きらきらかぶれ【長編小説】
#黎明高校72期生最高
#黎明生で良かった
青白い光が思考に絡みついてくる。
何もかもが嫌になって、snsをスクロールする手を止め、スマホごとうつ伏せになった。
ここ数日、結多の夜のルーティンは第1志望だった黎明高校の生徒のsnsを覗くことになってしまっていた。
第1志望の都立黎明高校に落ちた結多は私立の女子校である永聖女子高等学校に通っている。
都立黎明はその偏差値の高さ故に校則の縛りも緩く、人気のある高校だ。永聖女子はというと都立黎明の滑り止めにされるくらいの偏差値は持ち合わせているものの、伝統と品格を重んじる校風の為、都立黎明に落ちた人から不満を買い、高校の口コミサイトは在籍生徒からの不満で荒れている。
一生に一度の高校生活は黎明で過ごすんだ、と期待に胸を膨らませ全てを黎明のために捧げ、誰もに黎明生になる人物だと思われていた中学時代。優秀だったあの時代。
――私の全てを失った日、周りと同時に自分からの期待もが消え去った日。
あの日に私はずっと囚われている。
――た。――ゆた。――結多!
美羽に肩を叩かれ、私はやっと視線をそちらに向けた。
「大丈夫?クマ酷くない?」
「え、そうかな?」
最近眠れてなくて、と返すと美羽は心配げに私の顔を覗き込んでくる。
「結多休むと私学校楽しくないんだから体調管理しっかりしてよ。」
「ありがとう。」
「まあかくいう私も最近連ドラ見てて寝れてないよ。」
「おい。」
私の軽い睨みから身をかわすように移動し、軽やかに笑った美羽はいつも通り今やっている大人気の連ドラの主演俳優について語り始めた。
美羽と話して元気になると同時に、自分がしているのは美羽のように自分を幸せにする夜更かしじゃなくて自分を追い詰めるものだと気づき自己嫌悪に陥る。
「聞いてる?」
「…ごめん聞いてない。」
「もう…だからね、イケメンが相談に乗ってくれる部活ができたらしいよ」
「…うちに?」
「そうに決まってんじゃん。」
「うち女子校なのに?」
「誰も男子とは言ってないよ」
「女子のイケメンなんか尚更人気すぎて相談所なんかままならなそう。」
「そんなイケメンが転校生だったもんだから誰も話しかけられてないらしいよ。」
そのイケメンが誰にも話しかけられてないまま相談乗る部活立ち上げたとか言って話題になってるんだよ、と美羽は続けた。
「なんで誰も話しかけたことないのに部活立ち上げたことは知られてんのよ。」
「先生が『あの子なんか部活立ち上げるって言って聞かないのよ、話しかけに行ってあげてね』言って回ってるらしいよ。」
なんか部員一人しかいないのに部活だと認めたり旧校舎の使用認めたりするあたり先生も美形優等生には甘いよねと美羽が笑う。
場所を美羽に聞くと旧校舎の美術室だと教えられた。
旧校舎は70年ぐらい前に建てられたもので使われていないが取り壊しもされないまま残されている。
そんなところに相談に来いと言われても中々行きづらい。
成程。人の出入りは少なそう。
永聖女子の途中入学試験は一般試験より難しくしていると聞く。よっぽど頭のキレる人なのだろう。一体どんなアドバイスをくれるのだろうか。
「その人の名前は?」
「ナルミだった気がするよ。」
「苗字は?」
「聞いたことない。」
「行くの?」
私が行くわけないじゃん、と返すと美羽はそれ以上詮索してこなかった。
本館から少し離れたところにある煉瓦造りの建物は貫禄のある佇まいで、廃れることなく生き続けていた。
壁には蔦が絡みつき、どこぞの西洋文化やら大正ロマンやら思わせる。中に足を踏み入れると同時に気温がぐっと下がった気がして、少し怯む。
洒落た彫刻の施された窓から差し込む陽の光が廊下を照らし、ブレザーに取り付けられた金色のボタンが、それを弾いて輝いた。
外見の古さとは対照的で、校舎内は誰かの手が入っている綺麗さだ。それが余計不気味に感じられる。
美術室は廊下の突き当たりで、重厚な木製の扉が構えていた。
そっと入ろうと思っていたのに扉の上に付けられていた金色のベルが私の入室を盛大に知らせてしまった。
ぎょっとして逃げるか否か迷っている間に彼女と目が合う。
「…来る人いるんだ。」
「えっ…来ちゃダメでしたか」
すみません!と逃げ帰りそうになった私の腕が力強く掴まれる。
「お菓子食べてってよ。」
美味しいマドレーヌがあるんだ。
砂糖と卵と小麦粉が織りなす甘い香り、それから彼女の美しい鼻歌が私の帰るという意思を消し去った。
噂のナルミ先輩はその噂通り男と言われても一生嘘を突き通せそうなほどの美しさだった。切れ長の透き通るような瞳にすっと通った鼻筋。薄い唇はほのかに色づき肌は陶器のようでほくろやにきびの1つもない。
人形の様に美しい彼女に、自分の暗い一面を見せるのは少々気が引ける。
