【雑談】「キャラが勝手に動き出す」は作家が言いたいだけなのか?
こんにちは、女児OLです。
物語を創作する人間には、大きく分けて二種類のタイプがあると思います。
監督タイプと役者タイプです。
自分は完全に前者タイプなんですが、世の中には後者のタイプだという物書きさんも多いのではないでしょうか。
ちょっとタイトルが挑発的ですが、そういう仕様です(ぁ
「キャラが勝手に動き出す」
というのは、設定の詳細な作り込みによって、無我の境地を手に入れた書き手が体感する創作不思議体験の一種です。
キャラクターというよりもひとつの「人格」を形成していった結果、創造主の筆先というくびきから解き放たれ、あたかもキャラ自身の意思によって動いているかのような錯覚を覚える現象をそう呼びます。
締め切り間際、猫の手も借りたいような状況でしばしば現れるランナーズハイ(ライターズハイ?)のようなものだと個人的には認識していますが、これを口にする書き手さんには、役者タイプのひとが多いように感じます。
役者タイプ、憑依系、着ぐるみタイプ。
呼び方は様々ですが、書き手自身がキャラ(役)になりきって、お話を進めていくタイプですね。
上手に演じ分けられるひとはいいんですけど、中には、表記される名前が違うだけで中身一緒やんけ、と思ってしまうほど書き分けが出来ていない作品もあったりして面白いです(おもろいんかい
一方、監督タイプ、演出家、俯瞰型の物書きは、そもそもキャラが勝手に動き出すのを嫌います。少なくとも自分はそうです。
綿密な設定の作り込みから、キャラを立たせるのは一緒でも、その扱い方はあくまでも演じている彼らを外から見ている感覚で書いてます。
そこに自動的な感情は介在しません。
一言一句、一挙手一投足に至るまで書き手の意志が反映されます。
こんなことを書いてしまうと、まるで役者タイプの書き手さんが無責任かのように感じてしまいますが、そうではありません。
あくまでも執筆に対するアプローチの違いです。
私に役者タイプの書き方を迫られても、大根役者なので無理です。
監督タイプはキャラクターとつねに一定の距離感を保っているのに対し、役者タイプは潜航する深度というか、キャラとの向き合い方という意味では、監督タイプをはるかに凌駕するのかもしれません。
それが結果として「理解度」の差になって現れることもあるのでしょう。
なのでどっちがいいとか悪いとかの話じゃないんですね。
ぶっちゃけ「キャラが勝手に動く」という言葉が苦手で、駆け出しのころは仲間内でもよく討論になりましたw
いまはもう「どっちでもええわ」くらいの気持ちなんですけど、いまだによく目にする話題なので書き起こしてみました。
最後になりますが、この記事は私の意見ではありません。物書き界隈でイキり散らかした別の人物から脅されて書かされています。私はこの後、記憶を消されるそうです。
以上、女児OLが、月面アルキメデスクレーターからお送りしました。
ごきげんよう、さようなら(いまさら感あるタゴサク構文
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気が向いたらで結構です。これからも平和のためにスケベを書きます。