中国地方におけるモトツーリズムの推進
中国地方は、海・山・文化・産業遺産がコンパクトに詰まった、日本でも稀有なツーリング適地である。瀬戸内海の多島美、山陰の雄大な海岸線、中国山地の縦断ルート、古社寺や城下町の歴史文化など、地域ごとに異なる世界観が存在し、その多様性を「走る」という行為によってダイレクトに体感できる。こうした地理的・文化的特性は、モトツーリズム(Motorcycle Tourism)の発展に極めて相性がよい。
本稿では、中国地方が持つモトツーリズムの潜在力を整理しつつ、今後の推進に向けた方向性を論じたい。
1.多島美と山岳景観が織り成す“走る体験の多層性”
まず注目すべきは、瀬戸内海と中国山地がもたらす「走行体験の多層性」である。岡山・広島・山口では、瀬戸内海の穏やかな海と多島美を眺めながら走るシーサイドルートが魅力であり、特に牛窓、鞆の浦、呉・江田島、周防大島などのルートは独自の風景体験を提供する。一方、鳥取・島根では日本海の荒波と山陰特有の地形が生む雄大な景観が広がり、海岸線と山岳のアップダウンを楽しむダイナミックな走りが可能である。
中国山地はこれらをつなぐ背骨のような存在であり、岡山—広島—島根—鳥取を縦断するロングルートは、標高変化、森の匂い、川沿いの静けさなど、ライダーの五感を刺激する最高の“走る没入空間”を提供する。このように、中国地方は短い距離で「海」「山」「集落」「文化」が移り変わる、日本屈指の走行体験地域と言える。
2.歴史文化資源との相性が高いツーリング地域
中国地方が持つもう一つの強みは、歴史文化資源の豊富さである。出雲大社、広島平和記念碑、津山城、萩の城下町、倉敷美観地区など、世界的にも注目される文化スポットが各県に点在する。これらの資源は「点の観光」になりがちだが、モトツーリズムの視点から見ると、これらを“線でつなぐ”ことで新しい価値が生まれる。
たとえば、「古代神話と山陰海岸を巡るルート」「瀬戸内の城下町・港町を走る文化回廊」「山陽道と銀山街道をつなぐ歴史ツーリング」など、ストーリー型の走行体験が可能になる。このような歴史文化とツーリングの融合は、国内ライダーはもちろん、欧米・台湾などのインバウンドライダーにとって強い魅力となる。
3.中国地方に必要な“広域連携”という視点
中国地方の最大の課題は、各県が魅力を持ちながらも、広域的に結びついたルート整備やブランド発信が十分ではないことである。モトツーリズムは「移動そのもの」を価値とするため、行政境界に縛られない地域横断の視点が不可欠である。
広島・岡山の瀬戸内ルートと、鳥取・島根の山陰ルートを、中国山地の縦断ルートで接続すれば、「海・山・歴史」を一度に体験できる世界でも稀なツーリング圏が形成できる。さらに山口県を含めた「中国地方一周ルート」をブランド化すれば、北海道に次ぐ「日本第二のツーリング大地」として世界に発信するポテンシャルがある。
こうした広域連携は、観光庁の広域周遊観光促進をはじめ、DMO連携や地方創生交付金とも整合性が高く、中国地方が一体として取り組むべき重要テーマである。
4.受け入れ環境の整備と地域コミュニティとの共生
モトツーリズム推進に必要なのは、必ずしも大きなインフラ整備ではない。駐輪スペースの確保、休憩設備、荷物置き場、道の駅のライダー対応、多言語案内、安全対策など、小さな改善の積み重ねが最も効果的である。
また、地域住民の理解を得るためのコミュニケーションも欠かせない。「ライダーは地域の迷惑」というイメージをなくし、地域イベントへの参加や清掃ツーリングなどを通じて、ライダーと地域が相互に関わる関係性を築くことが重要だ。モトツーリズムは単なる観光客誘致ではなく、“共生型の地域参加型観光”へと発展させることができる。
中国地方は、海と山の多様性、歴史文化の奥深さ、地域の温かさが融合した、日本でも屈指のモトツーリズム適地である。このポテンシャルを次の時代の地域戦略として活かすためには、広域連携によるルート形成、受け入れ環境の整備、住民理解の醸成、そして地域文化を走りながら体験できるストーリーづくりが重要となる。
“走ること”を通じて地域の魅力を再発見し、訪れる人の心に残る旅を創り出すこと。中国地方がモトツーリズムの推進によって目指すべき未来は、まさにこの点にあるだろう。地域とライダーがともに風景を共有し、新しい観光の価値をつくる時代が、今まさに始まっている。
文責:林恒宏(岡山理科大学経営学部教授)
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