シェアハウス・ロック(or日録)2505中旬投稿分
爺さんのなかにも少年がいる0511
私には、ふたり子どもがいる。
長女が3歳くらいのころ、彼女がなにかをやっているのを見て、私はあることを発見した。これはなかなかの発見だと思うので、引用風に書く。
少女のなかにはおばさんがいるが、
爺さんには少年が保存されている。
たぶん、我が長女がなにかの動作、たとえば、タオルを絞り、その後、手に挟んでぽんぽんと叩いたとか、おそらくそんなことで感じたことなのだろうと思う。そう思ってから、より注意して観察したところ、観察すれば観察するほど、この思いを強くしていった。
2歳下の長男のときにも、公平を期すために、彼のなかのおじさん性を見ようとしたのだが、それは果たせなかった。
この話をすると、女性はたいがい怒る。「婆さんのなかにだって、少女は存在する」と言って怒る。だが、それは間違いだと思う。
この話を、『隆明だもの』(ハルノ宵子)のなかに登場するKさん(しばらく、本当に仲良くしていたのだ)にしたところ、「それはそうかもしれないけど、少女婆ぁってのもいるよ」と返ってきた。
なるほど、確かに少女婆ぁはいる。ただし、これは、婆ぁであり、かつ少女でもあるという生態を示す不可思議な生物である。代表選手は、森茉莉さんだな。
一時、私は森茉莉さんに凝り、ずいぶん小説、エッセイを読んだ。この人も、『恋人たちの森』では少年愛丸出しであり、ヴィスコンティあたりが書いたと言っても通用する小説だし、『贅沢貧乏』は少女婆ぁ丸出し。今回、確認のためにネットで調べたが、若いころはきれいだったんだね、茉莉さん。
私は、残念ながらお婆さんになってからの森茉莉さんしか知らないし、そういう写真しか見たことがなかったのだ。
誰に言った言葉だったかはわからないが、美輪明宏さんが、
私、あんなきれいな人の側になんか行けないわ。
と言ったという。美輪明宏さん、「見えている人」なんだなあ。その言葉を聞いたか読んだかしたときに、そう感じたことをおぼえている。
森茉莉さんは若いころフランスで生活していた期間があって、そんなことで、たぶん雑誌かなんかで美輪さんと対談をさせようとした編集者に向かって言った言葉なんだと思う。
少年に「幽玄」を見る0512
私が少年に過剰に思い入れをする理由のひとつとして、「幽玄」がある。「わび」「さび」に並ぶ、日本型の美意識の「幽玄」である。ただ、これには若干の解説が必要だ。
「幽玄」は、通常辞書には、1.物事の趣が奥深くはかりしれないこと 2.趣きが深く、高尚で優美なこと 3.気品があり、優雅なこと などと出て来るが、こんなこと言われたって、なんのことやらまったくかわからない。この説明では、「もやもやとしているが、なにがなしにありがたい感じがする」程度のことしかわからない。
明石散人という、なんだかおもしろい人がいて、私はこの人のファンではあるのだが、おっしゃることをあまり信用はしていない。その明石さんが、「幽玄」はものの始まり、誕生のことであり、それが古びてくると「さび」になり、さらに古びると「わび」になり、これが時間の経過をともなう日本型の美意識であると言っている。これは、一定程度の説得力があるし、前々回紹介した朱熹(朱子)の詩にも通ずるところがある。
これに対して、西欧型の美意識の中心にあるのは、「永遠」なのではないか。
あっ、年金生活者の分際で、偉そうなことを言ってしまった。
次にお話しすることは単純明快。
『風姿花伝』(世阿弥)の中心概念は「幽玄」である。その「幽玄」を現出する演者の心がまえ、それを演者の側の時系列に沿って書いたものが『風姿花伝』であると言っていい。
この原稿を書くにあたって、我がシェアハウスの本棚にあるはずと思い、『風姿花伝』を探したが、見つからなかった。あれは、岩波文庫の星一つで、ごくごく薄い本なので発見できなかったのだろう。捨てるわけはない。
仕方ない。ネットで検索して、ホネの部分をそのまま紹介する。カッコ内は私の補足であるし、若干リライトした。私の頼りない記憶とも齟齬はない。
・幼年(7歳あたり)
この年頃は、自然にやることの中に風情があるので、自然に出てくるものを尊重して、子どもの心の赴むくままにさせたほうが良い。良い、悪いとか、厳しく怒ったりすると、やる気をなくしてしまう。(世阿弥のことば:7段階の人生論)
・少年前期(12〜13歳より)
