シェアハウス・ロック(or日録)2604初旬投稿分
上級国民の互助制度4(0401)
上級国民中の上級国民のお話を前回したが、今回は、普通の上級国民のお話である。
「当選後も、ちゃんと仕事しろよな(0302)」で、『週刊文春』(3.5)巻頭記事「高市爆弾チルドレンを名指しする(66人を徹底調査)」を引きながら、《選挙期間中、一度もマイクを握ることなく当選後、メディアに「どうしよう」と本音を漏らした比例東海ブロック選出の党三重県連職員・世古万美子(51)》、大学時代自民党北海道連青年局学生部長をつとめた自民党ギャルで、母親の訪問介護の仕事を継ぐべく実家に戻ったところ、自民党の吉田正人道連会長代行から「比例で名前を貸してくれないか」と言われ、貸したら受かってしまい、最年少で話題になった村木汀(26)とか、世古万美子と《同ブロック選出》で、《テレビの取材を断り、通話するフリの”エア電話”をしながら立ち去る姿が報じられた》《長田紘一郎(26)》とか、自著『筆談ホステス』(光文社、2009年)が20万部を超えるベストセラーになり、一躍有名になった斉藤里恵(42)とか、北海道一区選出で、ススキノのキャバクラ王と言われる人の実弟であり、北海道議時代から実兄の企業グループが公職選挙法すれすれの応援をしていたという加藤貴弘(43)とかを紹介した。
長々とお話をしたが、この方々は、上級国民へのチケットを手にしたと言える。だが、チケットを手にしても、実際にゲイトインできるかどうか、さらにゲイトインしたとしても、それを維持できるかどうかはこれからにかかっている。
いつまでも国会議員の話をしていても仕方ないので、その他の上級国民を考えていくことにする。
数年前、確か池袋で交通事故を起こした年寄りが、警官に向かって「おれを誰だと思ってるんだ」と言ったという報道があった。この年寄りは元裁判官であったらしく、「上級国民批判」という文脈で新聞記事になった。「上級国民」という文字そのものが、その記事にはあったと記憶している。であれば、裁判官も、上級国民の可能性があり、少なくともこの年寄りにはそういう意識があったと考えるのが妥当である。
官僚はどうか。
このシリーズにご登場いただいた元文科省次官・前川喜平は、辞任後、どこにも天下っていないから、上級国民であることから降りたと言っていいと思う。
では、森友学園問題で召喚され、予算委員会の場でウソの答弁を重ね、安倍晋三をかばった佐川宣寿はどうなったか。あの場では上級国民のまま逃げ切り、その後めでたく国税庁長官になる。
これに対し、
自由党(当時:千都注)の森ゆう子は「あからさまな論功行賞の人事だ。首相を守るため、『ありえない』答弁を平然と繰り返して栄転された」と反発し(確か予算委員会だった:千都注)、与党の閣僚経験者(ですら:千都追加)も「事実に背を向けてでも、官邸の意向に従っていれば出世できるというあしき前例になる」と、起用した政府の姿勢を疑問視した。麻生財務相と菅義偉官房長官はともに「適材適所」と述べた。(Wikipedia)
つまり、ひたすら政権を守る「材」は、しかるべき「所」に置かれるべきだという上級国民観を、麻生太郎と菅義偉は示したことになる。
佐川は、2018年3月9日に財務省を依願退官したが、天下り先については公式情報なし。だから、いまでも上級国民かどうかは不明。
ただ、2024年には、赤木俊夫さんの妻・雅子さんが起こした訴訟の控訴審で、佐川側の代理人が「就職活動に支障が出ている」と述べたことが報じられたことがあるから、これがなんらかの牽制でなければ、公言できる天下り先がないのかもしれない。
であれば、華麗なる天下り先を得てこその上級国民だから、最終的には貧乏くじを引いたことになるのかもしれない。
ちなみに、大阪地検特捜部の副部長だった黒川弘子検事(佐川宣寿の不起訴処分に関する実務を担った中心人物の一人)は、2018年7月の検察人事で札幌地検特別刑事部長に就任し、「栄転」と報じられた。地方の部長職、しかも札幌のそれは、検察庁の人事では、キャリアのステップとして扱われれている。上級国民入りしたのかね。
その後、いまではなかったはずの財務省文書もだいぶ公開され、佐川宣寿は、現在では赤木俊夫さんの自死の、少なくとも遠因をつくったと認識されているはずである。
森友問題は、赤木俊夫さんの自死がなければ、ここまで騒がれなかったはずだ。もちろん自死は残念なことであることは言うまでもないし、生きていて告発してほしかった。
しかし、私は、赤木俊夫さんは、自らの命を賭けて、上級国民の互助制度を告発したと思っている。
よって、赤木俊夫さんだけには、当文章で敬称をつけた。
【追記】
4月初旬の標題写真は、板橋区・乗蓮寺の東京大仏である。
3月27日に、我が畏友その1をツァーコンダクターとして、板橋巡りをした際に、ソメイヨシノも満開だったので撮影した。同行は、「お気楽七福人の板橋七福神巡り(0108)」から、毎度おなじみケイコさんを除いた面々。ケイコさんは、まだ仕事をしているので、我々のような、なーーーんにもすることのない老人とは付き合えないこともある。
