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【潜入ルポ】青木ヶ原を散歩する会に参加して死ぬほど後悔した話

※この作品はフィクションとしてお楽しみください
あくまで“創作ドキュメンタリー”としてご理解いただき、実在の団体や個人との関連を想起することのないよう、お願いいたします。

「青木ヶ原」「富士の樹海」――
この二つの地名を耳にしたとき、あなたの脳裏に真っ先に浮かぶ“ある二文字”があるはずだ。

借金に追い詰められ、身動きが取れなくなった人。
将来に光を見いだせず、絶望の淵でもがき続けている人。
あるいは、ほんの一瞬の衝動で、吸い寄せられるようにあの森へ足を踏み入れてしまった人。

経緯はさまざまだとしても――
それでも、いまだに「人生を終える場所」として、あの森を目指す人が後を絶たない。
それが、現代の日本に静かに横たわる現実である。

そして今回、僕が記録しようとしているのは、
**“そんな人生の限界に達した人々を、見に行くことに興奮を覚える”**という、にわかには信じがたい思想を持った人たちの集まりに、
望まぬ形で参加することになった時の出来事だ。


遡ること数ヶ月。大学2年の冬。
12月のことだった。

当時の僕は、いわゆる**“自虐的嗜好”**を持つ人たちのオフ会に、時折足を運んでいた。

自らの体に傷をつけることで性的興奮を得る。
そんな言葉にしてしまうと突飛に見えるが、
実際の会では、リストカット、水中窒息、ドライアイスによる冷却刺激など、
手段も動機も、それぞれに違う。

ここでは詳しくは触れないが、
その場で僕は、一人の男と出会った。

仮に「柿崎さん」と呼ぶことにする。
40代前半、髪は薄く、細身で眼鏡をかけた男。
腕を組み、低く押し殺した声で話すのが印象的だった。

彼はその会の“仕切り役”のようなポジションにいて、
見た目とは裏腹に、20人近い参加者たちを静かに、だが的確にコントロールしていた。
ただし、彼自身には自傷の傾向はなく、
あくまで運営側として、参加者たちの動向を見守る立場に徹しているようだった。

「危なくなりそうな時は止める」
「必要な道具を適切なタイミングで配る」

まるで、どこかの医療現場における補助者のように。
柿崎さんは“傷つける人間ではなく、傷つける人間たちを見守る人”だった。


その会が開催されていたのは、都内某所の繁華街にあるアングラなバーだった。
看板も目立たず、通りから半地下に降りる階段の先にひっそりと存在していたその店は、
「こんな場所に、こんな空気の場所があるのか」と思わず足を止めたくなるような薄暗さと、異質な静けさをまとっていた。

会は月に一度、深夜に行われ、常連らしき数十名が集まっていた。
店内は常に照明が落とされ、光源は間接照明とカウンターの灯りのみ。
誰がどんな顔をしているのかもわからないような薄闇のなかで、
それぞれが、自分の“儀式”に集中していた。


その異様な空気の中で、
僕と柿崎さんとの接点は、ごく自然な流れで生まれた。

※イメージ

人がちらほらと集まりはじめると、店内には沈黙とざわめきが入り混じったような、独特の空気が漂い始めた。
名乗る者はいないが、常連同士と思われる小さな会話の輪がいくつもでき、まるで祭りの前のような、不自然な高揚感がゆるやかに広がっていく。