12〜13歳の少年は、稚児の姿といい、声といい、それだけで幽玄を体現して美しい。この年代の少年に、(世阿弥は)最大級の賛辞を贈っています。しかし、それはその時だけの「時分の花」であり、本当の花ではない。だから、どんなにその時が良いからといって、生涯のことがそこで決まるわけではない、と警告もしています。(世阿弥のことば:7段階の人生論)
とにかく、幼年、少年を世阿弥は絶賛、礼賛している。
『風姿花伝』は演劇書、理論書と言われるが、どちらかと言えば芸談、心得といった側面が強く、
少年期の華やかな美しさに惑わされることなく、しっかり稽古することが肝心なのです。
などと、世阿弥はすぐに言い出すのである。
さて、少年期から後は落ちていくばかり。
老年期に入ると、
麒麟も老いては駑馬に劣ると申すことあり。
などと、スカタン言われる。だが、「しっかり稽古さえすれば」、
能は、枝葉も少なく、老木になるまで、花は散らで残りしなり。
だそうだから、まあ、あまりガッカリせずに、心を強く持って生きていくことにする。
ああ、付言すると、少年愛のところだけ抜き出したんで、それ以外にも世阿弥は「秘すれば花」など、重要なことをたくさん言っている。
囀りと地鳴き0513
鳥の鳴き声には、囀りと地鳴きがあるという。ウグイスの「ホーホケキョ」は囀りで、求愛信号である。
もう一方の地鳴きのほうを言語ではないかと感じ、それを研究しているのが鈴木俊貴さん(東京大学准教授、動物言語学者)だ。
昨年、『週刊文春』で阿川佐和子さんと鈴木さんが対談し、それを「動物に言語はあるのか10717(24)」で紹介した。まず、それの抜粋。
上空をタカが通り過ぎたときは「ヒヒヒ」と鳴き、ヘビが来たときは「ジャージャー」と鳴くという。
ホントかよ、とまず思うが、スピーカーで「ジャージャー」を流し、反応を観察したら、シジュウカラはヘビがいそうなところを探したという。でも、これだと「ジャージャー」=「探せ」の可能性も排除できないので、木の枝に紐をつけて動かし(つまり、「疑似ヘビ」)、「ジャージャー」ありなしで実験したところ、「ジャージャー」ありで有意に反応したという。
つまり、「ジャージャー」=「ヘビ(単語)」ということになる。これは、分節化といい、実は非常に高尚な操作である。
と私は書いたのだが、その段階(『週刊文春』を読んだ段階)では、実験観察の詳細はわからなかった。
このたび『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊貴)を読了したので、この抜粋部分の補足を、同書から紹介する。
上記の「疑似ヘビ」実験では、木の枝を木に這わせた。
だが、「ジャージャー」は好奇心を喚起する声の可能性も排除できない。つまり、前回紹介したときには、「なんかこう、ウオッ!」とでもいった、『言語にとって美となにか』(吉本隆明)の用語になぞらえると、「自己表出」100%の言葉というか、叫びというか、そういったことである可能性を否定できない。つまり、同書の用語を使うと「指示表出」、指示性がなければ言語の要件を満たさないことになる。
ところが、ハシブトガラス、ホンドテン、モズなど、他の天敵には、シジュウカラは「ジャージャー」を絶対に使わないという。これは、「ジャージャー」=ヘビをかなり裏付けることだ。
また、「疑似ヘビ」を地面に這わせたときにも「ジャージャー」だったというし、「疑似ヘビ」を枝に吊るし、それを振り子のように動かしたときには、「ジャージャー」を使わないという。
ただし、この「疑似ヘビ」は、一羽につき、一度しか有効ではない。二度目からは、もうおぼえたのか、「ジャージャー」とは言わなくなるそうだ。
あるとき、鈴木さんがフィールド調査をしているとき、「小さな猛禽」と呼ばれるモズの雄がシジュウカラの比較的近くの枝にとまった。彼は、尾羽をぐるりと回す。これは、攻撃の前動作である。鈴木さんが心のなかで「危ない! みんなで逃げろ!」と叫んだ瞬間、ある一羽が、「ピーツピ・ジジジジ」と鳴き出し、それに呼応して、シジュウカラ、コガラ、ヤマガラが集まって、羽をバタバタさせモズを威嚇したという。モズは退散し、めでたしめでたしなのだが、ちょっと感動的なのは、「ピーツピ」(天敵を追い払うときの声)、「ジジジジ」(仲間を集めるときの声)を「文」のように使用していることである。
これは、二文節語である! シジュウカラには、我が長女1歳児時点と同等の言語能力があることになる!
