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旋律が彷徨う 第9話 #創作大賞2026

「音楽プロデューサーの如月玲子と申します。今日は、いかなる質問にも真摯に答える覚悟です」

 玲子は深々と頭を下げた。途端にフラッシュの嵐が浴びせ掛けられる。一呼吸を置いて、席に着く。目の前では、多くの記者たちが、神妙な面持ちをしていた。当然だ。台湾に行く直前、玲子は週刊誌に全貌を書いた手記を渡していた。発表されて、既に1週間が過ぎている。
 世間では批判の声もあった。警察に相談もせずに自白させている。民間人が勝手に囮捜査をして良いのか。正当な手段で事件を解明するべきだ。ネットには多くの書き込みが上がった。だが、それを大きく上回る賛同の声があった。出版社に交渉して、美談としての掲載をねじ込んだ結果だった。
 両隣には関係者が勢揃いしていた。輝樹と秀人だけでなく、秀麗の二人の家族=母の美明と姉の恵文もいた。

「それでは、質疑応答に入ります。質問のある方は挙手をお願いします。3列目の右から2番目の方、どうぞ!」

 司会者の声が場内に響いた。

「まず、如月玲子さんに伺います。相良健二容疑者の行動に不審があった、とのことですが、どの時点で、そう感じられたのでしょうか?」

 玲子は記者の言葉を聴きながら、事前に用意した問答集を思い返していた。

「台湾に行く前くらいから、おかしな言動があったからです。最初は薬物使用を疑っていました。オンライン打合せをした時も様子が変で……。後で問い詰めたのですが、はぐらかされました……」

 玲子は淡々と答えた。表情も口調も何度も練習した。不自然に聴こえる部分は何もないはずだ。

「姉の恵文さんに伺います。如月さんから、連絡を受けた時は率直にどう思われましたか?」

 2人目の記者が尋ねた。

 玲子は横目に恵文の様子をうかがった。曇りのない眼差しが見える。きっと、打合せ通りに話してくれる。心の中で願った。

「最初は、とても驚きました。でも、正直に全てを打ち明けて頂いて、とても感謝しています。如月さんの勇気ある行動がなければ、薬物の過剰摂取による事故のままで処理されていたと思います」

 恵文が整然と答えた。流暢な日本語に少なからぬ驚嘆が記者たちの表情に浮かんでいた。

 玲子は心の中で勝ち名乗りを上げていた。恵文に別人=通訳の周丹丹を演じさせて、正解だった。日本語が少しだけ話せる俳優を姉・恵文役にしたからこそ、健二は油断した。

「マネージャーの笹崎輝樹さんに質問します。今後の《センテニアル》はどうなるのでしょうか?」

 3人目の記者の声が響いた。

「当然、ユニットとしては解散になります。弊社は既に相良容疑者との契約を解除していますので。我々としては、遺族の方の気持ちを最優先したいと考えています。今後の秀人の活動に関しては、本人とも話し合った上で決めるつもりです」

 輝樹は声を詰まらせながら、答えていた。実感が篭っている論調だった。
 無理もない。玲子同様、輝樹も健二に騙されていた。ここで失敗すれば、計画は水疱に帰す。細心の注意を払って然るべきだ。

「次の質問に移ります。それでは、後ろから2列目のブルーのスーツの女性の方、お願いします」

 司会者が指名すると、場内に騒めきが起こった。有名な新聞記者だった。政治家に辛辣な質問をして食い下がらない。記者会見では煙たがられる存在だった。

「関東新聞の持田由紀と申します。ボーカルの秀人さんに伺います。相良容疑者とは、学生時代からのお付き合いと聴いております。言わば、盟友な訳ですが……。今の率直なお気持ちを聴かせて下さい……」

 由紀は早口で捲し立てていた。玲子は心の中で笑みを浮かべていた。由紀の辛辣な質問は想定している。逆手に取るために、タイミングを考えて指名していた。

「信じられない気持ちです。罪を償って、早く更生してもらいたい。でも、二度と音楽の仕事はして欲しくないです。健二は、殺人だけでなく音楽を冒涜しました。今後の人生は遺族の救済に全てを注いでもらいたいです……」

 秀人は玲子の指示通りに答えていた。専門家を入れて、熟慮した結果だった。

「今、相良容疑者に会ったら、どんな言葉を懸けますか?」

 由紀が質問を続けた。

「何も考えられません。僕にとっては親友でした。でも、彼の取った行動は、どうしても許せません。これまで支えてくれた多くの方々を最悪な形で裏切ったのです……」

 秀人は淡々と回答していた。感情を排して、呵責の念をアピールする。全員で議論して決めた演出だった。

 由紀と秀人の問答を聴きながら、思いを馳せる──健二は一番大切なことを忘れていた。
 初めて、《愛よ、消えないで》を聴いた時、衝撃を受けた。必ずヒットする。直感が働いた。同時に大きな不審があった。
 健二に、これほどの曲が作れるだろうか。明らかに実力以上の完成度だった。果たして、信じて良いのか。大きな葛藤があった。