この日の顛末は、いずれ。
上級国民の互助制度5(0402)
さらに上級国民のあぶり出しは続く。
まず、戦後、「なんかの間違い」の時期以外政権与党だった自民党のスポンサーである大企業の役員とその眷属。半分公益企業のように見えるだろうが、電力会社、ガス会社等々の役員。こういった連中も、上級国民である。
福島原発の刑事裁判で、主な争点は「10m盤を超える津波の予見可能性」≒「20m超の津波は予想できたか」だった。個人的な見解では、あれは「出来レース」だったからこそ、これを争点に持ってきたのだと思っている。そんなもん、考えるまでもなく予想できるはずがない。つまり、上級国民である東京電力役員に忖度したのだと思う。
予見可能性だけでなく、二重、三重の安全策を講じる責任が東京電力にはあったはずだ。本当かどうか知らないけれども、なまじ避難訓練をすると、「やっぱり安全じゃないんじゃないか」と思われるため、いっさいやらなかったと聞いたことがある。もう一回言うけど、これは本当かどうかはわからない。
東京電力の勝俣恒久(会長、事故時)が上級国民であることは歴然である。
東北大震災のとき、私は新宿区四谷の坂の下に住んでいた。坂の上、つまり高級住宅地には勝俣恒久の大邸宅があり、その前には警官の常駐ボックスがあった。本当だよ。巡査には恨みもなにもないのだが、常駐ボックスにいたやつに、「ここは、なんていう閣僚がお住まいなんですか」と尋ねたことが数回ある。まあ、ささやかなイヤミだね。東京電力とはいえ、たかだか私企業の会長の家に常駐ボックスを設ける。つまり、税金で勝俣の警護をやっていたわけである。
結局、刑事裁判では、東電側の被告全員が無罪になった。
第一審(東京地裁・2019年9月19日)での主たる争点、判断は、
・長期評価(2002年)に基づく15.7m津波予測は信頼性に疑問がある
・原発運転停止を義務付けるほどの具体的危険の認識は旧経営陣にはなかった
である。「具体的危険の認識」がなかったこと自体は問題にされなかったのだろう。私は、これ自体が問題だと思っている。
控訴審(東京高裁・2023年1月18日)は、
・地裁判断をほぼ全面的に支持
・回避措置(運転停止)は極めて重大な判断であり、要求するには高度の予見可能性が必要
である。「高度の予見可能性」がなくても、運転をしてもよろしいと東京高裁は判断したことになる。
最高裁(2025年3月5日)は、指定弁護士(検察官役)の上告を棄却。
・業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性は認められない
・運転停止措置を講じるべき注意義務も認められない
私には、指定弁護士(検察官役)も含めての出来レースに思われてならない。
いずれにしても、こういった民間企業でも、警備警官の常駐ボックスが設けられるような方々と政権与党自民党の閨閥関係を調べていけば、上級国民の上のほうの系統樹ができあがる。私もいくつか系統樹を見たことがあるが、ちょっとビックリすることも多い。あっ、失礼。系図ですね。系統樹は、生物学のほうの言葉だ。
政権与党ではなく、野党はどうか。
「国会の『いいもん/悪いもん』(0326)」を思い出していただきたい。そこで中村敦夫さんの次の言葉を紹介した。
国会で、保守だ、革新だ、とか言っていても、あれは対立というよりも、ひとつの劇団の「いいもん」と「悪いもん」と考えたほうが、実情にあっている。
その前日「『レッスルする世界』(ロラン・バルト)(0325)」で申しあげたかったことは、プロレスとは実際に戦うというよりも、「戦うところを見せる」ものであるというロラン・バルトの言葉に代弁してもらった。
衆参両院の予算委員会での質問。あれは、丁々発止に見えることもあるが、基本的に事前通告制である。
つまり、日本のように事前通告に沿って官僚が答弁書をつくり、最悪、担当大臣等がその原稿を棒読みするというスタイルは、「レッスルする世界」的運営そのものであると言える。
本当にあの場で戦っているとは言い難いのが日本の国会だ。中村敦夫さんの「ひとつの劇団の『いいもん』と『悪いもん』」というのは、このあたりのことを指しているのだろう。
私としては、時間のある限り、国会中継は見なければと思っている。たまに、ごくたまにだが、「ガチンコ」「セメント」が見られることもある。
『前川喜平「官」を語る』を語る(0403)
同書は、山田厚史との共著である。
まず、「上級国民の互助制度2(0330)」で、加計学園問題に関して、同書からの「前川証言」を紹介した。これにより、加計学園問題は相当にはっきりするわけなのだが、前川が次官を辞任した後のことだったので、「なぜ在職中に戦わなかったのか」という批判が起こった。
