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イロハの「イ」から始めましょう⑥👩🏼‍💼🧑🏻‍🏫「特別扱い」をどう利用していくか?

 私たちの年代は、「初任者研修」を経験していません。この制度は平成元年度に施行されました。昭和の時代は、放ったらかしの時代であり勝手気ままな時代だったと思います。今のようなマンツーマン指導は当時の自分には不可欠でしたが、その機会はありませんでした。

 在職中、初任者研修担当職員として、合計4人の初任者と出会いました。年齢は、30歳が2人で36歳が2人。新卒者とは程遠い苦労人という感じでした。いわゆるビギナーではなく講師として勤務した学校が12校という人もいて、世話役としては研修の必要性があるのかどうか、疑問を感じるばかりでした。

 現在、学校現場は人手不足に喘いでいる状態です。かつては、何度チャレンジしても合格できない狭き門でした。私も他県で採用されてから、「教諭枠」で地元採用されるまで、5年を要しました。地元での採用枠がゼロだったからです。結局、教員を諦めた人も多く見ました。

 私が就職した頃は、「初任者」という呼称は存在せず、年に数回だけの、「新採用研修」が実施されていました。校内での研修は全くなくて、いきなり現場に放り込まれた感じでした。仕事のノウハウは教えてもらうものではなく、自力で探し出すもの、盗むものという捉え方が普通でした。自分のことは自分でするという考え方が常識でした。ちょうど、「職人」の気質に似ていました。

 これが、忘れられているのではないかと思うことも、多々ありました。いわゆる型にはめ込まれた価値観や教育観が、どうも気になるのでした。ポジティブな言い方をすれば、教員としての基礎基本が身についている状態なのですが「あそび」が不足している感じがするのです。

 この場合の、「あそび」とは、クルマの構造に似ています。ハンドルを回す分だけ曲がり、踏んだ瞬間に止まるようなブレーキのクルマを想像してみてください。つまり、「余裕」とは真逆の状態なのです。また、一個の人間としての、個性的な「面白み」にも欠けているように感じるのです。

 さて、これ以降の記述はかなりショッキングであり、腫れ物扱いをされている方々には刺激が強すぎる内容だと思います。18禁ならぬビギナー禁扱いにさせていただくために、以後有料化させていただきます。成長したいと願う人は、勇気を出して読んでみてください。

 ここで、私の昔話を一席。何が何だかわからないまま、3年目を迎えた時のエピソードを、恥ずかしながらご披露します。学級担任にもさせてもらい、国語の研究授業もすることになりました。学習指導要領なる書物すら持っておらず、読んだこともなし。研究授業に用意したのは、穴埋めプリント1枚だけでした。

 指導主事という職名の人物が、私の授業後の協議会にて「別のお仕事の方が向いていらっしゃるのでは?」と言われました。同席した人の多くが、首を縦に振っていました。それまで同じような協議会で、酷い言葉を浴びている先輩たちを見ていたので、私に最も適した言い方だと、ただただ納得していました。

 この県の指導主事は、おべんちゃらなど一言も言いませんでした。ビシバシ言われた側は、逆にスッキリした気分になる程、徹底していました。逆に、敢えて嫌われ者的役割にさせれている立場に同情したぐらいでした。もちろん、落ち込むことさえ、ありませんでした。

 また、同僚であっても厳しい指摘をするのが普通の世界でした。これぞ切磋琢磨しようとする気概だと、共通理解していました。半人前時代、学校教育に対する責任感の重さについて学ぶことができたのは、財産だと思っています。これで落ち込むのが嫌な人など辞めてしまえと言われたことも、言ったこともありました。

 地元に戻って来た時、前の県で仕込まれてきたことを披露するたびに、珍しがられました。ベテランの皆さんは、真っ向から否定する人もいました。しかし、既に流行り終えていたジレンマ資料による道徳やエンカウンターなどは、驚きをもって迎え入れられました。同じUターン組の人は、「遅れている」と嘆きました。

 数多くの研究授業をしましたが、美辞麗句連発の褒め殺しの刑に感覚麻痺していく自分を感じました。否定的な意見に反論すべく始めた猛勉強も数年でやめ、それ以降は貯金を切り崩して勤務してきました。そして、転職しました。