 だが、野心が上回った──優れた楽曲を世に送り出したい。

 疑心を抱えたまま、《愛よ、消えないで》は発表された。結果は上々だった。同じ状況が一年続けば、これまでの投資を回収できる。上手くすれば、大きな利益を生み出せる。頭の中で皮算用をしていた。事実、《センテニアル》は稼げる商品になりつつあった。3ヶ月前、健二は新曲を持って来た。全部で3曲あった。そのうち1曲は《愛よ、消えないで》と同等に優れていた。他の2曲は違った。以前と変わらない駄作だった。

 疑心が増幅した。もしかしたら、とんでもない過ちを犯したかもしれない。下手をすれば、築き上げた地位も信用も一瞬にして、消え去ってしまう。

 如何にして、真実を確かめるべきか──。

 最初に思い付いたのは、ゴースト・ライターの存在だ。探偵を雇い、徹底的に健二を調べ上げた。切っ掛けは意外なところにあった。調査報告の中に、小さな不審があった。

 引越しに関する内容だった。当時の健二は金が余っていた訳ではない。住んでいたマンションは防音加工の物件としては、安かった。実際、移転先の家賃は3割り増しだった。《愛よ、消えないで》が売れ始める前なのに、何故、引っ越しを決めたのか。疑念が膨らみ、自ら調査を始めた。

 玲子はマンションに何かがあると踏んだ。そこから、健二の隣人が事故死している事実に辿り着いた。音楽を勉強している台湾人の留学生だった。ネットで調べると、ニュース映像が残っていた。慟哭しながら、不満を訴える母親の姿が印象だった。異物が喉に詰まったような感覚があった。気が付くと、興信所に連絡し、追加の依頼をした。調査内容は遺族の居所だった。幸いにも姉が日本に在住していた。流暢な日本語を話す人物だった。

 初めて恵文に会った時の光景は目に焼き付いている。秀麗の薬物使用を信じていなかった。秀麗の性格を考えたら、あり得ない、と力説していた。日本警察の対応にも怒りを露わにしていた。

 秀麗が亡くなった日を調べると、奇しくも玲子とズームで打合せをしていた。しかも、犯行時刻と重なっていた。スタジオに問い合わせると、健二は確かにセルフレーコンディングの部屋で作業をしていた。だが、リモート打合せをしている姿を見た人物はいなかった。

 疑心が確信に変わった瞬間だった。悩んだ結果、真実を暴いて、罪を償わせる、と決めた。秀麗に対する憐れみがあった訳ではない。健二が憎かった。才能もないくせに、犯罪で伸し上がろうとした。

 許さない。絶対に許さない。警察に突き出すだけでは満足できない。確実に社会的制裁を加え、二度と這い上がれなくしてやる。玲子は決意した。

 大きな疑問が残っていた。リモート会議は、どんな仕掛けを使ったのか。
 玲子は自らズームの仕組みを研究した。結果、バーチャル背景には写真だけでなくビデオ映像も使える事実を知った。分かってみれば、単純なトリックだった。

 同時に重要な事実に気付いた。健二が逮捕されれば、これまでの投資は回収できない。何より、秀人を失いたくなかった。ボーカルとしては非常に優れている。良い楽曲さえあれば、必ずスターに仕立て上げられる。

 奇策が必要だった。健二を切り捨てるだけでなく、秀人を生かす方法を考えねばならなかった。恵文に相談したところ、妙案を貰った。それが冥婚だった。徹底的に追い詰めるために、細部にまで拘った。
 健二の犯罪を暴き、罪を償わせる。玲子は固く約束した。あとは確実に健二を追い込む方法を見出さねばならない。輝樹と秀人と議論を重ね、健二と同じ手法=ズーム背景の差し替えを使うと決めた。

 さらに、スタジオのスタッフである綾子にショートカットにして欲しいと頼み込んだ。犯行時はロングだったが、わざと半年前と虚偽を伝えた。本当は、玲子から切り出すつもりだったが、運よく健二が自ら墓穴を掘ってくれた。犯罪の綻びをじわじわと見せ付ける。巧妙に誘導して、最後は自白させる。緻密に考えたシナリオだった。全員が計画通りに動いてくれたおかげで、健二はまんまと罠に嵌った。

