術向上」の「練習」を惜しまなかった「母の努力」の「賜物」なのだということを認識した。


そんな母の「作品」を、無碍にもできず…

現在、「自宅」で保管されている、それらの「作品」を、どうしようかと、私は、「頭」を抱えた、

とにかく、一度、全部飾って、少しでも多くの方に、「観て頂こう!」と思った。

noteに頂いた「コメント」にも、後押しされ、

2022年の春から、3回に亘り、「母の刺繍展」を「吉祥寺のギャラリー」で行った。

2022年4月第1回告知
2022年10月第2回告知
2023年5月第3回告知

毎回、「母の刺繍展」では、新しい人との出会い、noterさんとの「リアルな出会い」や、やれば、やっただけの「手応え」が、必ずあった。



ここまでの「最初」を、さらに振り返る


一番最初の「きっかけ」をくれたのは、「メルカリ」だった。

実家を片づけた時に出てきた、異常な量の「刺繍糸」を、とにかく減らしたかった。(異常な量とは、パンパンになってる45㍑ゴミ袋が、4つ~5つはあったかな~)

「メルカリ」に出品すると、想像をはるかに超え、「刺繍糸」は飛ぶように売れた。

購入者との「コメント」のやり取りの中で、「刺繍」をやっている人が、全国にいる事を私は、知った。

その後、「メルカリ」で気をよくした私は、母の「作品」を観て欲しいと思うようになり、次に、始めたのは、インスタグラムだった。

その際、「キャプション」を書くために、その「作品」がつくられた「背景」を、私は、母に尋ねた。

どのような「刺繍」で、どこで「展示」したのか

どんな「ステッチ」を用いているのか、使われている「刺繍糸」は、何なのか

そんなことを母に、尋ねる。

すると、思っていた以上に…様々な「情報」が、90歳を過ぎた母の中から、次々と出てきた。

母の「刺繍作品」の「背景」には、何かしらの「ストーリー」が、必ずあった。母には、母なりの「思い」があって「作品」を作ていたのだ。

高齢となった母の「記憶」が、ハッキリしているうちに、「母の刺繍」の事を聞きだし、書き留めておきたい!
そんな思いで、私は、noteに「母の刺繍」のことを、書いてきた。



noteに書いてきた「作品」の「ストーリー」~

母の話からは、「欧風刺繍」の専門的な「知識」と、確かな「技術」に基づいた、「刺繍家」ならではの「感覚」と、「作品」の裏に隠された「エピソード」を聞く事ができた。

※以下は、◇が付いたタイトルは、noteの記事の抜粋です。

***********

◇「湖畔の城」~「ステッチ」の名称を探し出した92歳の母


「湖のほとり」に建つ「お城の影」が、
水辺に写っている様子を「刺繍糸」で表現している作品。

ある時、この「作品」をインスタに掲載することにした。

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この「湖」の部分に、施されている「スッテチ」が、
なんとも不思議な感じだ。

「三層構造」になっている。


湖畔の両サイドに立つ2本の「木」にも、
同じような刺繍が、されている。
⇓⇓⇓⇓


この部分って、どうなっているの?

と母に尋ねると

「ドロンワーク」でもないし、
「アジュール」でもないし、
なんだっけ~

と母は、「言葉」が出てこない。

母の持っている「刺繍の本」を見ながら、

「このスッテッチじゃないの~?」

私は、畳みかけるように、母を問い詰めた。

でも、

母は、かたくなに「違う」と言う。

「確か、この本の、どこかに載っていたのよね~」

と母が、本棚に向かって、指さした「本」が、

「オープン キャンバス」

昭和60年(1985年)「雄鶏社」から発行された、刺繍の専門書。
(既に絶版)


殆どの「刺繍の本」は、

私のように「刺繍をしない人」が見ても、

可愛かったり、
綺麗だったりして

見るだけでも楽しい。

しかし、この「本」は、
殆どが「白黒」で、
文字ばかりで、

「素人」の私が読んでも、
解らない「言葉」だらけの
楽しくない「本」なのだ。

結局、「刺し方」の「名称」は、分からなかった。

インスタの「キャプション」には、
母とした「会話」のまま、書いた。

すると、

「とても興味深いです。」

と「コメント」を頂いた。

母は、だいたい夜9時には、就寝する。

その日の夜、9時半は、過ぎていたので、

もう寝たのかな~と思っていたら、

「ここに、載ってたわよ~!

