バックビートがなぜ難しいかは、無自覚にやってることを意識的に再現する必要があるから(ゴスペルステップ最終編)
それが理由なのではないか。バックビートがなぜ難しいのか
(=ゴスペルステップはなぜ難しいのか)
【 Topic185:バックビートについての最終的な話(構造的説明) 】
人間が無自覚にやってることを、意識的にコントロールするという意味合いで、役者さんとかもバックビート向いてる気がしてきました。
要するに今回私は何が言いたいかというと、人間の動作には無自覚にやってる部分と、意識的にやってる部分の2種類が必ずあるということです。
意識的にやってることには再現性があるけれど、無自覚にやってることには再現性がない。だから意識的にやろうとした途端、おかしなことになる。
バックビートに必要な感覚・ゴスペルステップが出来ない人は、それはセンスが無いからではなく、本来無自覚にやってることをそこに反映させなきゃいけないから、難しく感じるのではないか。
具体的に
意識的にやってることと、
無自覚にやってることってなんなのかって言ったら
ケンッケンッパ
とかもそれじゃないですか?
パ。って(ドスン。って)着地したときの感覚は完全に「表・強拍・振り・四股踏み」
逆に着地ではなく、次のケンッに向かうとき、飛び上がるときの一瞬地面を押すようなほぼ無自覚的な行動
それが、『裏・弱拍・返し・反動・バウンス』
ゴスペルステップの足の感覚と一致するはずなんです。
だからセンスが無いから出来ないのではなく、意識しすぎて反映させるべき感覚の選択を、ミスっているだけではないか。
より丁寧に書くと
ケンッケンッパ。ケンッケンッパ。って何気なくやった時、
ドスンドスンドスン。ハイ!ドスンドスンドスン。
表っ表っ表。裏!表っ表っ表。
私が言いたいのはどういうリズムになっているかという話ではありません。
表と表を繋ぐためにほぼ無自覚に行われる裏の足の感覚が、そっくりそのままゴスペルステップの足の感覚と一致するはずである。ということです
邦楽ではなく洋楽のキックドラムの質感と一致する。ということです
・表と裏が逆になっていることがJ-Popの問題点
・バスドラムとスネアドラムの用途と質感が逆転してしまっているのが問題
その大きな問題はバックビート界隈の全員が、頭では理解できていると思います。なのに、意識的にやろうとした途端、上手くいかない。なぜ上手くいかないのか、それも全部これが根本原理じゃないでしょうか。
洋楽のキックドラムの質感を再現しようとした際、全員、邦楽の質感「ドスン」が反映されてしまう。本来、『ハイ!』のときの質感が反映されてなきゃいけないはず。
ほぼ無自覚に行われる裏の動作を再現可能なものにする必要がある。各々の中で。つまり表と裏の感覚を明確化させ、使い分ける。それがこのバックビートの話の核ではないか
普段自分が無自覚にやってることを、そこに反映させる必要があるから、難しい
でも、仮に無自覚にやってることでも、一回認識できてしまえば、再現性を持たせることができる。
バックビート界隈の一例
バックビート界隈の一例と、激辛おじさんの動画を参照しながら細かく見ていこうと思います。
上記を踏まえて思うのは、やっぱりバックビート界隈のこの人は惜しいところまで行っていると個人的には感じます。
この人の失敗原因はリズムのカウントを気にしているところだと思います。重要なのは"どこでカウントを取るか"ではなく、そこにある二つの感覚をコントロールできるかどうか
感覚を抽出して再現性を持たせる
それが本質ではないか
自分の中に、表と裏の2種類が明確化されてしまえば、それは音にも反映できる。頭重心とバックビートの2種類の切り替えにも繋がる。
だからこそ、ゴスペルステップは重要なのだろうと。
その人の中に、表と裏の2種類を明確に形成させるために
(もしくは形成されたことの確認のために)
一旦まとめると
バックビート界隈の人たちは、みんなタイミングだとかアクセントだとか、メトロノームだとかソフト使って色々取り組んでますが、残念ながら全く意味がないということです。
いくらやってもそこには意図的な「表」が反映されてしまうから。
激辛おじさんは、"無理無理どうせ出来ないよ"っていう口調で居るじゃないですか。でも、その反面、"めちゃくちゃ単純な話でもある"みたいなふうにも言ってるんです。