これに対する前川の返答を、同書(p.21)から全文引用する。そのほうが、前川喜平という人がどういう人なのかがわかると思うからである。
前川 それはまったくそのとおりで、私はその批判を受け止めなければなりません。ただひとつ言えることは、もし戦いを挑んだとしても、官邸の強大な権力に対して、一役人に過ぎなかった私にできることはほとんど何もなかったでしょう。退官後、私が加計学園問題についてさまざまな発言をするようになってから、「あなたは勇気がある」と言ってくださる方も多いのですが、私自身は勇者でも何でもありません。
前川は、同書で「面従腹背」と言っている。対談相手の山田厚史は、それを前川の「座右の銘」と呼んでいるが、前川による解説が次だ(同書p.23)。
官僚にまったく「面従」がなかったら、飛ばされて終わりです。ただ政治に対しても、「ここだけは譲れない」という領域を守るためには「背腹」が必要です。いわば条件闘争のようなものですね。
懐かしい言葉を聞いた。条件闘争。感慨に浸っている場合じゃない。
「上級国民の互助制度2(0330)」では、前川の「出会い系バー通い」報道のお話もした。これも時系列で見るととてもおもしろいので、ぜひ同記事のご参照を。読売新聞と官邸の関係がよくわかる。
この件に関しては、Wikipediaが抜群におもしろい。「新聞の現在」(当時のね)の縮図になっており、この縮図は、この問題の時期あたりから鮮明になったと感じられる。「前川喜平 wiki」で行ける。
ちなみに、「縮図」は、ある件に関して、大新聞・大マスコミがどういうスタンスをとるかとでもいった意味である。「マスゴミ」「オールドメディア」などというテンプレート思考でものごとを裁断する前に、こういった濃淡のようなものを感じ取ったほうがいいと思う。世界が多面的に見え、メディアの構造もはっきりする。「マスゴミ」「オールドメディア」などといった二項対立的に、自分の立ち位置を決めないほうがいい。まあ、これは老人の繰り言だとお考えくださいな。
さて、前川自身は、この報道に対して、事実は事実として認め、「女性の貧困を知るための実地調査だった」と説明した。
この報道は当時大きな話題となり、テレビでも連日取り上げられ、またネットでも大騒ぎになった。
だが、当時出会い系バーにいて、前川を「恩人」と呼び、取材時点ではデパートに勤めていた女性(つまり、そういう境遇を彼女は脱出できたわけだ)の週刊誌記事を、私は読んでいる。前川は、「実地調査」によって少なくともひとりの女性を救ったのだ。
『前川喜平「官」を語る』の巻末にある論文は前川の手になるもので、『現代』(2006年1月号)に掲載されたものの再録である。肩書は「文科省初等中等教育局・初等中等教育企画課長」であり、タイトルは「義務教育費削減は国を過つ大悪政である」だ。「三位一体改革」を批判したものである。つまり、前川は「面従腹背」とは言いながらも、言うべきときにはきっちりと「背腹」しているのである。
同書発行(2018年)の現在、前川は夜間中学のボランティア教師をやっていた。
前川は、心を許した後輩などには、
ヨットは逆風でも前に進むことができる
とよく話したという。この言葉を、『前川喜平「官」を語る』からの最後の引用とする。
再び、上級国民/下級国民という対立軸(0404)
以前、「上級国民/下級国民という対立軸(0327)」という記事をアップし、それから上級国民とは誰かとか、彼らはどういうふうに互助しているのかとか、そういうことを考え、お話ししてきた。もちろん正鵠を得ているかどうかはわからない。下級国民たる私には「葦の髄から天井を見る」ようなものである。だから、見当違いのことを言っているのかもしれない。
だが、わかることだけを組み立てた全体像から、これだけは言えるということがある。つまり、上級国民と、それを取り巻く構造(こっちのほうが実は重要なのだが)がどういうふうになっているのかということである。これが、この国のエネルギー、それも永久機関のようなものに注がれるエネルギーになっているのではないか。エネルギーさえあれば、永久機関は盤石なものになる。形容矛盾ですな、これは。つまり、ようするに「皇統」みたいなものは永久であり、その下にある機関も永久であり、そこに注がれるエネルギーといったようなことを言いたかった。
前川喜平は、上級国民から降りたように見える。佐川宣寿は予算委員会で嘘をつきまくり、上級国民の座にしがみついたが、いまだに天下り先が公開されていない。秘匿されているのか、公開できないような天下り先なのか、そもそも貧乏くじを引かされて天下りそのものができなかったのか、それもわからない。
いま、「あれは予算委員会に招致されたのではなく、証人喚問じゃなかったか」という疑問が一瞬頭をかすめたが、あの後、逮捕されたという記事に接した記憶がないから、あれは証人喚問ではなかったのだろう。証人喚問なら、あれだけ嘘をつきまくれば、刑事罰の対象になるはずである。そう言えば、「えっ、証人喚問じゃないのか」と新聞を見て思った記憶がかすかにだがある。