そして、一定の時間が経つと、決まって始まるのが――**「カットタイム」**だ。

照明はさらに落とされ、BGMすらも止まる。
それを合図に、参加者たちは各々のバッグやポケットから器具を取り出し、黙々と“作業”に入っていく。

血がにじみ、押し殺した呻き声が漏れ、
そのうちのいくつかは叫びに近い音へと変わっていった。
まるで、屠殺場の家畜たちの断末魔のように。

その異様な音の残響が、
閉じた空間の天井を這い、壁を這い、ぼんやりと店内に染み込んでいく。

それが、この会における“いつもの光景”だった。


僕自身は、自傷をするわけでもなく、
ただ、その空間にいて、ただ、眺めているだけだった。

とはいえ、店内はあまりにも暗く、
実際に“何がどこまで見えていたのか”は、今となってははっきりしない。

そんな“何もせず、ただ立ち尽くしている”僕に、声をかけてきたのが、他でもない柿崎さんだった。


「ジョージくんだよね? Twitter(当時)でDMくれたよね?
何もしないってことは、見る専なんだっけ?」


「いえ……こういう会もあるんだって、ちょっと気になって。
むしろ、僕みたいなのがいてすみません」

――本当は、何か適当なことでも言ってごまかそうと思っていた。
でもそのときは、頭がまったく働かなくて。
だから結局、正直に話してしまったのを今でも覚えている。


「いいのいいの。ギャラリーが多ければ多いほど興奮できるって人、結構いるから。
しかもジョージくんみたいな若い子がいると、尚更って感じでさ(笑)」


気さくな調子に少しだけ救われた気もしたが、
彼にはもうひとつ、**絶対に譲らない“掟”**があった。


「興味半分で来るのは別にいいんだけど……
でも、会のことは誰にも言っちゃダメだよ。
俺、そういうの、本当に許せないから。
ジョージくんもさ、後悔したくないでしょ?」


そのときの柿崎さんの目だけは、冗談の色を一切含んでいなかった。
それまでの軽さとはまるで別人のようで、
僕はふと、「あ、彼、一人称“俺”なんだ」と妙なことを思った記憶がある。


その後、2回、3回と会に顔を出すうちに、
柿崎さんとはTwitter(現X)のDMを通じて頻繁にやりとりをするようになった。

身の上話、学業の悩み、どうでもいい雑談。
気づけば彼は、**年上の信頼できる“話し相手”**になっていた。


そんなある日――たしか、2月の中旬。
彼から一通のDMが届いた。


「やっほー、ジョージくん。バイト、困ってるんだよね?」

そんな軽い調子のDMが、ある日の午後、スマホの通知に表示された。

当時の僕は、というと――
いろんなバイトに手を出しては、1~2ヶ月で辞めてしまう。
まるで意思が続かない子どものようなことを、大学生にもなって繰り返していた。

想像に難くないと思うけれど、僕はかなりの社会不適合者だ。
柿崎さんには、そんな自分のだらしなさも、ある程度包み隠さず話していた。

だからこそ、その問いかけには妙な安心感があったのを覚えている。


「車の免許、持ってたらお願いしたいことがあるんだけどさ」
「免許でしたら、この前ちょうど初心者マークが外れたばかりです」

「おっけー!じゃあ、2月◯日。朝5時から、お願いできる?」

「その日は空いてます!ちなみに、どんなお仕事ですか?」

「車の運転。日給は3万円でどう??」


――車の運転。日給3万円。

奨学金を借りながら大学に通い、
さらに、いつの間にか限度額ギリギリまで使ってしまったカードローンの返済に追われていた僕にとって、
それは“運命のタイミングで舞い込んだ”と言ってもいいほどの好条件だった。

当然、即答した。

「わかりました!朝5時に新宿駅ですね?」


けれど、その直後に、あることに気づく。

「……始発でも、間に合わない」

慌てて代案を考え、僕は前日の夜23時に、新宿西口のネットカフェに入ることにした。
眠気と寒さをごまかしながら、店のブースで数時間の仮眠をとる――それが唯一の手段だった。


