企業の文化変革:無意識の「アタリマエ」を変容させる「小さな実験」
生成AIの登場によって、ビジネス環境が大きく変化してきています。マクロなデータを見なくても、手元で生成AIを使っているだけで「これは大変なことになるぞ」と感じるでしょう。
どこの企業も、生成AIによる既存事業へのインパクトを議論しています。その結論は大体どこも同じで「やばい」という着地一色です。要するに、大きな変革が必要ということです。
「事業ポートフォリオを変革する必要がある」「そのためにも文化を変革する必要がある」「でも文化の変革って、具体的にどうすれば…」といった声を、本当に多く聞くようになりました。

今回は、いま僕たちが直面している社会の大きな変化を「ビジネスモデルの短命化」という切り口で考えます。その上で、この変化をチャンスにするために求められる具体的なアクションを提案します。
やや経営よりの記事ではありますが、いま多くの企業で起こっている変革の背景について理解したい人事担当者や現場マネージャーにも参考になるところがあると思います。
■ ビジネスモデルの短命化
生成AIの普及よりずっと前から、ビジネスモデルの短命化は続いてきました。これを裏付ける有名なレポート「Corporate Longevity Forecast(企業寿命予測)」によれば、状況は以下のようになっています。
・1970年代:平均30〜35年
・2020年代:15〜20年へ短縮(予測含む)
正確には、このレポートが示しているのは「S&P500企業が指数に残り続ける平均年数」です。レポートのタイトルにある「寿命(Longevity)」は、少し大袈裟な表現です。
企業がS&P500指標から外れる理由は、業績悪化、M&Aによる消滅、規模縮小によるランキング落ちなどです。つまり、このレポートが示しているのは競争優位を保てる期間であり、ビジネスモデルの寿命です。
どこの企業も、これを認識しているからこそ「次々と新しいビジネスモデルを生み出す必要性」に迫られ、焦っているわけです。そしておそらく、ビジネスモデルの寿命は、生成AIの実用化によってさらに短くなるでしょう。
ビジネスモデルの短命化について、その背景を考察した論文があります。
Viguerie, Patrick, and Caroline Thompson. “The Faster They Fall.” Harvard Business Review, March 2005. Reprint No. F0503H.
この論文の中核は、業界首位の地位は、昔よりずっと不安定になっているという主張です。1972年以降、業界リーダーが5年以内に首位の座を失う確率は2倍になったとされます。
その背景として、グローバル化、技術変化、規制緩和が、新規競合・模倣品・生産性向上を一気に押し広げ、既存首位企業への圧力を高めていることが指摘されています。
この論文の重要な結論は、これからの経営課題は「どう地位を守るか」から「どう変化に適応し続けるか」へ移る、というものです。
■ だから?(so what)
ビジネスモデルの賞味期限が短くなっています。そんな環境における経営の舵取りについて、マッキンゼーが考察しています。
Dobbs, Richard, Sven Smit, and Patrick Viguerie. “The Granularity of Growth.” McKinsey Quarterly, June 2008.