上級国民は、自ら上級国民たらんとする人間に、不断の努力を要求し、忠誠を求めることもわかる。ただし、この要求は明示的であるとは限らない。逆に、上級国民へのパスポート、チケットが、低中級国民に対し、「馬の鼻の先のニンジン」の作用を果たすこともわかる。この「ニンジン」を「ハードル」と言い換えれば、「ハードル」は上のほうへ行けば行くほど高くなる。
努力すべき内容を具体的に示唆しなくとも、「ニンジンの臭い」につられ、志願して努力することもあろう。これを忖度と言う。
以前、インドのカースト制度のお話をしたが、あれはデジタルだが、こっちはアナログのカースト制度のようなものだ。無段階カースト制度。これも形容矛盾だな。
こう考えてくると、自称「愛国者」のみなさんの国家への忠誠ぶりは、本当に不思議である。キミたち、上級国民入りは、絶対にムリだから。ネットで、反日、媚韓、媚中、オールドメディア、マスゴミなど、テンプレートをペタペタ貼り付けた投稿をいくらしても、絶対にムリだから。単なるビュー稼ぎなのかね。まったくわからない。
上級国民vs低中級国民という対立軸も、国家につくのか民衆につくのかという対立軸も、年金生活者の爺さんが言っているうちはまったく無意味かもしれないけれども、いい悪い、正義不正義を判別するときの判別式くらいの役割はするだろうと思う。
たとえば「オールドメディア」に接していても、あらゆること、あらゆる言説に疑いを持つように生きてさえいれば、それほどの間違いはしでかさないはずである。
なにごとかが立ち現れたら「それは違う」とまず無条件に考え、それからその理由を探す。どうしてもその理由が見つからなかったら、「もしかしたら正しいのかもしれない」としぶしぶ認める。
私は中学生くらいから、そうやってきたような気がする。それをすると、なにかいいことがあるのかというと、なにもない。私のようなへんくつな爺さんができあがるだけである。でも、間違えることは少ないような気がする。
私なんかとは比ぶべきもないが、山本夏彦大先生も、へんくつな爺さんを標榜しておられた。さっき、散歩の折に、古本市をやっていたので、『私の岩波物語』を三冊百円の一冊として買ってきた。しばらく楽しめるはずだ。
焼絵(板橋ツァー)(0405)
本日はのん気なお話をさせていただく。
3月27日に、我が畏友その1をツァーコンダクターとして、板橋巡りをした。ツァーメンバーはカヤマ三姉妹、我がシェアハウスのおばさん、そして私である。カヤマ三姉妹は本当に血を分けた三姉妹で、三人の合計年齢は250歳を突破する。まあ、キンさん、ギンさん、ドウさんみたいなもんだな。キン、ギン、ドウになっても仲がいい。仲よきことは善き哉。残りの三人は同学年。こっちの合計年齢は228歳。
板橋美術館でやっていた「焼絵展」を観に行こうというのが発端だが、畏友その1とライン交換をしているうちに、こういう騒ぎになった。三姉妹も、その1も、板橋に地縁がある。
私は「鏝絵」として知ったのだったが、正確には「焼絵」と呼ぶらしい。鏝絵というと、漆喰壁の装飾として、龍や鳳凰などを土蔵の壁などに鏝を使い描くものと混同されるからかね。鏝絵は、私は、『長八の宿』(つげ義春)で知った。現物も何か所かで見ている。つげさん、亡くなったなあ。
さて、焼絵は鉄筆や鏝などを熱して紙、絹布などに押し付けて焦がし、その焦げ跡を絵にするものだ。墨、筆で描くよりも筆致は軟らかいものになり、山水画など、私は墨絵よりもいいと思ったくらいだ。
もらってきたパンフレットには、
中国では早くより始まり、『火画』など多くの呼び名がありました。朝鮮王朝時代からの作例が伝わります。
とあったが、なんとも茫洋とした説明である。
同パンフレットには、日本では、近江・山上藩五代藩主稲垣定厚(1762~1832、画号如蘭)が「手引きもなにもないこの技法に挑み没頭しました」とある。まあ、お殿さま、ヒマだったんだね。この文章から考えると、この時代には、もうあまり焼絵は行われなかったのだろう。
100点余りの焼絵が展示されていたが、ざっと見たところ、嘉永元年というのがこの焼絵展では一番古いもののようだ。太田南畝、上田秋成が賛を寄せているものが、それぞれ一点ずつあった。
画題は、水墨画、日本画などとまったく共通と考えていい。
中華民国、朝鮮のものもあり、朴秉洙という人の作品が私は気に入った。
これを書くにあたって、『民団新聞』に次の文章を発見した。
1811年、江戸時代後期の画家・猪飼如翠(いがいじょすい)が、対馬に来訪した朝鮮通信使を訪問し、火筆を披露して李文哲と交流を深めたことが記録されている。
焼絵の発祥は中国らしいが、上記を読むと、朝鮮でも伝統が途絶え、日本側が教えたようだ。
焼絵は東洋のものかと言えば、「ウッドバーニング(wood burning)」や「パイログラフィー(pyrography)」などの言葉もあり、これらは私が知っている限りでは、木製家具に花などを描くことを呼ぶものだ。