「……個人的な告白しますと、私も《センテニアル》のファンでして……。秀人さんが歌う《愛よ、消えないで》は素晴らしいと思います。やはり、事件があった以上、楽曲としては封印となるのでしょうか?」

 由紀が質問を重ねた。もはや、記者としての立場を忘れている。だが、これも想定している。由紀は個人のSNSで《愛よ、消えないで》を絶賛していた。だからこそ、指名した。しかも、ちょうど良いタイミングだ。玲子は即座に手を上げた。

「私が回答させて頂きます。被害者の楽曲は全て聴きました。どれも非常に優れていました。このまま、心血を注いだ楽曲を封印したままで良いのか。大きな葛藤がありました。許されるならば、私たちの手で世に送り出したい。強い思いが湧き上がりました……」

 玲子は微かに声を震わせた。ここが正念場だ。メディアの注目を集め、視聴者の心を掴まねばならない。

「……被害者の無念を晴らすためにも、我々の力を発揮すべきと考えました。ご遺族と相談し、弊社がリリースする計画を立てています。収益の半分は被害者の名誉回復に充て、残りは犯罪被害者の団体に寄付する予定です……」

 玲子は言葉に力を込めた。我ながら、卓越したアイデアだったと思う。美明と恵文に話を持ち懸けた時、一つの条件を出した。必ず、健二を自白させ、警察に逮捕させる。そのために掛かる費用は全て負担する。

 その代わり、秀麗の楽曲管理は任せて欲しい。美明と恵文もすぐに快諾してくれた。そこから、計画の詳細を詰め始めた。

「具体的には、どのような形でのリリースを考えていらっしゃるのですか?」

 由紀が畳み懸けた。不遜な態度に苛立ちを覚えるが、待っていた質問でもあった。

「今は全くの未定です。プロジェクトの主たる目的は被害者の弔いです。ご遺族の意志を最優先したいと考えております……」

 そろそろ、最後の仕上げをしなければならない。

 隣では、恵文が美明に通訳をしている。玲子は、さりげなく目配せをした。事前に決めた通り、恵文が即座に手を挙げた。

「今の質問に関して、補足させて下さい。母から申し出がありました。まだ、どなたにも相談していないのですが、可能であれば、新リリース版も秀人さんに歌って欲しいとのことです……。私も同意見です」

 恵文の発言に大きな響どよめきが湧いた。一斉に記者が挙手し始め、収拾が付かない状態になった。

「皆さん、落ち着いて下さい。質問は1人ずつになります。では、最前列の右端の方、どうぞ」

 指名された記者は音楽誌のベテランだった。玲子とは20年以上、持ちつ持たれつの関係を保っている。当然、質問も事前に打合せしている。

「お母様の申し出に対して、秀人さんはどうお考えですか? いきなりで驚かれていると思いますが……」

 玲子は息を呑んだ。一番の仕掛けだ。ここで躓いてはならない。横目で秀人の様子を伺う。

「私一人で決められることではありませんが……。個人的な思いとしては、ご遺族の気持ちに応えたいです。理由は二つあります。果たして、私に責任はなかったのか。あれから、ずっと自問を繰り返しています。私の歌で、少しでもご遺族が癒されるのであれば、やるべきだと思います……」

 秀人の回答に会場に静寂が訪れた、全員が無言で聴き入っている。先ほどまでの喧騒が嘘のようだった。

「……もう一つは全く別の思いです。《愛よ、消えないで》は本当の傑作です。これだけの楽曲を歌えることは、ボーカリストにとって、至上の幸福だからです……」

 秀人が言葉を止めると、再び多くの人が挙手を始めた。

「すみません、もう一つだけ、お母様に質問させて下さい。何故、秀人さんに歌ってもらいたいと考えたのですか?」

 ベテラン記者がすかさず声を上げた。他の記者から、一斉にブーイングが始まる。

 当然だ。挙手を無視して、勝手に追加質問をしている。だが、これもシナリオ通りの行動だった。

 恵文が通訳すると、美明が涙を流しながら、立ち上がった。途切れ途切れの中国語で何かを訴えている。記者たちが呆然とする中、恵文がマイクを手に取った。

「秀人さんは台湾の慣習に従って、妹と結婚しました。詳しい事情は既に報道されている通りです。もちろん、正式な夫婦ではありません。でも、冥婚を申し込んだ時の秀人さんの優しさには感動しました。きっと、妹も天国で秀人さんの歌を望んでいます……」

 恵文は言葉を終えると、その場に泣き崩れた。同時に美明が秀人に近付き、抱擁した。一斉にカメラのフラッシュが煌きらめく。会場が真っ白になるほどの勢いだった。 (了)

#創作大賞2026 #ホラー小説部門

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