これは一見矛盾するように見えて、全く矛盾しないんです。
前提が間違っていたら、いくらやってもゴールには辿り着かないよ。っていう
このバックビートの話っていうのは、「表」と『裏』の感覚を使い分ける。まじでたったそれだけの話だと、私は思っています。
【 Topic186:失敗版と成功版のゴスペルステップ(感覚的実践) 】
成功例としてのバックビートにばかり目を向けがちだと思うのですが、失敗例を真似することも重要だと思います
それは界隈の失敗例という意味ではなく、激辛おじさんが言っている失敗例です。
前回は、前側に倒れそうになる方のゴスペルステップ(1:45)について書いたので、今回はシンプルにただジャンプする方のゴスペルジャンプ?(1:15)について細かく書こうと思います。
片足でも両足でも、とりあえずぴょんぴょんしながらクラップしてみて、今のこの "ぴょん" は表の感覚としての「ぴょん」になっているのか/裏の感覚としての『ぴょん』なのか、今のこのクラップは裏打ちになっているのか/表の質感として使えているのか、
それをちゃんと自分自身で感じながらやるのがめちゃくちゃ大事だと思います。
比較対象をちゃんと持って、失敗例と成功例を切り替えることができれば、それはそのままドラムの頭重心とバックビートの切り替えに直で繋がる
その人にドラムの経験があろうがなかろうが、失敗例としての四股踏みゴスペルステップ/成功例としての正真正銘ゴスペルステップの違いさえわかってしまえば、頭重心のスネアとキック/バックビートのスネアとキックの切り替えに成功したのと同じだから
ぶ〜んちゃぶ〜んちゃ
ど〜んたんど〜んたんの失敗例(1:35)と
ぶっ!ぱ〜ぶっ!ぱ〜の成功例(1:30)
失敗例と成功例の違いは、最も感覚的な部分なので正直私には説明なんてできませんが、飛び上がるジャンプと同時のクラップなのか/着地直後のクラップなのかみたいな感じです。私の中では
言葉で説明できないところを無理やり説明しようとするとこうなります。
ケンッケンッドスン。ハイ!ケンッケンッドスン。ハイ!ドスン。パン!ドスン。パン!ってやっちゃったらそれはお相撲さんの四股踏みで、裏打ち手拍子になっちゃうじゃないですか。
要は、ドスン。ぴょん!ドスン。ぴょん!ってジャンプするタイミングに合わせた裏打ち手拍子ってめちゃくちゃやりやすくないですかね。それが私の思う失敗例の方で、
成功版の方は
ケンッケンッドスン。ぴょん!ケンッケンッドスン。ぴょん!ぴょん!ぴょん!ぴょん!ぴょん!パン。ぴょん!パン。ぴょん!パン。ってやると、
さっきは飛び上がる瞬間の手拍子だったのに、今度は着地の直後の手拍子になりませんかね。『ぴょん!』のところで足は着地してるけど、さっきまでの「ドスン。」っていう強拍の感覚とは違くないですか。
ドスン。ぱん!は「強拍。」『裏打ち!』で
ぴょん!ぱん。は『弱拍!』「表打ち。」
こういう構造になるはずなんですが
ゴスペルステップが出来たかどうかの判定基準はおそらく、今までは"飛び上がる瞬間のクラップ感覚"だったのに、"着地した直後のクラップ感覚"に自分の中で何か変化すれば成功だと思います
まるで裏打ち手拍子がフィットしていたところに、手ではなく足がフィットしているみたいな感覚。
私が何を持ってして "ゴスペルステップ出来た" と言っているかというと、そこに明確に2つの感覚があるからです。"失敗版の裏打ち手拍子"と、"成功版の表打ち手拍子"の感覚、その2つを体感できればひとまずゴールだと思います。
超絶意味のわからないNOTEになってしまっていますが、私は正常です。
(どっちも、仮に自撮りしたら、見た目的にはまったく同じ動きに見えるのに、感覚がなぜか異なるという点が最重要ポイントだと思うんです。
だから、1,2,3,4というカウントに対する手拍子(スネア)の位置が重要なのではなく、そもそも裏打ちと表打ちは感覚が違うよねっていうことを知れる。
それが、激辛おじさんのゴスペルジャンプの凄いところだと思います。)
実体験
もちろん私はステップだけをやっていたわけではありません