日本人にとってポピュラーなのは、羽子板である。羽子板市で売るような豪華なものではなく、いま60歳くらいの人ならかろうじてご存じなのではないかと思うが、正月などに実際に羽根つきをした羽子板のことである。ほら、「きいちのぬりえ」(きいちは蔦谷喜一)みたいな絵が描いてあったでしょう。あれの輪郭線は焼絵だった。それに彩色する。
焼絵なんて、私はまったく知らなかったが、世の中、知らないことだらけだということを痛感させられた一日だった。
当日は、都営三田線・新高島平集合。「りんりん号」というコミュニティバスで移動、板橋区立郷土資料館、板橋区立美術館、乗蓮寺(標題写真はここの東京大仏)と歩き、最終目的地は下赤塚駅至近の居酒屋。このメンバーで打ち上げをしないわけがない。
ああ、そうそう。打ちあがる前に司書房に寄った。都営住宅の一階にあり、昭和の古本屋の風情を残した古本屋である。獲物は『朝鮮と古代日本文化』(司馬遼太郎、上田正昭、金達寿他、中公文庫)、『異形の王権』(網野善彦、平凡社ライブラリー)、『使徒教父文書』(荒井献編、講談社文芸文庫)。
打ち上げの居酒屋は、全員大感激。畏友その1は、安くて、うまくて、いい居酒屋を発見する能力に長けている。うまくボタンを掛け違えさえすれば、いまごろは太田和彦、吉田類に続く存在になれたはずなのが残念。
4月2日は買い出しツアー(0406)
買い物ではなく、買い出し。だから、たいしたものを買ったわけではない。全部食料品。我がシェアハウスでは、エンゲル係数があがる傾向がある。エンゲル係数があがれば、生活水準は下がる。
11時に我が畏友その2にピックアップしてもらい、その2の運転で、角上、手塚酒店(本日の目的は酒ではない)、三河屋豆腐店の三軒を回る。
角上は、私らが八王子に来てすぐ、その2に教えてもらったチェーンの魚屋である。とにかく安い。
この三軒は、地理的には近いはずなのだが、車を持たない我がシェアハウスの住民にとっては、アプローチがけっこう大変で、電車、バスを乗り継いで行くと、半日ではとても無理である。よって、その2の協力をあおいだわけだ。
角上遠征では、我がシェアハウスのおばさんは、通常2万円台くらい買いまくり、冷凍にする。それらは順次食卓に並ぶのだが、今回は1万ちょっとで済んだ。というのは、最寄り駅近くにクリシマというスーパーが新たに出店し、ここは肉、魚、野菜がなかなかいいのである。よって、購買行動にだいぶ変化が出た。
たとえば、ここのところクリシマで買った、キビナゴ、ボラなど、ちょっと変わった魚の刺身が食卓をにぎわすことが多くなった。
我がシェアハウスのおじさん、おばさんは、どうもマグロに義理でもあるらしく、マグロというと目の色が変わるのだが、マグロもクリシマは安くてうまい。
私は、あまりマグロをありがたがることはない。むしろ、青魚のほうが好きである。前述のキビナゴ、ボラも、私が発見した。
ケンちゃん餃子は、なんの変哲もない餃子である。だから、逆に飽きない。以前は配達してもらっていたのだが、その店がなくなり、私らはケンちゃん餃子難民になった。ところが最近、おばさんにどこやらから通報があり、ケンちゃんを置いているという手塚酒店に行ったわけである。
伊豆七島の神津島の焼酎があった。八丈島、青ヶ島、新島、伊豆大島の焼酎は飲んだことがあるが、神津島のものはない。神津島は水がうまいので、焼酎もうまいに違いない。次回は、あれも買おうと思っている。
三河屋は、この地域に暮らし、ちょっと食い物にうるさい人は、みんな知っていると言って過言ではない豆腐店である。豆腐、がんもどき、厚揚げなど、きちんとつくっているので当然うまいのだが、ここはおからをタダでくれる。それをもらって来て、キッシュをつくるのである。今回は、ちょっと多めにもらってきたので、おからドーナッツもつくろうと思っている。
ちょっと遅い昼飯をイオンモールでとる。昔、我が畏友その2が、うまいカレーを発見したとラインをくれたので、そこに行ってみたかったのである。
その後、我らがシェアハウスまで送ってもらい、おばさんが獲物の魚類をラップでくるんでいるのを見ながら、その2と私はコーヒーを飲みながら歓談。
我が畏友その1もその2も、昔、同じ芝居の舞台を踏んだ仲である。彼らは役者だったが、私にはそんな能はなく、音楽担当だった。曲をつくればいいと思って参加したのだが、何曲か生演奏でも参加することになった。それ以来の付き合いだから、もう50年を超えた。
その2はいまは朗読の専門家になっていて、「朗読カフェ」なるものをやっている(YouTubeで見られる)。よって、歓談の内容はそういった話題が多くなり、私には常にとても刺激的である。
明日は、この歓談関連のお話をする。
【追記】
昨日のnoteを読んで、その1がラインをくれた。
最後のオチは笑った。なにより、480歳が誰一人落伍せず、一万歩あるいたんだからたいしたもんだよ!