ネカフェを出たのは、午前4時半。
外はまだ真っ暗で、刺すような寒さが皮膚に染みた。
手袋をしていても、指先はじわじわと感覚を失っていく。

会計を済ませてドアを開けると、街はまだ夜の気配を残していた。

酔いが残った若者の集団が、コンビニ前で談笑している。
始発を待っているのか、それとも、もう一軒探しているのか。

ピンクと青が交じるネオンの光が、
かすかに白んできた空に染まりながら、笑い声と一緒に冬の空気を撫でていた。


待ち合わせ場所は、新宿西口のヨドバシカメラ前。
道路が少し開けた場所で、柿崎さんに指定されていた。

4時50分、現地に到着すると、すでに彼の姿があった。

その周囲には、登山服を着た男女が7人ほど。
手を擦り合わせながら、寒さに耐えつつも、穏やかに談笑していた。


「……あ、柿崎さん!おはようございます」

「おー!おー!ありがとね、急に呼んだのに」

彼はそのまま、輪の中心で声を張り上げた。


「みんな注目〜!今日、運転してくれる“スーサイダーズ”のメンバーのジョージくん!
みんな仲良くしてやって〜!」


その瞬間、7人の視線が一斉に僕に向けられた。
どの顔にも笑みが浮かんでいて、一見すると和やかな歓迎ムードだった。


「え、めっちゃ若いじゃん!何歳?」
「事故らないでよ〜(笑)」


そんな軽い冗談が飛び交い、僕もつられて笑ってしまった。

――けれど。

どこか、全員が“同じ温度の空気”をまとっているように見えた。

まるで、これがただの冗談や世間話ではなく、
何かを共有した者同士の、閉じた円であるかのように。

柿崎さんのまわりに集まっていた7人の男女は、見たところ30代後半から60代前後。
年齢も服装もばらばらで、性別のバランスもとれていない。
にもかかわらず、不思議と“共鳴”するような空気感をまとっていた。

初対面同士の気まずさはまったくなく、互いの存在に違和感を抱くそぶりもない。
まるで、何度も一緒に“何か”を共有してきた者たちのような、妙に落ち着いたグループだった。

そんな中で、僕の目をひときわ引いたのが――
一人の女性の顔だった。

40代前半。
画面越しに何度も見たことのある顔立ち。
バラエティ番組やCMでも頻繁に目にする、ある種の“国民的な安心感”を持つマルチタレント女優――Kさん。

その瞬間、僕の中の何かが凍りついた。

(……え?)

思わず目を丸くした僕に気づいたのか、彼女はふっと微笑みながらこう言った。


「あ〜、たぶん君が思ってる人と私は違うからね〜。他人、他人(笑)」


その場にいる誰もが笑っていた。
でも僕だけは、その笑いにまったくついていけなかった。

(いやいや、どう見てもKさんだろ……。なんでそんな嘘、平然と言えるんだよ)

テレビ越しに見ていたときとはまるで違う、
“生身のK”を前にして、僕は訳の分からない興奮と違和感を同時に覚えていた。

けれどその違和感は、しだいに「不安」へと形を変えていく。


「ちょっと悪いんだけど、到着してすぐでごめんね」
「◯◯レンタカーまで行って、車取ってきてくれない?俺の名前で予約してあるから」

そう言いながら、柿崎さんがポケットから差し出してきたのは――
アメリカン・エキスプレスのプラチナカードだった。

ずしりと重たい、金属製のカード。
それを握ったときの異様な手触りが、妙に記憶に残っている。

「了解です」と答え、僕は歩いてレンタカー店へ向かった。


店ではすんなりと手続きが進み、
柿崎さん名義で予約されていた10人乗りのハイエースのキーを受け取った。

店を出て、暗い朝の新宿の道を、慎重に運転してヨドバシカメラ前へ戻る。

ハイエースを運転するのはこれが初めてだった。
でかい。重い。視界が悪い。そして――車内の空気が、乗る前からすでに重たい。

ハザードを焚きながら停車し、ウィンドウを下ろして合図を送ると、
待っていたメンバーたちが一人ずつ無言で乗り込んできた。
助手席には、柿崎さんが当然のように座った。


「……そういえば、今日の行き先って、まだ聞いてないんですけど」

僕がそう切り出すと、柿崎さんはまるで用意されたセリフのように、軽く笑って答えた。


「え?だって言ってないもん(笑)」


それに続くように、車内から一斉に笑いが起きた。

「ははははははっ!!!」
「サイコ〜!」
「初参加者にはサプライズってことで〜(笑)」

――その瞬間、
空気が“ひとつの色”に染まるのを感じた。

不気味な一体感。
よく知らないはずの人間たちが、なぜか同じテンションで同じ笑いを共有している。

笑い声の奥にあるのは、歓迎でも、軽口でもない。
むしろ、「すでに始まっている」という、得体の知れない開き直りのような空気だった。


「柿崎さん、ひど〜い(笑)」

助手席の後方から、Kさんが冗談っぽく声をかける。

「大丈夫だって。ジョージくん、若いけど肝座ってるからさ!」

柿崎さんが軽く僕の肩を叩きながらそう言った。

……肝が座ってる? だから何なんだ?