優雅に紅茶を啜るナルミ先輩を横目に、少し冷静になった頭でぼんやりと自分の潜在的な行動力の高さについて考えた。
「1年生だよね、名前は?」
永聖女子の制服は学年ごとにシャツの刺繍に使われる糸の色が異なる。ナルミ先輩が私が1年生だとわかったのもおかしいことではない。
「森田結多です。」
「ゆたちゃん。いい名前だね。」
そう言いながらどこからかコピー用紙を取り出してきた。
漢字を尋ねられ促されたままに答えると、その用紙に美しい字で森田結多、と綴った。
「鉛筆」
少し珍しくて思わず声に出す。
「あー、今の子って鉛筆って指定されない限りシャーペン使う人が多いよね。」
思わずナルミ先輩も俗に言う今の子ですけど、と言いたくなってやめた。
鉛筆までもが似合うナルミ先輩。自分の小学校で彼女が鉛筆を使ったら、あれほど校則に歯向かってシャーペンを使いたがっていた同級生達が、進んで鉛筆を使うだろうなと想像し、楽しかった小学校生活に軽く思いを馳せた。
「あ、私の事はナルミでいいよ。」
クールビューティな感じで話なんかして貰えないかと思っていたもんだから拍子抜けしてしまった。
この学校は苗字に先輩づけで呼ぶ決まりになっており、初対面の先輩を名前で呼ぶとなると流石に気が引ける。すっかり永聖女子に染まってしまった自分に失望し、入学できるものならまだ黎明に入学するつもりである諦めの悪い自分にも失望した。
「流石に名前で呼ばせて頂くのは気が引けますかね。」
そう苦笑いするとナルミ先輩はきょとんとした顔の後にふふっと笑った。――絵になる。
「ああ、これ上の名前だよ。別に下の名前でもいいんだけどね。でもあんまり呼んで欲しくないかな。」
「あっ…そうなんですね。すみません。」
「でも名前名乗らないのもおかしいよね。」
そう言って先輩がどこかの校長室から運んできたのかというぐらい格調高い椅子から降りた。
「鳴海永遠子です。」
「なるみとわこ、先輩。」
彼女の白魚のような手は、温かかった。
いや、人間なのだから多少の温もりがあるのは当たり前なのだが、彼女の人形のような美しさが霊的なものであるのでは無いかと、目前に広がる生命までもを疑わさせたのだ。
先輩は私の名前の横に鳴海永遠子、と綴ると
「何があったのかね。聞かせたまへ、子猫ちゃん。」
とおどけてみせた。
私は誰にも打ち明けたことの無い暗い部分を、鳴海先輩には見せることにした。
程よく栄えた商店街。それから土手。遠くには大仏。
私の好きな景色。
これから私は毎日大好きなこの景色を目にし、いずれは飽きるのだと思うと不思議な感覚に陥る。
これが好きな人と付き合いたての時の気持ちなのかな、なんて思ったりして、彼氏なんて出来たことないじゃん、と自分にツッコむ。
「結多どうかしたの?」
顔に出ていたのか、お母さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「なんでもない。」
お母さんと頑張ってきたこの3年間。おしゃれも恋も何もかも捨てて誰よりも頑張ったと言える3年間を無駄にしてやるもんかと心に誓う。
ふと電車に緊張した空気が漂っていること、自分にあるのは自信とこれから始まる3年間への期待だけだと気がついた。
まるで在学生のような余裕――幾度と言われたこの言葉。周り以上に自分が自分を信じていた。
「着いたわよ。」
今日は都立黎明高校の合格発表日。
都立黎明は9時から掲示板に合格した受験番号が貼り出される。9時になると掲示板の上に被さっている布が剥がされ、彼らの目にそれが触れる。数秒後には嬉し涙を見せる者や叫ぶ者、泣き喚く者、黙って帰る者など様々な反応を見せる人達で溢れかえる。都立黎明の合格発表は都内のトップ高校である為、毎年メディアに取材されていた。
私はそれを幾度も幾度も見てイメージトレーニングを重ねてきた。どんな反応をしようか。
でも、それは必要なかった。
私が報われるはずだった日。
でも、報われなかった。
母からの失望の目。これから周りになんて言われるのだろうという恐怖。そして私の私自身への期待が消えた。
一緒に黎明を目指してきた仲間達は合格していた。共に高めあって来たし、SNSもお互いをフォローしていた。これから彼らのSNSを目にしなければならないと思うと辛くて、繋がっていたSNSを断ち切りたかった。断ち切れなかった。
入学してからもずるずると彼らのSNSを見てしまった。
自分のSNSに比べて彼らは何故あんなに華やいでいるのだろうか。それを見ながら寝落ちして、夢にまで見た。
なんども劣等感に苛まれた。
あの時の数分の休憩が、仮眠が、これを引き起こしたのではなんて考えては自分を責めた。
あんなにあった自信が消えて、どうしようもなくなった。