友だちに恵まれ、私は幸せである。
日本語のリズム?(0406)
朗読の専門家である我が畏友その2の持論は、「新劇俳優、アナウンサーの日本語は気持ちが悪い」である。私も、まったく異論はない。昨日お話しした「歓談」とは、内容が微妙に違うが、ここからお話を始めないと、ご理解をいただけないだろうと思う。
まず、言語はオーラルとリテラルに大別される。オーラルに近く書こうとするのが二葉亭四迷などが始めた「言文一致(運動)」である。これはかなり成功したと言ってもよいが、まだまだ欠陥がある。相当程度一致したが、まだ一致しきれない点が残っている。
一例を挙げる。これだけで十分だと思う。「王様」。これをかなで書くと「おうさま」である。だが、「王様」を「おうさま」と発音する人はまずいないだろう。多くは「おおさま」だろうし、「おーさま」だろう。
ただし、王貞治さんを「おうさだはる」と呼ぶことには、それほどの違和感はないはずである。この理由は、「おう」と言うときには「漢字を意識している」からであると、私には感じられる。
「気持ちが悪い」理由のひとつは、書かれた文字をそのまま読めば、それがオーラル語になるという「迷信」を信じ切っているようだからだ。
別の視点から見ると、オーラルがアナログであるのに対し、リテラルはデジタルなのである。ここから言えば、「気持ち悪さ」はD/A変換がうまくいっていないことによる。
畏友その2の発見に、朗読するときに文語/旧仮名遣いのものをテキストにすると、それほど気持ち悪いものにならないというものがある。これは、私には、朗読する前に、まずD/D変換をし、その後D/A変換という行程を経るからではないかと感じられる。つまり、無意識のうちに「書かれたそのままを読めばいいわけではない」というバイアスがかかるのではないか。
ただ、新劇俳優は置いておいて、アナウンサーを「気持ちの悪い日本語スピーカー」と呼ぶのには若干の同情はある。彼らは、つい最近まで「読む機械」だったのである。機械だったら、その日本語が気持ち悪いのはあたりまえで、合成音声が気持ち悪いのと一緒である。でも、合成音声は、ここ数年でだいぶましなものになってはきている。
この「アナウンサーの気持ち悪いアナウンス」の極北は、昔のニュース映画だ。ぜひお探しのうえ、ご一聴いただきたい。それだけの価値はあると思う。たぶん、YouTubeで見つかる。
オーラルを気にするようになったのは、たかだかこの100年である。それまでは録音機械すらろくすっぽなく、議論の俎上にあがらなかったのだろう。これから言語学は、オーラルを論じることが多くなり、言語学自体の枠組みも変わっていくのではないか。楽しみである。
「歓談」での今回のテーマはリズムだった。リズムというよりも、「拍」である。私は、前述の「迷信」同様、日本語は一音(文字)一拍というのも、やはり「迷信」だと思っている。あえて言うなら「一母音一拍」は多少言えるような気がする。
たとえば、「ん」などは一拍ではなく、また関東圏で頻繁に起こる母音脱落(≒無音化)も一音(文字)一拍を否定する材料になる。
買い出しツァーの日、畏友その2の朗読をYouTubeで探し、聴いた。山本周五郎『季節のない街』のなかの「がんもどき」。もともと泣かせる話なのだが、当然、涙が出てきた。
お話の内容よりも、畏友その2の朗読を聴き、「こいつもちゃんと生きてきたんだなあ」という感慨からである。
朗読そのものも、もちろんうまい。なによりも、コーヒーを飲みながら話した「拍」の話が、話している時点ではあまり伝わらなかった感じがしたが、ちゃんとできている。意識化されてないだけなんだな、きっと。
伸ばすのは我慢できる(0407)
次のCМを聞くと、私は必ずイラッとする。
デンキデンキデンキと暮らすなら
太陽光パネルと蓄電池
まさかの初期費用0円です
これはTEPCO(東京電力)のCМなので、「上級国民の互助制度5(0402)」でお話しした上級国民中の上級国民たる勝俣恒久(会長、福島原発事故時)の顔が浮かび、それでイラッとするのかと言えば、そういうことではない。
昨日お話しした、「一文字一拍」からである。
上記は、文部省唱歌『かたつむり』のメロディで歌われる。
詞がけっこう無理スジで、しかも『かたつむり』のメロディで強引に歌われるため、
太陽光パネル → たいよこパネル
初期費用 → しょきひよ
になってしまうからである。これでイラッとする。
太陽光パネル → ソーラーパネル
まさかの初期費用0円です → 頭の費用は0円です
とすれば、拍は合う。「頭の費用は」にすれば、原曲は「頭出せ」って言ってるから、原曲に忠実にもなる。「はじめの~」「はじめる~」でもよろしい。頼まれてもいないのに、添削してるな。なにをやってるんだ、私は。
申しあげたいことは、無理スジ的に短くするとイラッとするということである。あるいは、拍がつまづく感じがするんでイラッなのかも。
逆に、長くしたらどうなるか。
たとえば、北島三郎の『なみだ船』(作詞:星野哲郎、作曲:船村徹)は、「涙の終わりのひとしずく」で始まるが、「涙の」の「の」が異常に伸ばされる。かなで書くと「のーおほおほほ」みたいになる。一母音で済むところを7母音にまで引き延ばされ、「これはコブシなんだろうか」と考えているうちに民謡のはやし方面的に延長され、やっと着地する。でも、それほどはイラッとはしない。こういうもんだよなとでもいった、あきらめに支配されている。
これは、慣れとか、なじみの問題なのかもしれない。