また、コガラ、ヤマガラには、シジュウカラの言語がどうも通じるらしい(これは、『僕には鳥の言葉がわかる』に明記されていた)。
前述の、「自己表出」「指示表出」にまつわることを、鈴木さんは次のように言っている。
それまでにも、多くの動物学者が、ベルベットモンキー、ミーアキャット、プレーリードッグ、ハンドウイルカなどの鳴き声を調べてきた。しかし、ある鳴き声が内的な感情ではなく、外的な対象物を指示し、聞き手にそのイメージを想起させることを明らかにした例は一つもなかった。(p.183)
それを鈴木さんは、実証したことになる。
「言語化」に違和感0514
とりあえず、「『言語化』に違和感」は、当ノートで多くの方が、「言語化」「言語化する」という言い方をしていることに対して、私は、若干の違和感を感じるということである。
つまり、今回も前回に続き、言語ネタになる。
私は、前回申しあげた「なんかこう、ウオッ!」を、言葉にするときにこの言葉=「言語化」を使う。もっと言うと、「前意識」「無意識」を言葉にすることを言語化と呼ぶ。
あるいは、もっと初源的なところで、たとえば古代人が海を初めて見て「うっ」と言った(かどうかはわからないが)のを、さらにその先に「うみ」という言葉をつくりあげた瞬間を「言語化」と呼びたい気がする。
だから、当ノートで皆さんがおっしゃる言語化は、私の用語では文章化であるし、「文面にする」程度でいいのではないかと思う。それとも、私が知らないだけで、いまではこういう局面で「言語化」という言葉を普通に使うのだろうか。少なくとも私は、こういうふうに「言語化」を使うのを、ノート以外の、たとえば新聞でも、ましてや書物でも読んだ記憶はない。
でも、「文面」ではなんだか、提案とか、陳情とか、訴訟とか、仕事関係か、お役所関係のなにやらを書くという感じがしないでもない。また、文書化では、どことなく平板な感じがするので、それで言語化なのだろうか。
私の考えでは、言語はまずオーラルであり、それを単純に文字にすることが文書化である。この考えは、非常にすっきりとしていると思う。つまり、オーラルになった瞬間には言語化は済んでいる。
なんかこう、言いたいことが頭のなかでもやもやしていて、それに対して言葉が見つかり、その言葉を手がかりに文章を紡いでいく。これだと、やや「言語化」という気がしないでもないが、それでも私の感覚では、「文章化」のほうがしっくりくる。
ただ、「『言語化』に違和感」などと言い始めてしまったので、言語についてもうちょっと真剣に考えてみて、このお話は再チャレンジしてみようと思っている。
とりあえず、今年春の古本市で買ってきた3冊100円の一冊『言語と無意識』(丸山圭三郎)を、その手がかりとして読み始めている。これは、タイトルこそ啓蒙書っぽいのだが、読んでみたらなかなかどうして、話があっちに行き、こっちに行き、非常に刺激的な本である。もうすぐ一回目を読み終わるのだが、もう一回読んでみようと考えている。
文化人類学では、どこかのネイティブの村などの調査は、私が知っているころは、だいたい2年がワンセットだった。1年目は無我夢中で言語、習俗、風習、習慣、行事など、追いかけるだけで精いっぱいだが、2年目になると、一応一通りは経験しているので、予習は済み、復習的にことにあたれる。
これと同じことで、2度目になれば、深い意味まで理解できるのではないかと思っているのである。
それに、私にとって丸山圭三郎さんは、ソシュールの案内人だった。ソシュールの言語論は、素人の私が言うのもおこがましいが、おそらく現在でも最先端を行っていると感じる。
「言語化」と言っていたあなた(複数)、こういう風に勉強してみるきっかけをくれて、ありがとうね。
「なんかこう、ウオッ!」の解説0515
前回出てきた「なんかこう、ウオッ!」についての補足説明が今回である。
まず、原始人が、なにやらわからないが「常ならぬもの」を見てしまい、ビックリするところをご想像いただきたい。このときに、頭のなかに浮かぶのが、「なんかこう、ウオッ!」である。これは「ワッ!」でもいいのだが、「なんかこう、ウオッ!」のほうが前言語的な雰囲気が出ているのでそうしている。ただ単に「ワッ!」だと、感嘆詞と思われかねず、感嘆詞だったら、言語のはしくれになってしまう。このあたりが、言語で言語について考えたり、表現したりすることの最難関である。
