正しさは、誰のものだろう──空海の教えとともに #54
はじめに
人生のすべての出来事は、自分の心が映し出した世界。
こんにちは。
心の紐をやさしくほどくお手伝いをしている
ゆきよちゃんです🌿
今日は、空海の言葉から
「正しさ」と「見え方」について
静かに見つめてみたいと思います。
🌿 空海の言葉
各々我は是なりと謂い、並びに彼は非なりと言う。
🌱 正しさは、ひとつなのか
わたしたちはつい、
自分が正しい。
あの人は間違っている。
そんなふうに、
世界を分けてしまうことがあります。
でも、
その「正しさ」を握りしめているとき、
どこかで苦しさが生まれていることもあります。
空海の言葉に触れていると、
人はそれぞれの立場から、
それぞれの「正しさ」を見ているだけ。
そんなふうにも感じられます。
🌿 見えている世界の違い
同じ出来事でも、
ある人には「成功」に見えて、
ある人には「失敗」に見える。
ある人には「正解」で、
ある人には「間違い」。
でもそれは、
出来事そのものが変わっているのではなく、
見ている場所が違うだけなのかもしれません。
🌱 失敗という出来事
最近、
りくりゅうペアの姿を見ていて、
ふと思いました。
思い通りにいかなかったこと。
うまくいかなかった瞬間。
それを「失敗」と呼ぶこともできるけれど、
その積み重ねがあったからこそ、
今の演技や在り方がある。
そう考えると、
失敗という出来事そのものが、
すでに大切な一部だったのかもしれません。
🌿 正しさを手放すとき
「どちらが正しいか」ではなく、
「それは何を見せてくれているのか」
そんなふうに見つめてみると、
世界は少しだけ、
やわらかく見えてきます。
🌱 すべては流れの中にある
出来事には、
良いも悪いもなくて、
ただ起きているだけ。
その中で、
それぞれが感じ、
それぞれが意味を見つけていく。
🌸 おわりに
正しさを握りしめていると、
世界は分かれて見えてしまうけれど、
それを少しゆるめたとき、
すべてが、
ひとつの流れの中にあることに
気づくのかもしれません。
正しいか、間違っているかではなく、
ただ、
そのままを見つめていくこと。
その中に、
ほんとうの安心があるのかもしれません。
そしてそれは、
誰かの正しさではなく、
自分の内側に静かにある感覚なのだと思います。
今日もまた、
イマココで 🌿
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