百人一首とか、歌会始などで、「久方のーーーー」などというのに馴致させられているからね、私ら。
これは私だけかもしれないが、伸ばされてイラッとするのに、音引きがある。こっちはオーラルではなく、リテラルの話だ。
今回の文章には「メロディ」があるが、昔は平気で「メロディー」と書いていたと思う。私がではなく、世の中では、である。
「メロディー」(IMEでは出て来る)の音引きは、英語では付かない。より厳密に言えば、日本語の一拍分はない。だから、私が「メロディ」と書きたがるのは原音主義だと思う。
だが、「エネルギー」「カテゴリー」「ストーリー」などは割合平気である。「スーパー」は別の意味で嫌だったが、このごろでは割合平気になってきている。
まあ、このあたりは慣れの問題なのだろうな。
とは言っても、日本語は、一音一拍ではあるが、オーラルでは、厳密に一音一拍ではない。日常的には、不整脈みたいな話し方をしているはずである。
拍と拍子とは違う(0408)
再び、TEPCO(東京電力)のCМをサンプルに使う。
デンキデンキデンキと暮らすなら
太陽光パネルと蓄電池
まさかの初期費用0円です
元歌『かたつむり』は4/4拍子である。ところが
デンキ|デンキ|デン|キと|暮ら|すな|らー|ー〇|
みたいにそのCМでは歌われている。つまり、一拍子。それもイラッの一因かも。〇は休符。
一拍子なんてあるのかとお思いかもしれないが、できることはできる。四拍子を二拍子で演奏することもできるし、逆もできる。このCМの歌には、つまり、拍はあるが拍子はない。もちろん、リズムもない。
拍というと、同じ字を使っているのでn拍子の拍子と同じように感じるかもしれないけど、それも違う。拍は、それだけでは、脈拍の拍に近く、しかも不整脈もある。
また、ちょっと別の言い方をすると、上記の「|」と「|」の間が実は均等なのであって、そこにどういう長さの音(音符)を詰め込むかということなのである。
私たちは、たとえばロマン派の音楽は、拍に関して割合自由だと思っている傾向があり、バロック期の音楽は拍に関する規制が強いと、なんとなく思っている。が、それも違う。
若いころ、コンピュータ関係の音楽のムックを編集した。そのなかで、コンピュータに音楽を演奏させると、なんでヘンテコに聴こえるかという記事をつくるにあたり、執筆者とかたらって、実際に計測したことがある。当時の、コンピュータでつくる音楽は本当にヘンテコだったのである。
計測するために、映画のサウンドトラックを使った。映画は、オプティカル・トーキー(光学トーキー)というものに音を記録し、それを再生する。これなら目に見えるから、それを利用した。
素材は、『フルートソナタ』(JSバッハ)。これは一部分で、フルートのソロになるところがあり、その部分を使用したのである。
譜面で見ると16分音符が延々と続くのだが、その音を可視化し、実際に見てみて、ビックリした。演奏された16分音符は、短いものと長い音とでは、倍近く違う。しつこいようだが、全部16分音符である。もちろん耳で聞くと、16分音符の連続に聞こえる。
実際には伸び縮みするのである。それを、私たちは均等に聴いているに過ぎない。
「日本語のリズム?(0406)」以来、いろんな話をしているように見えるだろうが、朗読の専門家である我が畏友その2の持論「新劇俳優、アナウンサーの日本語は気持ちが悪い」を、一貫して解明しようとしている。
いまは知らないが、昔は、演劇のコースでは、「いえあおうおあお」「きけかこくこかこ」などと発音、発声の訓練をしたものだが、アクセントを付けず、明瞭に言うことを要求された。アナウンサーでも同様だったと聞いたことがある。
これは、よく考えると、一生懸命気持ち悪くしゃべる訓練をしているようなもんだね。
つまり、日本語の一音=かな一文字=一拍という迷信にとらわれていて、さらにオーラルとリテラルを同じように扱えると思っているゆえの気持ち悪さだということになる。
オーラルはアナログ、かなはデジタル(0409)
本日も、「新劇俳優、アナウンサーの日本語は気持ちが悪い」の解明を別の角度から行う。
かながデジタルであるのに対し、オーラルはアナログ、つまり無段階である。
このことは、まず、日本人の英語学習、ことさら発音、聴音において、おそらく最大の難関になる問題、ℓとrのお話から始めるとご理解いただきやすいかと思う。
日本語のラ行の音、子音「ル」は、ℓともrとも違う。
ℓは、前歯の根元に舌先をあてることで得られる。日本語の子音「ら」はもうちょっと手前、硬口蓋の真ん中あたりにあてる。ℓのあてるはあてるでかまわないが、子音「ル」はあてるというよりもタップである。英語のrでは、もうちょっと奥に舌先が来るが、軟口蓋には触らない。これだけ違う。
日本人には、子音「ル」、ℓとrは、日本語を使っている限りにおいてはまったく区別されない。つまり、日本人が「ラリルレロ」を発音するときには、子音「ル」、ℓとrのいずれかの子音(あるいはその中間。つまり無段階)を使ってもまったく問題にされず、それは個性になってしまう。せいぜいが、この人が言う「ランドセル」はちょっとヘンだねくらいだ。
だが、英語のスピーカーの間では、ℓとrはまったく違う音であり、おそらく混同すらしないはずである。
もうひとつ、オーラルがアナログである例として、韓国語を挙げる。ああ、あらかじめ申しあげておくと、韓国語の表記ではデジタルである。あたりまえだけど。