このマッキンゼーによる考察のポイントは、以下です。
1. 成長の大部分は「市場選択」で決まる
企業の成長率のかなりの部分は、どの業界にいるか、どの地域にいるか、どの顧客セグメントにいるかによって説明できるそうです。つまり「優秀な経営」よりも「どこにいるか」の影響が大きいと主張されています。
2. 平均成長率はほぼ無意味
従来の戦略論では「この業界は年3%成長」のような平均値が議論されることが多くありました。
しかし実際には、同一業界内でも成長率は大きく分散していることが示されています。つまり、業界単位の平均値は意思決定に役立たないということです。
3. 成長は「粒(granularity)」の積み上げ
著者たちは市場を細かく分解し、高成長セグメント、低成長セグメントの「粒」の集合として捉えるべきだと主張しています。そして、高成長の粒にどれだけ資源を張れているかで勝敗が決まるというのです。
4. ポートフォリオ再配置が成長の本質
したがって経営の本質は、既存事業を磨くのは当然としても、とにかく成長するセグメントへ資源を再配置することになるのです。
今後、企業の成長や生存は「どの市場にいるか」「どのセグメントに張るか」「どのようにポートフォリオを組み替えるか」に大きく左右されるのです。
■ 企業文化の変革が必要になっている
上手く成長するセグメントでビジネスを構築できたとしても、賞味期限が短いのです。ですから、こうしたポートフォリオの組み替えは、高速に、かつ頻繁に行わなければなりません。
世界には、創業100年を超える企業が8万〜10万社存在すると言われます。そのうち40%〜50%が日本に集中しているそうです。当然、世界最多です。
そうした日本企業の特徴は古くから注目を集め、研究されてきました。その特徴として多くの研究で共通しているのは終身雇用(長期関係)、年功序列(短期成果より関係維持)、高い帰属意識です。
O’Hara, Patrick A. (2004). “The Japanese Business System: Corporate Governance and Long-Term Employment.” Journal of Economic Issues, 38(2)
こうした研究の多くが、日本企業には利益よりも存続を優先する文化があり、組織というよりも共同体としての側面が強いと結論づけています。「従業員を家族のように扱う」というやつです。
しかし、です。
事業ポートフォリオの組み替えを高速に、かつ頻繁に行わないと生き残れない時代になっています。存続を優先させる文化が根強いからこそ、日本企業はむしろ、どこの国の企業よりもこの変革に真剣になっているように感じます。
事業ポートフォリオを組み替えるということは、具体的には、新事業の立ち上げ(または買収)、新商品の開発、撤退と縮小(または売却)、社外とのアライアンス(または合弁)といったことです。
人事という側面からこれらを考えると、以下のようなことが起こっていると容易に予想できるでしょう。
・経営人材の入れ替え
・市場単位での組織設計(P/L責任の明確化)
・組織への権限移譲と本社集権からの脱却
・ジョブ型評価制度への変更
・頻繁な人材・予算・時間の再配置
・頻繁な社内人材の内部移動
・中途人材の積極採用・登用
・正社員ではない外部人材の頻繁な活用
・社内人材のリスキリング
これらは、競争優位の源泉となってきた日本独特の企業文化とは、ほとんど真逆の実務です。なので、どこの企業でも企業文化の変革が非常に熱いトピックとなっているのでしょう。
もちろん、日本企業の強みであった「長期視点」や「信頼関係」を排除してしまってはなりません。こうした新しい事業ポートフォリオの中で、そうした「変わってはならないこと」をどう再解釈するか、議論が必要です。
■ 企業文化とは何か?
企業文化に関する領域で、おそらくは、最も多く引用されている古典的な文献があります。
Schein, Edgar H. (1985 / 1992). “Organizational Culture and Leadership.” Jossey-Bass.
この文献でなされた定義が、経営学・組織論・人事領域で標準となっているといってよいでしょう。定義は次のようなものです。
組織文化とは、ある集団が外部適応と内部統合の問題を解決する過程で学習した、共有された基本的前提のパターンであり、新しいメンバーに対して正しい知覚・思考・感情の方法として教えられるものである。
砕いて言えば、企業文化とは「その会社で“アタリマエ”とされている考え方・感じ方・行動の土台」です。そして企業文化は3層構造をしています。
1. アーティファクト(表層)
・目に見えるもの
例:服装、オフィス、制度、スローガン
2. 価値観(中間層)
・表向きの理念・戦略
例:顧客第一、挑戦重視
3. 基本的前提(最深層)
・無意識の「アタリマエ」、疑われない前提
例:2月と8月は売れない(ニッパチ)
重要なのは、最深層である基本的前提、すなわち、無意識にまで到達している「アタリマエ」です。ここに変更や修正を加えることが、企業文化の変革です。
■ 意識改革ではなく、無意識改革が必要
企業文化は、創業者や成功・失敗体験(環境適応の結果)により形成されています。無意識レベルにまで浸透しているので、単純な制度変更では変革できません。
