徒然日誌(2023. 8-9)
いろんなことがあって、これらのことを忘れないために、頭の整理をすることにします。
8月某日
透析中の親父が痛みを訴え、救急病院に入院。
慌てて帰省するも、コロナ感染拡大の影響で面会できず。
看護師に様子を尋ねると、痛みは治ったようで、落ち着いているとのこと。
食事も摂れているし、特に介助も必要なく、過ごしているらしい。
携帯電話に電話できると言うので、病室の窓から手を振ってもらい、無事を確認。
退院日はわからないということなので、一旦滋賀に帰ることにした。
ところが、
私の帰宅翌日の朝に、退院なので迎えの準備をしてほしいと病院から電話。、、、なんとか、地元の家族に対応してもらう。
やれやれ。
9月某日①
以前から準備してきたシンガポール出張が、目前に迫る。
このまま行って良いものかどうか大いに迷うが、
「なんとなくまだ大丈夫」という根拠のない思い(希望的観測)のもとに、出張を決行する。
私もシニア世代になったので、1990年代からの長い付き合いの現地の同僚と会えるのはこれが最後だと考えて、ご無沙汰とお別れの両方の挨拶をしてくるという腹づもり。
シンガポールでは、東南アジア特有の室内外の温度差で体調を崩し、滞在中は持病の頭痛が再発してしまう。「バチが当たったかなぁ」という思いが頭をよぎるが、渾身の集中力でミッションをコンプリートして、帰る段階になると嘘のように回復。
「お前はそんなところで一体何をしているのだ!」という神様仏様からのお叱りだったと思う。
やれやれ。
9月某日②
娘夫婦が、8月に誕生日を迎えていた義父と、今月誕生日を迎える私の合同誕生会を開いてくれた。
シンガポールから帰国後すぐだったけれども、1時間程度の時差なので、体調の回復も早い。
私たちのお気に入りの焼き肉専門店で、美味しいお肉をいただいた。
間の悪いことに、その日に限って、奥歯の部分入れ歯を装着し忘れ。
隣に座って「鍋奉行(?)」をしている娘にそっと事情を話して、
柔らかそうな肉だけを回してもらう。何やってるんだろう。
やれやれ。
9月某日③
父の様子が変だと、母からヘルプ依頼。
すぐに職場に休暇申請して帰省。
父は、1日の大半は寝て過ごしている状況。
先月に出会ったときは、普通に歩き回っていたけれども、
このときは既に、歩行補助機がないと移動できなくなっていた。
ベッドに腰掛けても、足を上げられない。
昼間でも深夜でも、トイレの度に付き添う。
寝起きはかなりぼうっとしているが、しばらくすると意識はハッキリしてくる。
受け答えもできる。
しかし、、、
居るはずのない人が居たとか、ありえないシチュエーションで誰かと会話したとか、、、を、落ち着いて淡々と話し出す。うーん。
9月某日④
ケースワーカーから連絡があり、24時間介護の病院への入院の日程が決まった。
自宅にずっと居たがっていた父に入院することをどのように伝えようかと迷いがあったが、娘から「きちんと伝えるべきだ」という正論に諭されて意を決し、改まって、噛み砕いて本人に説明した。
父は、「、、、そうか、その段階か。」とショックを隠しきれない様子だったが、最終的には納得してくれたようだった。
9月某日⑤
私の誕生日の朝、父はいよいよ24時間介護の病院に入院することになった。
家を出る時に、玄関前で母とツーショットの記念撮影したら、引き攣り笑いだった。
パート勤務で、どうしても来れそうにないと言っていた妹が、「どうしても気になって仕事に手がつかない」と、急遽休みをとって病院に駆けつけてくれた。
病室での面会で、久しぶりに家族全員が勢揃い。
名残は惜しいが、許可された面会時間は10分間。
気付いたら既に経過してしまっていたが、咎められることはなかった。
(、、、続く、、、たぶん)
ここまで読んで良いただき、有り難うございました。
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