韓国語の破裂音(p, t, k)と破擦音(ch 系)には、三項対立なるものがあり、それらは平音、濃音、激音と呼ばれ、区別される。「かな(ハングル)」自体が違う。
これらの区別を説明するのはむずかしい。日本語で「これは…」と言うときの「こ」はほとんど平音であるが、「この野郎!」というときの「こ」はほぼ激音である。「バカヤロー!」の「カ」は間違いなく激音である。
濃音はむずかしい。説明もむずかしい。そーっと言うと、濃音っぽい感じにはなる。
ながながと音韻のお話をしたが、申しあげたいことは、オーラルでの日本語の「か」にはさまざまな「か」があり、それは、文脈、感情など、さまざまな理由から揺らぐというのが申しあげたかったことだ。発音された後のことで言えば、ある帯域に入っていれば、それは「か」と認識される。
それに対して、「いえあおうおあお」みたいな発音、発声訓練を重ねると一様な発音になっていく。
昨日お話しした拍、拍子に即して申しあげれば、一本拍子になっていくということである。
つまり、このように訓練することにより合成音声のような感じになるということだ。拍で言えば一本拍子、音韻で言えば一様な発音。これが気持ち悪い日本語の、大きな要因になる。つまり、前述のような発音、発声訓練をしている人は、一生懸命、気持ち悪い日本語を話せるように訓練していることになる。
では、一本拍子、一様の気持ち悪さから逃れるにはどうどうしたらいいのかと言えば、それは1/f揺らぎである。
絵画でも、音楽でも、スピーチでも、あらゆるものと言っていい領域で、気持ちのいいものは1/f揺らぎが関与していると思われる。
1/f揺らぎの説明は結構大変なので稿を改めることにさせていただいて、本日の結論は、一本拍子、一様が気持ちの悪い元凶だとご理解くださればいい。
ファシズムがだめなのも、一本拍子、一様が価値だからだ。
ただ、合成音声は1/f揺らぎなどを取り入れ、徐々に気持ちの悪いものから脱しつつあるような気がする。
ファシズムがだめなのに対抗するのは、多様性である。
言葉に実体が呪縛される(0410)
昨日までは、「かな」に音声が呪縛されるというお話だった。本日は、言葉に実体が呪縛されるという話で、これは、言葉に理念が呪縛されると言い換えても同じことである。
『日本語はひとりでは生きていけない』(大岡玲)は、タイトルにひかれて読み始めた本だ。いま、1/3くらいまできており、漢語の影響を論じている。
考えて見れば「ひとりで生きられない」のは、どんな言語でもそうであり、ひとり日本語だけの話ではない。生きている言語である限り「ひとりで生きられない」。「ひとりで生きられる」言語は、サンスクリットとかギリシャ語とかラテン語くらいだ。ああ、死んでいるからそもそも生きてないね。
さて、同書で途中、近代日本語(翻訳語)に触れているところがある。近代日本語に、私は30代の真ん中くらいから興味を持ち、自分なりに調べたりしたことを「近代日本語に着目した理由0406(24)」から20回くらいでお話ししている。
本日は、その周辺のお話をする。「自由」と「Liberty / Freedom」が演題である。
「Freedom」という語は、『べラフォンテ ニグロ・スピリチュアルを歌う』で知った。小学6年だったと思う。『Oh, freedom』はB面の一曲目だった。
And before I'd be a slave
I'd be buried in my grave
And go home to my Lord and be free.
この歌の主人公は奴隷の境遇だが、死んで主のもとに行けば自由になれると歌う。だが、べラフォンテは、「かつて奴隷だった私たちは、いまは自由だ」と高らかに歌う。もちろん、歌詞は一緒であるが、そんなことは、小学6年生だって聴けばわかる。
忌野清志郎『自由』は、
俺は付き合いにくいぜ 誰の言うことも聞かねえ
で始まる。「俺は好き勝手をする」という宣言に聞こえる。だが、清志郎のことなので、これは反語なのかもしれない。
「Liberty / Freedom」を「自由」と近代日本語にしたのが誰なのか、いまの私にはわからないのだが、この近代日本語はどこから持ってきたものなのかも同様にわからない。『後漢書』からだという話は聞いたことがあるし、仏教用語であるというのも聞いたことがある。両方にあるのかもしれない。
だが、字がいかにもまずい。「自ら(おのずから)に由る」などと、自然権のような雰囲気である。あっ、自然権ではないと申しあげているわけではないよ。自然権ではあるものの、長い間奪われていたと言いたいだけである。
でも、「Freedom」は、べラフォンテ先生によれば、「隷属からの解放」であって、その解放を高らかに歌いあげるべきものである。
この差異が、英米、日本の差に影を落としているような気がしてしかたがない。
そのひとつの証拠に、「自由をはき違えている」という言い方があり、これはずい分と耳にした言い草である。私なんかも何十回となく言われたクチである。だが、「Freedom」はどうやってもはき違えられない。対立項として、「隷属」があり、それは圧倒的なものだからだ。
この差が、「日本はひとりでは生きていけない」になっているのではないか。言葉は、文化が相互に干渉する限り(間違いなく相互干渉している)「ひとりでは生きていけない」が、独立国は「ひとりでも生きていける」ものであるはずだし、それを本来模索するべきなのではないか。私にはそう思われる。