見つけた!これこれ~」

と言って、母は、「ページ」を開いたまま、
私の「部屋」まで「本」を持ってきた。

この「本」は、持ち歩くような「本」ではない。

厚みもあるし、「図鑑」のように、「重たい本」なのだ。

その「本」を持ち上げて、
ヨタヨタと、私の「部屋」まで、わざわざ持ってきたのだ。


でも、そのお陰で、「答え」が分かった!


このステッチの「名称」は~

「ニードルウィービング」

「ニードルウィービング」のページ


確かに、あまり「耳」にしたことがない。

「答え」が分かった私は、
早速、「本の写真」を「インスタ」にアップし、

コメントを頂いた方に、
「この本に、載っていました~!」と

刺し方の「名称」が、分かったこととを「返信」した。

すると、即「ネットの古本で、購入しました!」と、
夜の10時過ぎ、さらに「返信」があった。

*********

高齢の母は時々、
自分に「都合」の良いように話が、
すり替わったりする。

だから、本人は、「どこまで分かっているのか」、
分からない時がある。

母は、周りから「しっかりしていますね~」と言われる。

でも、あくまでも、92歳(当時)としては、「しっかりしている」という言い方が、母には、当てはまる。

でも、この日、

あやふやだけど、

どこか「確信」のある母の「記憶力」が、「なんか凄い!」と思った。

母は、「刺繍」に関する「知識」だけは、高齢となった今でも、どこか「別な場所」に「保存」しているようだ。

この不思議な「ステッチ」を先生から教授された時、

「本当に、こうなるんですか~?」と母が言うと

「本当に、こうこうなるのよ!」と先生が仰って、

目の前で動く、先生の「手元」を見ていた事を、母はしっかり憶えていた。

この夜、「答え」を探し当てることが出来てた母は、「自分の過去」を「確認」できたのではないだろうか。

あるいは、
「じゃあ、これは何なの!」と、娘の私から、きつく問い詰められ、

「言っていることが、さっぱり分からない!」と罵倒されて、悔しかったのかもしれないけど…


◇「イギリスの狩りの風景」~その裏にあったのは・・・


「実家」を片付けていた時、この作品「イギリスの狩りの風景」を見つけた。

初めて見た作品で、家で、飾られた事がない作品だった。


ちょっと「すごいじゃない!」という「リスペクト」を込めて

「こんな額を刺したのね~!」

と私は、母に言った。

すると、何故か、母は、期待外れの「反応」だった。

母は、この「作品」を気に入っていない。

母の中で、「作らされた」という「思い」が、強い「作品」なのだそうだ。

だから、私からすると「素敵じゃない!」と思うこの「作品」を、母は家で飾ることが無かった。

おそらく、この「作品」を、わざわざ「フューチャーして欲しくない」というのが、「母の気持ち」だと思う。

では何故、この「作品」を取り上げるのかというと、その裏にあった「父」の「パトロン」ぶりに、私は一番、驚いたからだ。

先ず、この作品の「元」になった「本」とは~


この作品の「図案」の「原画」が掲載されている「本」は、

「ヴィクトリア&アルバート美術館 イギリスの染織」
(監修:ドナルド・キング  翻訳監修:北村哲郎)

写真だとわかりずらいですが、結構なサイズの本
縦37㎝・横28㎝・厚み5㎝
重さは、とにかく重い!


母が、「刺繍図案」として使用した「場面」は、
この「本」に「中開ページ」に、掲載されている。
⇓⇓⇓

「つづれ織りのベット用の垂れ布 田園生活風景 シェルドン織 16世紀末あるいは17世紀初」

もともとは長い「織物」としてつくられたもの。

その「一場面」を切り取るようにして、母は「刺繍図案」にしている。

当時、母が、所属していた「グループ」で指導されていた「板垣文恵先生」が、この「本」を持っていて、それを参考に、この「作品」を作ることになったのだ。

「パトロン父」の登場

母が、この「作品」を作ることになったある日、

父は、会社の帰り、東京駅近くの「八重洲ブックセンター」で、この「本」を買ってきたのだ。

この本は「3巻」で「1セット」になっている。

1冊:39,000円の「定価」が、記載されているこの「本」を
驚いたことに、父は、「全3巻」購入した。

この頃は、まだ「消費税」ってなかったのかもしれないけど…



お値段も、負けてくれて!
しかも、「送料」は、
「サービス」してくれて、タダだったの~!