ハンドルを握る手のひらには、じっとりと汗が滲み始めていた。

笑うしかなかった。でも、笑えなかった。

(これ……やっぱり、来るべきじゃなかったかもしれない)

車内の温度は適切なはずなのに、背筋だけがひどく冷えていた。


このとき、柿崎さんがふいに僕を見て、静かに言った。

「守秘義務、守れるもんね」

質問ではなく、確認だった。

僕は目をそらすこともできず、しばらく沈黙してから、
しぶしぶのように、うなずいた。

「……はい」

(断ったら、どうなるのか――考えるのが怖かった)


その直後、柿崎さんは右手の指を三本立ててこう言った。

「そういえばコレ、先がいい? 後がいい?」

バイト代のことだった。3万円。

僕「……あ、今もらえるなら」

柿崎さん「オッケー」

長財布から取り出されたのは、少し端が折れた、使い古された現金だった。

「ほいっ!ピン札じゃなくてごめんね〜(笑)」

そのズレた冗談が、車内の空気をさらに歪ませていく。


その後、彼は慣れた手つきでカーナビの画面を操作し、目的地を入力した。

「とりあえず、ここ向かってくれれば大丈夫!」

画面に表示されたのは、何もない中途半端な山道だった。


「今からどこに行くんですか?」

僕が訊くと、柿崎さんは即答した。

「パーティ会場!」

車内:「はははははははっ!(爆笑)」

40代男「まあ、考えようによってはそうだよな〜(笑)」

その空気にまったく馴染めなかった僕は、
なかば機械的に、アクセルを踏み込んでしまっていた。

――お金は、もう受け取ってしまっていた。


車内では、不思議なテンポで時間が流れていた。

完全な沈黙が続いたかと思えば、急に誰かが雑談を切り出し、それに数人が乗っかる。
またしばらく黙って、また誰かが笑う――そんな繰り返しだった。

僕はというと、1時間半ほど経過しても、その“波”にうまく乗れずにいた。
会話に加わるタイミングもつかめず、ただ運転席でじっと耳を傾けているだけだった。

そんななか、妙に耳に残る言葉があった。


「ガラ」


何度も、繰り返される。

「この前めっちゃ良く撮れた“ガラ”なんだけど〜」
「12月末に行った時は、ガラ見れなくってさ〜」
「やっぱ、新しいガラのほうが見つけた時うれしいよね〜」

それぞれがごく自然に、普通の会話のようなテンションで“ガラ”という言葉を口にしていた。

でも、意味は分からない。
会話の前後から推測しようとしても、何かがズレている。

それが、逆に不気味だった。

まるで僕だけが「知らされていないルールブック」の中に迷い込んだような、そんな感覚。


しばらくすると、Kさんの隣に座っていた女性が、ふと話しかけてきた。

「運転手さんは、ガラ見に行くの初めて?」

僕は少し戸惑いながらも、正直に答えた。

「え、……すみません。ガラって、そもそもなんですか?」

その瞬間、車内の空気がスッと変わった。

笑い声が途切れ、全員が口を閉ざす。

誰もが何かを察したような顔で黙りこみ、僕の声が、車内に浮いていた。

(……なにか、言ってはいけないことを聞いてしまったのか?)

ハンドルを握る手が強張る。

怖くなって、思わず助手席の柿崎さんに視線を向けた。

柿崎さんは、少し間を置いてから、いつも通りのトーンで言った。


「あぁ、“ガラ”ってのはさ。
樹海に“落ちてる”人間の亡骸のことだよ」


淡々と、まるで“ペットボトル”とか“落とし物”とでも言うかのような、
そんな話し方だった。

その言葉を聞いた瞬間、すべてがつながった。

今、自分が向かっている先、
この車に乗っている人たちが“見に行こうとしているもの”。

それが――亡骸なのだと。

「ガラ」という言葉の裏にある、冷たい現実が、音もなく僕の背後に回り込んできたようだった。

その瞬間、僕の中で、
この“ドライブ”が単なるバイトやちょっと変わったオフ会ではないことが、はっきりと理解された。

亡骸を「ガラ」と呼び、
それを“見に行く”ことに高揚する人たち。

今、僕はその人たちの車を運転している。
冗談でも冷やかしでもなく、現実として。

この先に何が待っているのか。
そして、彼らが“本当に見たいもの”とは何なのか。

それを知るには、もう少しだけ、この道を進まなければならなかった――。


Part2へ続く。


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