また、頭のなかで「なんかこう、ウオッ!」であっても、声に出すのは「ギャー!」とか、「ウギャー!」だろう。でも、これもまだ言語に届いていない。
概念(=「なんかこう、ウオッ!」)を言語でちょっとでも宙づりにできたらしめたもので、それをさらに別の糸で宙づりにし、空中楼閣のようなものをつくる。それで、一応概念は頼りないながらも言語の糸に乗っかっていることになる。これがさらに進めば、意味が縦糸、言語が横糸の織物のようなものができあがり、言語体系、意味体系ができる。
それ以前の、さらにずっと以前の段階が今回のお話とお考えいただきたい。
我が長女は、「わたし たべる」などの二文節語を、1歳前後でしゃべった。これは相当に早いと思う。我が長男はずっと奥手で、3歳くらいにやっと二文節語を話すようになった。
ふたりとも、それまでは一単語、それも指示の機能の一単語のみだった。
長女の二文節語はごくごく普通の二文節語だったのだが、長男の二文節語は相当に風変りだった。
一文節目は名詞(自称詞)なのだが、二文節目がなんと(!)助詞だったのである。
「ウィくん」と彼は自分を呼んでいたのだが、「ウィくん が」「ウィくん に」などと、助詞を加え、二文節語を駆使し始めたのである。
前者は、彼がなにかをやろうとして私が横から手出しをしたときに「ウィくん が(やる、やりたい)」であるし、後者は、たとえば、私が長女になにかを与えたときに、それに対し「ウィくん に(ちょうだい)」ということである。
ちょうどその時期、私は、早稲田大学の心理学科の院生の方々と仕事上の付き合いがあったので、「あいつ(我が長男)、相当ヘンだぜ」という形で彼らのひとりにこのことを話した。酒の席のことである。彼の返事は、「例としては少ないですが、異常というほどのことではありません」というものだった。
長い前置きだったが、この「ウィくん が」「ウィくん に」の後に続くべき内容が「なんかこう、ウオッ!」であり、我が長男は、舌も頭も回らなかったので、この段階では「ウィくん が」「ウィくん に」をオーラル化するのが精一杯で、「なんかこう、ウオッ!」を言語化できるに至らなかったのだろうと考えている。
前回の解説としては、私は、こういうふうに「言語化」という言葉を使いたいのである。
ソレがナニして、アレになる0516
昨日は、陶芸の日だった。我がシェアハウスのおばさんは欠席。
陶芸クラブのメンバーには、ふたりだけ私の翌年に生まれたものの、学年は一緒という人がいるが、だいたい皆さん年上である。先生は、85歳になる。私より10歳上である。陶芸クラブの体裁をとってはいるものの、実質は老人クラブ(笑)。
よって、昼休みなどに喋っていると、「アレをちょっとナニして…」状態になる。
以前、この現象に関し、歳をとると頭のなかの辞書を検索する速度が遅くなり、喋っている速度に検索が追いつかず、それでアレになるのではないかという仮説をお話ししたことがある。
ところがこのところ、「言語化」から始まり、「前言語的」とか、「なんかこう、ウオッ!」とか、つまり、無意識(前意識)→言語化→発語(オーラル)→文書化などということを考えていたので、「アレをちょっとナニして…」を、前言語状態に一瞬退行しているのではないかと、チラッと考えたのである。つまり、前言語状態は言い過ぎでも、それの入り口、あるいは入り口が見えるあたりまでには来ているのではないか。
おそらく「検索速度低下説」が正しいのだろうとは思うのだが、「前言語状態説」も、100%は否定できない気がしないでもない。ずいぶんと後退した物言いだが、あまり自信がないのでそうなるわけである。
でも、万が一「前言語状態に退行説」が、たとえ名詞だけにでも言えたとしたら、これはずいぶんおもしろいことになると思える。こんなことを書いていたら、一般名詞だけ、あるいは固有名詞だけ退行するということは、あり得ることのような気もしてきた。
現在ではfМRIなどが使えるので、たとえばアルツハイマー症の状態など、相当程度可視化できる。だから、「アレをちょっとナニして…」状態を精緻に見ていくこともある程度はできるはずだ。