とか母は言っていたが…

言っておくけれど、うちの父は、「普通のサラリーマン」だった。

母が、「依頼」した訳ではなかったのに、父は、自ら買ってきたというのだ。

さすがに母も、「まさか3冊買ってくるとは、思わなかったわ~」と言った。

実家を片づけて、この3冊の「本」を見つけた時、
「なんで、こんなものが、ウチにあるの~?」ってまず驚いたけれど、

さらに、この話を聞いた時、「はぁ~、一体何なんだ~!!」って、私は、とことん呆れた。

どこかの「お父さん」が、お給料を「パチンコ」で「全部使っちゃって~」みたいな事とは、確かに違うけれど…

「ウイリアムモリス」や「ミュシャ」の作品も掲載されている


「芸術」に、理解のある「父」は、母の「刺繍創作」に、「協力的」だった。

だから、母の「作品」が、「額装」されると、神田小川町の「草土舎」まで、会社の帰りに、受け取りに行ったりすることも、よくやっていた。

(私からしたら)「刺繍」のために、母が「湯水のようにお金を使う事」を父は、尊重していた。

飛行機が、嫌いだったこともあり、父は「海外旅行」に、一度も、行った事は無かったけれど、母は、刺繍の「研修旅行」で、東ヨーロッパを中心に、海外によく出かけていた。

「大正生まれ」の父は、色んな意味で「不器用」な人だった。

父の「母の刺繍」への理解は、義両親との「完全同居」生活の中、「長男の嫁」として、役目を果たしていた「母」に対する、精一杯の「感謝」と「愛情表現」だったと私は思う。

この「エピソード」を思う度に、母の「作品」には、「母」だけでなく、「父」の「思い」も、私は、いつも感じている。



◇母がなんとなく「作ってみよかな~」と思って作った「作品」


母の「刺繍」の「創作活動」は、「雄鶏社」が出版する「刺繍書籍」のためだったり、定期的な「展示販売会」のためだったり、なので、殆どの場合、決められた「テーマ」や、「締め切り」があった。


それとは違い、「なんとなく~」で「作品」を作ることがあった。

特に「目的」もなく、「完成形」もはっきりせず、作りながら考え、ただ作りたくて、自分で作りたい様に、「自由」に作った「作品」がある。


スマホに保存している、母が「なんとなく作った作品」の「写真」を、「娘」にみせながら、

これって、おばあちゃんが、
「なんとなく作ってみようかなぁ~」
と思って、作ったんだって、

と私が言うと、

おばあちゃんって、ホント 「芸術家気質」なんだよね~

と「娘」が言った。

何気なく作った曲を、YouTubeにアップして、すごい「ヒット曲」が生まれたりする、そんな「時代」だ。

おばあちゃんて、それと似てるよね。

だって、その「作品」は
作らなければならなくて、作った訳じゃなくて、
なんとなく作っている訳でしょ~

今の時代だったら、そういう人が「インフルエンサー」とかいわれてさ~

とさらに「娘」が、言った。


娘が「推し」ている「イラストレーター」が、締め切り間近なのに「息抜きで描きました~」と言って、「インスタ」にアップしている「絵」が
「すごいんだよね!」って、「娘」が言っていた。

「締め切り」があるなら、そっちの作業が、先だろ~
そう思うのが、私だ。

何の「計画性」もなく、なんとなく、作ってみたくて~で始めて
「最後まで、作る気あるの~?」と

私は、突っ込みたくなるタイプだ。

日頃から、母の「計画性」のない発言に、「何にも、考えていないんだから~!」と私は、毎回「イラ」っとする。

それが、母の「気質」なのか、「歳」のせいなのか、わからない・・・

「芸術家」は、いつの世も「自由」なのだ~

■「なんとなく~」の「作品」、その一部を紹介します。
⇓⇓⇓⇓

<作品1>騎士の横顔

「中世の騎士」が描かれている、元々は、そんなに「大きくないサイズ」の「絵」を何処かで、みつけたらしい。

それがキッカケで、その「絵」を、母は、自分で「刺繍図案」にした。


「もとになってた絵は、どこかにあるの?」と尋ねたら、


そんな、取っておくような、
ちゃんとした「絵」じゃなかったのよ~

と母が言った。

しかし、その端切れのような「絵」をみた時、母は「刺繍で、さしてみよう!」と、何かしらの「インスピレーション」が、湧きおこったのだ。


<作品2>インターチェンジの風景


母が長く住んだ街に、「インターチェンジ」が出来た。
(確か、平成4年だったかな~)