楽器の練習したり、スタジオのミキサーで低音高音ブーストして爆音で音楽鑑賞したり、家でのんびりスロー再生してみたり、そういう音楽的要素と並行して、ステップという身体動作もやっていました。時系列関係なく、全部同時期に
何かひとつだけが重要なのではなく、全部が絡み合って、表と裏の感覚が明確化したんだと思います。
私が思うのは、聴覚的感覚と身体的感覚は多分つながっているっていうことです。
ゴスペルステップが自然に出来る人は、めちゃくちゃテンポが速いゴスペルの曲とかでも2,4拍目のクラップが自然と下に聞こえると思います
だから逆に言うと、ゴスペルのクラップが聴覚的に下に、(つまりポケットに吸い込まれるような感じで鳴っているというふうに)感じる人は、身体的なゴスペルのステップも、自然に出来るのではないでしょうか
さらに逆に言うと、ゴスペルのクラップが聴覚的に上に跳ねているように聞こえている人は、おそらくゴスペルのステップも出来ないのではないかと思います。
ゴスペルの重要性は、今自分がどういう状態なのかを知る、ひとつのバロメーターとして機能するという点だと思います。
(ちなみに前回私がふざけて書いた狩野英孝の横跳びを、上の動画 0:37 で同じことやってる外国人が居てちょっと面白かったです。)
蛇足1:Syncopation
だから意味のわからないように思えるsyncopationの動画も、感覚がわかれば、どういう構造を指した言葉なのか頭でも理解できるようになるのではないか。
頭重心「ドスンドスン・表・振り」が主体
リズムの上に乗っかるような状態
そこから
バックビート『ぴょんぴょん・裏・返し』が主体に切り替わって
リズムの中に入る、という今までとは違う現象が起こる
「四つ打ち」は「ドスンドスン」が主体の表踏み
『フォーオンザフロア』は『ぴょんぴょん』が主体の裏蹴り
だから「表」と『裏』の質感が自分の中で明確化してしまえば、色んな動画の意味が全部芋づる式にわかるんじゃないでしょうか。ああ、そうか。って
〈ドックン〉というHeartbeat
〈「強拍」『弱拍』〉の2 beats to one
〈「表踏み」『裏打ち』〉と
〈「表打ち」『裏蹴り』〉の切替(syncopation)
その基本が、ゴスペルジャンプ及びその派生系であるゴスペルステップに集約されていると。
私はそう思います。
蛇足2:激辛用語辞典
激辛おじさんの言う「振り」とか『返し』って言葉が意味わかんないって言う人多いと思うんですが、別にそれも変なことは言ってないと思うんです。
激辛おじさんは、「表」のことを押しとか、指圧のツボっていうふうにも言ってて、だから押し込む感じですよね。振りっていうのは=押し込む感じ。
で、『裏』のことを返しって言ってるのは、ゴスペルステップがまさにそうですが、押し込むんじゃなくて押し返すって感じですよね。文字通り押し返し
だからこそ、in the grooveっていう表現があるんだと思うんです。
激辛おじさんは、グルーヴの上に乗っかるんじゃなくて、中に入る、on the grooveじゃなくてin the grooveって言ってるじゃないですか
グルーヴの中に入って、中から、何かこう壁を押し返すような感じというか。そういう中に入ってる感覚があるから、"返し"っていう言葉が自然と口から出るんだと思うんです
だからゴスペルステップで押し返す感覚がわかれば、それはもうグルーヴの中に入れた状態とも言えるというか。
グルーヴの上とか中って表現が変に感じる人は、別に、強拍にドスンと乗っかっちゃうのか、弱拍にすっと潜り込むのかみたいな感じでもいいんじゃないでしょうか。
バックビートの洋楽ならではの『ブン!』っていう重低音のベースの質感とかキックドラムの質感は、『返し』という感覚で演奏しているから、自然とそういう音色になると。
蛇足3:Snowboarding
私は特に思ったままのことを書いているだけなので、この際ついでに書くと
スノーボードに、テールプレスっていう技がありますが。これも、やってる人は無自覚に、2種類の感覚を使ってる気がします。
プレスする前のポップ・体重移動含めた前足の一瞬の挙動が裏で、プレスする時の、ドスンっていう後ろ足の感覚が表
ウィンタースポーツと音楽が好きな人は、冗談抜きでボードに乗ってベース弾けば良いんじゃないでしょうか。