もしそれができれば、前述の無意識(前意識)→言語化→発語(オーラル)を後ろ向きにたどることも可能になるかもしれない。
つまり、言語の発生を、特に個体発生は逆にたどれるようになるかもしれない。そうすれば、系統発生の推測も見当がつくようになり、言語の誕生の秘密も、ある程度わかってくるのではないか。
言葉をあやつるときには、ウェルニッケ野、ブローカー野が大きく関与し、文(オーラルでも同じ)を組み立てる際には、ワーキングメモリー(短期記憶を扱う)が大きく働いていると言われるが、「アレをちょっとナニして…」状態を詳細に見ていけば、言語喪失の初歩の初歩の秘密がわかり、逆に、それがわかれば言語獲得の初歩の初歩もわかるようになっていくのではないかと考えたというか、妄想したわけである。
でも、脳って協働しているというか、一部分が損傷しても他の部分が代替的に働いて、かなりのところまで回復するとも言われているので、これも見果てぬ夢かもしれないなあ。
そんなことを考えながら、昨日も陶芸クラブで片口をつくっていたわけである。片口ばっかりつくっているので、あと一年もすれば、人さまに差しあげられるようなものがつくれるようになりそうな気になってきている。
『BOSCH/ボッシュ』10517
昼間、頭も体もさんざん酷使して疲れているので、夕食後、おじさんがリビングでテレビを見るのを終了し、自室に引きあげた後、今度は私がリビングに降り、プライムビデオを見ることが多い。プライムビデオでもまったく頭を使わないこともないのだが、それでも、受け身のメディアだから、こっちが前のめりにさえならなければ、割合にスルーで見られる。こうなったらこっちのものである。眠っているのとあんまり変わらない。リクライニングチェアに座っているから、頭も体も休まる。寝るのより休まる。、
ここのところ見ているのは、ほとんど『BOSCH/ボッシュ』(原題:Bosch)である。これは、マイクル・コナリー原作のロサンゼルス市警の刑事、ハリー・ボッシュを主人公とするミステリー小説「ハリー・ボッシュ・シリーズ」のテレビドラマ化作品だ。
2014年初頭に先行版が公開され、それに対する反応を下敷きにしてシリーズ化されたドラマシリーズである。「シーズン」が7あり、そのそれぞれに「エピソード」が10程度ある。つまり、週一のテレビドラマであれば、3年分ほどになる。
これがおもしろいと言っているわけではない。でも、まあ、おもしろいと言えばおもしろいのかな。毎日見てるもんな。
でも、なんの役にも立たない。私も、世の中のお役にはまったく立ってないので互角である。あっ、でも一個だけ役に立つことがある。一日に3本くらい毎日見ているので、英語をだいぶ思い出してきた。でも、思い出しても使うとこがないので、役に立たないと言えば、やっぱり役に立たない。
どうも、年寄りの話てぇものは、回りっくどくていけません。(Ⓒ三遊亭圓生・六代目)
突然だが、お話ししたいのは、ジャズ・ネタである。マイクル・コナリーがジャズ好きなのか、やたらジャズの話が出てくる。
私が感動したのは、ボッシュが警察の証拠保管庫に来て、係員に「これこれの証拠品を出してくれ」と言うときに、FМ放送かなんかを聴いていた係員に、「悪いけど、音を大きくしてくれないか」と頼むところだ。けげんな顔をした係員に向かい、「もうすぐベン・ウェブスターがソロをとるんだ」と言う。ジャズ好きは単純なんで、こういうセリフにぐっときてしまう。
いまの話が『BOSCH/ボッシュ』中のジャズ・ネタでは最高峰だが、人から貰って、飼っている犬にボッシュはコルトレーンと名付けた。好きなんだろうなあ、ジョン・コルトレーンが。ところが、アウトオブシリーズの「Ligency」で助手めいたことをやっているモーという人は、ソニー・ロリンズのファンである。こういったあたりが、シャレているし、ジャズ好きにはなんとも嬉しい。
ボッシュは、飼い犬にコルトレーンと名付けたが、私は、猫を飼って、それにモンクとつけたい。これは、塚本邦雄さんが、子猫にユダとつけたのに比肩する傑作だと思うのだが、こういう話ができるやつらは、もうみんな死んでしまったなあ。セロニアス・モンクと塚本邦雄を知らなかったら、この話、おもしろくもなんともないもんな。さみしい限りだ。