表向きの制度をいくら変更しても、実際に評価される行動が変わらない限り、企業文化はびくともしないのです。
例えば、定時で仕事を終えても不利にならない人事制度を導入しても、実際に昇進・昇格するのは長時間労働をする従業員ばかりであれば、企業文化は変革できていないのです。
ハラスメントに罰則規定を設け、単純な研修をしたところで、ハラスメントがなくならないのも同じ理屈です。要するに、無意識の「アタリマエ」に対する変更や修正を行わない限り、企業文化は変革できたとは言えないのです。
■ 実務への提言
スローガンや制度だけでは、企業文化は変わりません。企業文化は「実際に何を評価し、誰を登用するか」で決まります。
人は「言われたこと」ではなく「実際に評価されること」をやります。パワハラをしても、予算さえ達成すればその地位に居続けることができるのであれば、パワハラは無くなりません。
では、事業ポートフォリオの高速、かつ頻繁な変革が必要ないま、経営者は従業員のどのような行動を評価すべきでしょう。以下、3つの行動を考えてみます。
1. 小さな実験を実際に評価する
行動の前提となっている「アタリマエ」を壊すには、常識として固定してしまっているやり方(実質的なルーティンワーク)の「外側」を見る必要があります。要するに、色々と新しいやり方を試してみることを評価する必要があります。
しかし人間には、先にも述べた現状維持バイアスがあります。また人間は不確実性を嫌います。なので、小さな実験を実際に高く評価しない限り、何も起こりません。
トップが「挑戦しよう!」と叫ぶことも重要です。ただそれは必要条件に過ぎません。現場のマネージャーレベルが、部下の小さな実験を(その結果が失敗だったとしても)高く評価しない限り、挑戦はなされないのです。
そもそも生成AIの登場によって、小さな実験の設計コストは劇的に下がっています。大外れの実験も、生成AIの補助があれば回避できるでしょう。
2. キャリア(will, can, must)を真剣に考えることを実際に評価する
キャリアが、自分の思い通りになることはありません。それでも「いまの仕事がずっと続く」ことはあり得ません。事業ポートフォリオが高速、かつ頻繁に変化する時代なのです。
そして何より、事業ポートフォリオを変革していくのは、一人一人の従業員です。「いまの仕事をどのように変えていくのか」を考えてもらう必要があります。しかし、ただ「キャリアを考えよう!」と言うだけでは無意味です。
そもそも、自分のキャリア(will, can, must)について考えること自体に、大きな意味があります。
Ha, J.-C., & Lee, J.-W. (2022). Promoting Psychological Well-Being at Workplace through Protean Career Attitude: Dual Mediating Effect of Career Satisfaction and Career Commitment. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19(18), 11528.
この論文の内容を図で示すと、次のようになります。

キャリア面談やキャリアシートの設計において、デフォルトで「いまの仕事をどのように変えていくのか」を項目として入れ、形だけでなく真剣に考えることを高く評価すべきでしょう。
3. 物語の共有を実際に評価する
「自分は、こういうキャリア観(will)を持っています」
「だから、いまの仕事をこう変えていきたいのです」
「そのために小さな実験をしました」
「結果はこうなりました」
「次は、こういう実験をしてみたいと思います」
こうした物語が、組織内部で頻繁に語られるような状態が理想です。しかし理想を掲げても、実際にそれが評価されなければ変革は起こりません。
自分の物語を語り、周囲の小さな実験を刺激するような変革リーダーを育成し、そうした人材を昇進・昇格させていくことが、何よりも重要な時代なのです。
■ まとめ
生成AIの実用化によって、ビジネスモデルの寿命は今後さらに短くなるでしょう。そのような環境で企業が存続し続けるためには、事業ポートフォリオの高速で頻繁な変革がどうしても必要です。
事業ポートフォリオの変更にともない、日本企業が長年つちかってきた企業文化の多くが通用しなくなっています。そのため、多くの企業がいままさに企業文化の変革を行っています。
しかし企業文化の変革とは、意識改革ではなく無意識の改革です。無意識レベルに入っている「アタリマエ」を壊さない限り、企業文化の変革は起こりません。
人間は「言われたこと」ではなく「実際に評価されること」を実行します。なので無意識の変革には、制度やスローガンだけでなく「実際に評価されること」の設計と実装が必要です。
日本の古き良き時代は、いよいよ、本当に終わろうとしています。変革は苦しいものではありますが、変わってはいけないことは大切にしながら、新しい良い時代を一緒に作っていきましょう。
いいなと思ったら応援しよう!
頂戴したチップは、原則として、何らかの無償ボランティア活動のための資金(例えば交通費)として利用させていただきます。よろしくお願いします。