縁がなかっただけだよなんてよく言うけど実際自分が縁がなかったなんて言われると悔しくて仕方なかった。
この学校に入ってから1番の友達だと思っている美羽にもこんなに黎明に思い入れがあることは伝えられていなかった。
「きらきらかぶれだね。」
「え、なんですかきらきら…?」
「きらきらかぶれ。君の病名。」
「ありがちなんだよね最近のJKには。」
「私もJKだから例外ではないのだけれどね。」
うーん、と彼女が私を見つめる。
「要するに自分に完璧を求めすぎだよ。」
アメリカかぶれって言葉があるでしょ、と彼女が続けた。
「それって、アメリカの文化を好みすぎるあまり言動もアメリカの文化の方に寄せたくなってしまう人のことですよね。」
「ゆたちゃんはSNS見て彼らと比べちゃってるわけでしょー。」
きらきらにかぶれすぎだよ。
「SNSなんて自分のいいとこしか見せない。きらきらしてる部分しか、ね。」
それはとても腑に落ちた。
「ゆたちゃんはとても普通。彼らのきらきらの凝縮された部分を見てるだけ。」
私の顔を見て、「どう?すっきりした?」と尋ねられ、「はい。」と答える。
「それはよかった。自分のおかしいかもしれない部分に名前がついてると安心するよね。」
彼女は何者なのだろう。人形のようで霊のようで魔女のようでもあった。
「またおいで。」
結多は予想通り旧校舎から出てきた。
最近悩んでいるように見えたし、興味のないことはとことん興味のない結多が場所や名前まで聞いてきたもんだから私に内緒で行くことは容易く予想出来た。
「えっまってなんで。」
「ごめんたまたま。」
横にはナルミ先輩であろう人が立っていて、一瞬きょとんとした後こちらに手を振ってきた。
噂通りの美形である。
「ゆたちゃんのお友達ー?相談あったらおいでねー!」
クールそうなイケメン顔が台無しのフレンドリーさだ。
バイバーイとナルミ先輩は奥に戻って行く。
唖然としつつさっきよりすっきりとした顔をしている結多を見て私は決めていたことを実行する。
「私もナルミ先輩に相談してから帰るね。」
結多は止めなかった。
利用したようで悪いが自分が最初の相談者になる勇気はなかった。結多なら行動力があるし、何か悩みがありそうだったから行ってくれるのではないかと期待した。
「あれ、一緒に帰ったんじゃなかったの。」
「長谷川美羽です。」
相談があって来ました。
「ナルミです。よろしくね。」
彼女の絹のような手を私は握り返した。
「あの、先輩なので苗字を教えて頂けませんか。」
「ナルミは上の名前だよ。下はトワコ。下でも構わないけどあまり呼ばないで欲しいかな。」
彼女はどこからか取り出してきたコピー用紙に私の名前と鳴海永遠子、という字を綴った。
「そうなんですね。」
「それで、何があったのかね。聞かせたまへ、子猫ちゃん。」
妙に気取った言い方に私は少し笑いそうになった。
私が悠人と付き合ったのは幼稚園の頃だった。
家も近所でお母さん同士も仲が良くて、一緒に幼稚園の入園も決めた。入園前から仲良しだった。
悠人はその時からかっこよくて、周りの女の子にむりやりちゅーされたり手紙を渡されたりとかわいいアピールをされまくっていた。当時の私からしたら地獄の果てにいるような悲しみだった。悠人はそんな私に毎回ごめんねと謝ってくれた。
小学校に入ってなんとなく付き合い続けた。暗黙の公認カップルだった。お互いの家に行って遊ぶこともよくあった。
中学校に入って周りが付き合いだして不安になって、私から改めて気持ちを伝えた。彼は笑った。そこからはあまり覚えてない。
お金を貸すようになった。
彼が助かったとその顔で笑うからいいことをした気になった。
どこにいても呼ばれるようになった。パシリにされた。
大抵呼び出し場所には男女がひしめき合っていて、いかにも柄の悪い人達だった。家柄が多少良かった私は格好から何から白い目で見られた。
浮気された。
許せなかったけど、断れなかったという彼を見て幼稚園の頃の彼に面影を重ねた。
優しいんだね。と返した。
それが続いた。
手は出さないから彼は何も悪くないと思っていた。
でも少しおかしいと思い始めた。
美羽がいないと生きられないと言われた。
私には彼が要らないのでは無いかと思った。
誰もに私たちが結婚すると思われていたし、これは一時の迷いなのだと思い直し、私も、と返した。
どうにも出来なくなった。
この学校に入ってから1番の友達だと思っている美羽にも彼氏の存在は伝えられていなかった。ちょっと利用したけど。
気持ちがわからなくなった。
すきだしきらいだしすきだしきらいだしすきだしきらいだしすきだしきらいだしすきだしきらいだしすきだしきらいだしすきだしきらいだし…
「盲目ゲシュタルト崩壊だね。」
「え、なんて…」
「盲目ゲシュタルト崩壊。君の病名。」
げしゅたると…?