こういうひねこびた冗談をついつい考えてしまい、「あっ、(このネタを話すべき)アイツはもういないんだ」ということを噛みしめるときの寂寥感っていうのは、けっこう壮絶なものがある。(冗談の)行き場がないって感じね。
それで、しかたなしに、ここに書いたわけである。付き合わせちゃってごめんね。
『BOSCH/ボッシュ』20518
今回はジャズの話をしない。安心してくださいな。
さて、ボッシュは、映画の原作を書いたのか、映画の監修でもしたのか、そのあたりはつぶさにはわからないが、いずれにしても映画で稼いだ金で、ロスアンゼルス郊外の山のなかに、家を建てたか、買ったかした。
この家が崖から突き出ていて、その突き出ている部分を鉄骨(というよりも、アレは鉄パイプだな)で支えているという、なんとも危なっかしいものだ。まあ、ボッシュも刑事としては相当に危なっかしいので、危なっかしさでは好一対である。
さて、この家からはロサンゼルスの夜景がきれいにみえるのだが、その街の灯が、ドラマのなかで星のように瞬くことがある。これが、本日の話題である。
まず、街の灯より以前に、なぜ星は瞬くのか。
私が知っているのは説はふたつある。
・星が瞬く理由・その1
恒星は大気の揺らぎの影響を大きく受ける、光が屈折、散乱するので瞬いて見えるのである。でも、これは、星の立場から言ったら、我々の目に届くまでの行程での、空気の粗密の影響だな。
・星が瞬く理由・その2
恒星は点光源であるから、網膜の細胞(受光器)のひとつだけで感知することになる。ちょっとした加減で、その感知する細胞が一個隣の細胞になることもある。その際スイッチのような「切り替え現象」が起こるためちらつきが生じ、それが瞬きの原因となる。
いまでは、「その1」説のほうが優勢であるようだ。宇宙ステーションから見たら瞬かないとか、そういったことによるのだろう。
ところで、大気圏は対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に分けられ、そこまでで500km。一方、国際航空連盟(FAI)は、高度100kmから外を宇宙と定義している。つまり、「その1」の原因の大気は、おおむね100km分ということになる。
ロサンゼルスは、関東平野とほぼ同じ広さであり、関東平野で考えると、東京-小田原、東京‐水戸がそれぞれだいたい100km。
つまり、ボッシュの家から光源はせいぜいその半分の50kmである。大気の揺らぎの影響を受ける距離ではないと思うが、いかがなものか。
だから結局のところなぜ瞬くのかはわからないのだが、『BOSCH/ボッシュ』でロサンゼルスの夜景の灯が瞬くのは、おそらく「その2」の理由のほうだと思う。つまり、テレビ画像のピクセルを「理由・その2」のように、「こっち」「隣」と移るために瞬くのだと思われる。
だから、いまではあまり言われない「理由・その2」のほうも、捨てがたいものがある。
ちなみに、夜空に星がひとつだけ見えるとき、その星はほぼ金星であり、金星は地球から近く、面光源になるので瞬かない。夜空に星がひとつだけ見えているときには、ちょっと注意して観察してくださいな。
なお、恒星は点光源と言ったが、これは単に距離の問題であることは言うまでもない。
でも、ここまで書いてきたら、「その2」のほうが信憑性が高い気になってきたな。
『鶴八鶴次郎』(川口松太郎)を読む0519
しばらく前に、それまで一貫してわからなかった義太夫(文楽)の三味線が、素浄瑠璃の会で聞いたときに、初めて多少なりともわかったような気になったと書いたことがある。20年弱文楽の東京公演には必ず通っているにもかかわらず、情けないことに、三味線がなにをやっているのかが、いまだにほとんどわからないのである。なまじ西洋音楽を多少知っているので、それが邪魔をしているのかもしれない。
寄席の下座の音楽も、三味線と太鼓はわかるものの、笛がよくわからない。あの笛は、いったいなにをやってるのだろうか。
それを読んだ我が畏友その1が、「『鶴八鶴次郎』を読んでみたら」と勧めてくれた。前述のノートの記事には、「それでもまだわからないけど」などと書いたので、それで勧めてくれたのだろうと思う。