市の「広報誌」に掲載された「インターチェンジ」の「写真」をみて、
「刺繍で、作ってみようかなあ~」と、母は思った。

額縁のサイズは、42cm×55cmぐらい。

「額縁の箱の」中に、「広報誌」から、切り抜いた「写真」が
一緒に入っていた。

「写真」は、「ハガキ」よりも小さい、「名刺」2枚を並べたぐらいのサイズ。

母は、この「写真」を「基」に、大きくして「図案」を起こした。

「広報誌」に掲載された写真の切り抜き


特に、右上の「林の部分」を、どう表現したらイイかなぁ~と思い、、「オーガンジー」を使ってみたら、「イイ感じ」に出来たと、母が話した。


母は、作りながら、頭の中で「イメージ」を膨らまし、
「完成」に向って行くようだ。

最初から、「全部」を決めているのではなく、
作りながら、感覚で、「作品」を作る人だ。

「なんとなく作った作品」は、「銀座のギャラリー」で展示されることは無く、地域の「市民センター」とかで、ひっそり「展示」するに留まった。



◇同じ「図案」の「作品」


ある時「インスタ」を見ていたら、むかし母が作った「作品」と、同じ「図案」の「作品」を見つけた。

それがこちら
⇓⇓⇓⇓



「あれ、おんなじだ~!」と思い、

早速、その方を「フォロー」し、コメントを送った。


でも、

よ~く見たら、

使用されている「ステッチ」は、「母の作品」とは違っていた。

こちらが、「母の作品」
⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓




「この方」の「インスタ」には、「紫の糸」で刺した「作品」も、アップされていた。
⇓⇓⇓

「紫色も、ステキですね。」

と伝えると、

彼女の先生である「高村タチアナさん」が、以前、「DMC25番 」の「色番号:3749」の「刺繍糸」で、刺されていることを知り、「同じ色」で、刺したくなって、作った「作品」とのことだった。

「髙村タチヤナさん」(以下、タチヤナさん)は、高村手芸研究所「むぎの会」という「刺繍グループ」を主宰されている。

「コメント」のやり取りをした中で、

数十年前に、「ビックサイト」で開催された「手芸イベント」で、いくつかの「刺繍教室」の方々が、この「図案」を基に、各々が、それぞれの「技法」を競うように「作品」を作り、それを一堂に並べ、「展示」した事を知った。


大塚あや子さんのインスタ
に掲載されている作品


「図案」は、表からは見えないけれど、「刺繍作品」の一番「最初の段階」に、必ず存在している。

さらに、同じ「図案」だからといって、必ずしも同じ「作品」が、出来上がる訳はない。

刺繍の「醍醐味」は、どんな「ステッチ」を使うか、作り手の「センス」、
「技術」によって、同じ「図案」でも、全く違う「作品」が、生まれることだ。

ひとつの「図案」から、どんな「発想」で刺繍をするかは、「作り手」の「自由」で、決められているようで、そうではない。

母は、「絵」を描くように、沢山の「色」を使い、「刺繍糸」で「作品」を作る。

それが刺繍の「醍醐味」であり、「楽しさ」でもある。


「着地点」を求めて、まだまだ続くよ~どこまでも!


これまで、「刺繍」はやらないけれど、「母の刺繍」の「価値」を傍で見てきた私は、いろんな事を考えてきた。

「作品」だけに限らず、
「絶版」となっている母の所持する「刺繍書籍」だって、
この先どうしよう~とか、

母が所持する「図案」とかも…

現在、保管している、母の刺繍関係の「書籍」や「図案」を、
どう考えても、私は「活用」することは出来ない。


でも、それらを「有効」に使えば、きっと「素敵な作品」が、生まれるはずだと私は、考える。

そんな思いで、これまでに、「母の刺繍展」で、図案を「有料頒布」したり、「刺繍図書館」という「イベント」をやってみたり…

とにかく、いろいろ、やった。


昨今、持てはやされる、

~直ぐ
~簡単に
~誰でもできる


この「キャッチフレーズ」に乗っかって、近頃の「刺繍」も、どんどん「簡易化」される。

母たちが、積み上げてきた「刺繍」は、間違いなく、この「キャッチフレーズ」の「対極」に存在している。


「簡単」には「手に入れられない」からこそ、「長い時間」をかけて、その人の「アイデンティティー」の一部になっていくものがある。

母に限らず、一緒に「欧風刺繍」を学んできた「刺繍グループ」の方たちは、「簡単」には、「手に入れる」ことが「出来ないもの」を内に秘めて、「人生」を終えていくのだろうか…


ひとまず、この「暑い夏」を乗り切り、「体調」と「心」を整え、思いのままに、また動き出そう!

「着地点」を求めて、この先の道は、まだ続く~

※昨年末から患った「腱鞘炎」は、PCのマウスを持てるぐらいに、お陰様で、回復してきました!
ちょっと、元気が出てきています~!

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門


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