「ゲシュタルト崩壊ってのは例えば同じ字を書き続けているとその字の認識に問題が生じる、みたいな症状の事なんだけどね。」
「君は彼のことを好きだと思い込みすぎて彼の言動の善し悪しまで判断できなくなってるね。」
その通りだと思った。私のこの思いに名前がつけられると同時に一気に安心した。
もうもくげしゅたるとほうかい…もう一度告げられた病名を噛み締める。私にピッタリだ。
彼はもう好きだった彼じゃない。
先輩がどこからか持ってきたマドレーヌを齧った。
「もう気持ちは固まった?」
「はい。」
「ならよかった。」
「またおいで。」
結多も美羽もお互い詮索しなかった。なにもなかったかのように振る舞った。でも以前より彼女達は確実に楽しそうだった。
――そんなある日の昼休み。
「ちょ、ちょ、ナルミ先輩が呼んでる。」
クラスメイトが私たちの元に駆け寄り、鳴海先輩の来訪を知らせた。
結多と美羽が顔を上げると鳴海先輩が教室のドアのところでひらひらと手を振っている。
皆からの興味の眼差しを受けながら鳴海先輩に着いていくがまま旧校舎へと向かった。
「うちの部活入ってくんない?」
「「え」」
突拍子も無さすぎて頭が真っ白になる。
「生憎私なんか怖いと思われてるみたいで…君らが客呼び込みとかしてくれたら私の卒業後も残るじゃん、この部活。」
鳴海先輩は3年生だし、あと少しでこの部活は無かったことになるだろう。
「そんなに残したいんですかこの部活?」
「うん。君らが1番この部活の良さ知ってるでしょう。」
ちょっときまずくなる。きまずさを蹴破るように2人同時に分かりました、と口にした。
教室に戻るとクラスメイトどころか学年の人がクラスに押し寄せてどういう関係なのかを聞かれまくった。美羽はここぞとばかりに任された部活の宣伝をした。私達が何の相談をしたのかも聞かれたがお互い内緒で通した。フレンドリーな美羽によって旧校舎が倒れるのではないかと言うぐらい美術室には人が押し寄せた。結多は整理券を発行する羽目になった。
イケメン美形なナルミ先輩がわざわざ相談に乗ってくれた挙句その悩みの原因を教えてくれるらしい――。
その宣伝文句が彼らの足並みを揃えることは容易だった。
一通りできる限りの相談に付き合わされたあと、結多は鳴海先輩に部活を立ち上げた理由を尋ねた。
「んとねー、私精神科医になりたいんだよね。」
マドレーヌを齧りながら続ける。
この人いつもマドレーヌ食べてんな。
自分の悩みって自分だけなんじゃないかって孤独感に苛まれることが多いんだけど。それに名前がついてるってなるだけで、もう既に誰か同じ状況の人がいるんだってわかる。それってだいぶ楽になると思うんだよね。でも多分多くが病院に行く勇気はない。そういう気軽に来れる病院を立ち上げるのが夢だけど医者になるまで待てないし、私も同じようなことを手軽に出来ないかと考えた訳。でも適当に君らを診断した訳では無いよ。診断とか仰々しい言い方でごめん。まぁ、ある程度知識はあるけど、それだけだと君らにしっくりくるような病名は無いから自分で考えた。1つぐらいそういうの何かしら持ってるもんなのに、みんな気にしすぎなんだよね。
「そして私も例外ではない。」
勇気を出して聞いてみる。
「先輩の病名はなんですか?」
彼女は困ったように笑ってえっとねー、と言った。
病名は――
「永遠子なのに笑っちゃうでしょ。」
私は心臓外科医になろうと決めた。ほかでもない、彼女の為に。
それ程に私は、彼女に魅入ってしまっていた。
「またおいで。」