トンデモオカルト理論ですが、私は、ボード履いてるイメージでEmotionsのBest of My Love弾くと弾きやすいです。特に1,3拍目にだけベース音が来てる曲なんかは最適な気がします
プレスするところがスネアの2,4ポケットで、プレスする前のちょっと跳ね上げるところがキックドラムの1,3バウンスです。
前足で一瞬 "ふっ" と押し返すような質感が、Erykah Baduの4:55のbelie "ve" ていう質感と似ているなと私は思います。
一概には言えませんが、必死に取り組むよりも、楽しむのが良いのだろうと。そう思います
Enjoy the moment
って私の好きな人が言ってました
蛇足4:The Girl With The Dragon Tattoo
冒頭で演技の話をしたので付随してただ書きたいことを書きます。
この映画のルーニーマーラさんはもちろん最高なんですが、ダニエルクレイグさんの演技がハンパないんです。
メガネをずらして、目ヤニを取る仕草をするシーンが出てくるのですが、ヤバくないですか。
目ヤニなんて付いてるわけないじゃないですか。
映画の世界の登場人物は、そこで生きてるわけだからたしかに目ヤニが付いてるかもしれない。でも、フィクションで演技してるダニエルクレイグさん自身は、別に目ヤニなんて付いてない。
この登場人物はおそらくこの辺で自然と目を掻くであろうという意図的な演技がそこにあるわけじゃないですか。そのリアリティに私はグッときました。
そんな細かい部分が気になってしまう私だから、激辛おじさんの細かな挙動まで見て、不審に思ったんだと思います。
どうしてこの人は、ギターやベースを弾く際、時々何かにぶつかるような挙動になるのだろう?って。私はかなり気になりました
そして、それこそが、私にとってバックビートの『核』でした。
そしてそれは、ゴスペルステップの感覚とも繋がっている。
というお話でした
まとめ
今まで私は、日本人は間違った教育を受けたから、その感覚が無いと決めつけていました。
たぶん、普通にあります
自分探しに似てる気がします。
外側に探してもないじゃないですか、だからと言って内側にもない。なぜなら探すという行為自体が間違いだから
もう在る。と、無自覚の中にあるから気づかないだけで
探すとか方法論を見つけるとか生み出すとか、バックビート界隈の人のやりがちな行為、頭を使った独自解釈、それは無理やり生み出す行為じゃないですか
激辛おじさんが、何を「表・振り」と呼んでいるのか、何を『裏・返し』と呼んでいるのか、ある程度想像を働かせる必要はあるにせよ、重要なのはおそらく、無理やり生み出すことではない。
あるものに気づけるかどうかなのではないか。ただそこに在るものを使う
それはケンケンパにもあるし、スケートやスノーボードにもある。それは私がそれに対して身近さを感じるからであって、ある人にとっては格闘技のこれも表の感覚っぽくね?とか、ある人にとってはダンスのこの感覚って裏っぽくね?とか
(最新動画で激辛おじさんは『縄跳びしてる感覚』って、また新しい共通点一個上げてましたね。)
バックビート界隈のみんなであれもそうじゃね?みたいにどんどん共通点上げてけばいいんじゃないでしょうか。違ったらちげえよ。って言えばいいだけだし
普段意識してないだけで、ああ、もしかしてこれとこれか?2種類って、って。人によって気づけるポイントが違うと思うので
この感覚を強拍に持ってきて、こっちの感覚を弱拍にフィットさせればいいのか?的なロジックで、とにかく2種類がわかってしまえば、あとはラリーグラハム論があるのでどうにでもなる。
みんなグルーヴを、大雑把に感覚的に捉えすぎているのではないでしょうか。
音楽はもちろん感覚的なモノだとは思いますが、大雑把ではなく明確に表と裏の2種類が使われているはずなので、アクセントとかタイミングとかそういうベクトル以外の"具体さ"をそろそろ取り入れても良いのではないか、と私は思います。
近い将来ほんとに激辛おじさんのレッスンに行って、全部合ってるか確認してこようと思います。
私は天邪鬼なので、全部間違ってるよバカって言われたい
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(チップは全てレッスン代として使います。レッスンで得たことを記事にして還元したい)