 10年ぶりに、研究授業後の協議会に出ました。驚いたのは、「変容」という言葉を恥ずかしげもなく使う授業者の自信満々の顔でした。この言葉は、「変身」に極めて近い、確たる証拠がない限り口にできない大それた用語です。その後の指導助言は、そこまで言えるのかというお世辞まみれの褒めちぎりの山盛りでした。

 何の客観的根拠もない主観的な思いが普通に通用して、それに無条件の賞賛を浴びせる様子は、アブノーマルとしか思えませんでした。しかし、そうした風潮を変だと言う人は、地元にはいません。「平均点」だけで学力トップクラスを公言するぐらいですから、笑われて当然なのです。無知とは、実に恐ろしいものです。

 若いあなたは、小中学生時代から褒めちぎられて育ってきて、今は腫れ物扱いですから、理解するのは不可能だと思います。しかし、学校教育を行う責任を感じているとしたら、そのままの感覚では、腐敗・乾燥して終わりです。

 どうしたらいいでしょうか?私に言えることは、「褒め殺しはやめて、批評力をつけよう」だけです。人のすることや人の考えに、因縁をつけることではありません。根拠に則した自分の意見を言えることです。これこそ、私が授業を通して一番伸ばしたかった能力です。

 悪口ばかり言うために本稿を書き綴っているわけではありません。私なりのポジティブ思考にて、いくつかのアドバイスを差し上げます。

1 初任者研修を再利用しよう!

 次に載せておいたPDFファイルは、12年ほど間に私が作製した計画書の3枚目です。最初の計画書は、「平成2*年度」とありましたので、私にとっては、一番新しい書類です。

 一番下に、1年間の校内研修の時数が示されています。何と年間150コマを超えているのです。その他、月に2回は、教育センターで1日研修がありました。確か宿泊研修もあったはずです。一発合格の新卒者だと、現在35、6歳になっているでしょう。

 これだけの時間を費やして、受けっぱなしはないでしょう。既に全員にPCが割当てられているはずなので、資料はデータとして残っているはずです。復習する価値大ありです。

 膨大な内容になっているはずですから、復習方法は、自分に合わせた縮小版にまとめるべきです。こういう時に、コピペではなく手書きノートを作るのがコツ。ノートは、小さくて高価な手帳で、ハードカバーがいいですね。

イタリアのモレスキン社製

 私は、授業アイディアメモとして最も小さなスケッチ用を使っていました。刑事コロンボやジョーンズ博士のように、ゴム紐で留められるのが、カッコいいのです。以上、趣味の押し売りでした。でも、効果抜群でしたよ!

2 基礎から応用に発展させること

 指導教員として依頼された方は、退職校長で学校経営のプロ。すなわち、こんな部下になってもらいたいというスタンスで、懇切丁寧に教えてくれたはずです。優秀な方々ですが、それぞれの得意技にも秀でているはずです。

 できれば、盗み取れる技を見つけて欲しいのです。まるで板前修行中の人が、親方の包丁さばきをこっそり眺めて、目だけを頼りにして自分のものにしていくように。指導された内容を手帳一冊に集約するのです。

 その手書きプロセスが、ナイス・アイディアを生むと信じましょう。私は、指導者がいなかってので、「我流」に外れてしまいましたが、あなたは大丈夫です。頭脳は、若いうちに酷使すべきです。そして、既に身に付いている基礎を「応用」に変換していくのです。

 学ぶべき相手は、目の前にいる生徒たちだと焦点を合わせてください。真に評価してくれるのも、生徒たちです。感謝の気持ちで臨みましょう。私など、「黄」の字の真ん中を、「田」ではなく「由」と生徒に教わりました。これでも国語教師です。素直に「ありがとう」と言いました。

 ここまで低レベルだと呆れるばかりでしょうが、あなたは違うはずです。基礎工事は終了しています。どんな魅力ある建物を考えるかが、これからの仕事です。ネタは、あちこちに転がっていますよ。では、教育クリエーターとしての活躍を、心から期待しています!
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