このたび読了したので、今回はその報告。
まず、川口松太郎は、私、初体験である。図書館から借りてきた本は光文社文庫で、表題作『鶴八鶴次郎』のほか『風流深川唄』『明治一代女』が収録されている。
感想を一言で言えば、「名調子!」である。
『鶴八鶴次郎』は、鶴八(三味線)、鶴次郎(大夫)の物語で、互いに憎からず思っているふたりの人生模様と芸の道が交錯する話である。あっ、わかりにくいかもね。鶴八が女性、鶴次郎が男性である。
ただ、『鶴八鶴次郎』は基本的に芸談であり、それに人間模様がからむもので、私が「義太夫の三味線がわからない」というのは、そんな高尚な話ではない。三味線のメロディラインが、なにがなんだかわからないといった、もっともっと低劣な話である。だから、なんだか「星はなんで瞬くの?」(まだ、前回の影響が残っているな)と聞いた幼稚園児が、宇宙物理学の本を勧められたようなものだなあ。
それに、私、こういう話、つまり、男女の機微とか、人生の機微とか、そういうのにうといので、そこんとこでも高尚にすぎる。
川口松太郎は1899年(明治32年)生まれ。池波正太郎さんの人生の軌跡に、だいぶ似通った生まれ育ちである。歳は20歳くらい違うけど、おふたりとも浅草区生まれだしね。
それなら、せっかく勧めてくれた畏友その1はミスリードだったのかと言えば、そんなことはない。けっこう楽しく読ませていただいた。
『風流深川唄』に、不愛想(ぶあいそ、とルビ)、小人数(こにんず(同))、他所(よそ(同))、猪口(ちょく(同))、お目当て(おみあて(同))などと出て来るが、これだけで私、相当に嬉しくなってしまった。江戸川区の小岩という場末の生まれ育ちであるにもかかわらず、幼少のころには、こういう江戸弁の語彙を駆使するご老人が、身の回りにずいぶんいたのである。「市電のチケツ」とかね。「映画の木戸銭」とかね。
『明治一代女』は、お梅という芸者さんが主人公だが、これは実話が元ネタになっている。小説のほうは叶家のお梅さんだが、実話のほうは花井お梅さんだ。どっちのお梅さんも、人を殺めてしまった。
花井のお梅さんは、当時、けっこう有名人だったらしい。それで、『明治一代女』だ。だが、粗筋の粗筋といったあたりだけが借り物で、川口松太郎の『明治一代女』は、ほとんどが川口の創作である。
『明治一代女』という歌謡曲がある。「浮いた浮いたの浜町河岸で」という歌詞で始まるものだが、これは実話とも、川口松太郎の『明治一代女』とも、なんの関係もないもののようだ。こっちはタイトルだけが借り物だな。
川口松太郎は、後に新派の総帥のような立場になったが、それあってか、人生、人情、愛憎の機微がまことに細やか、かつ濃厚で、私にはちょっと胸やけがする。
私、料理も薄味が好きで、だから江戸、明治を舞台にしても、もっと淡白な、たとえば杉本章子さんなんかのほうが好きである。今度畏友その1に会ったら勧めてみるかな。杉本章子さんに関し、私の自慢は、『東京新大橋雨中図』を、直木賞を受賞する前から友だち連中に読め、読めと勧めていたことである。
あっ、一個言い忘れた。直木賞の第一回目の受賞者は川口松太郎で、受賞対象は前述の作品群である。
【Live】キャベツの芯入りの炒飯0520
以前、炒飯をつくる際、ご飯が足らない場合に、コーン(缶詰)を加え、増量を図ることを書いた。そのときに、野菜炒めなどをつくったときにキャベツの芯をとっておき、それをコーンの代わりに加えたらいいんじゃないかと思いついたことも書いた。
これが、先週の土曜日にやっと実現した。結果はなかなかよろしいというか、むしろ非常によろしいというものである。
それまでは、私なりに計画を立て、キャベツを使ったときに芯を取っておき、あと少しで実行に移せるなどと考えていたが、思わぬ伏兵がいた。我がシェアハウスのおばさんである。伏兵は常におばさんだ。
たとえば、明日の昼飯時に実行に移せる、じゃあ、今晩の夕飯時にはキャベツを使って少し芯の量を増やしておくかなどと考えていると、必ずおばさんの弾圧があり、夕飯の支度時点では、冷蔵庫の保存キャベツ芯が捨てられている。
まあ、冷蔵庫は私の専有物ではないので、しかたないと言えばしかたない。
さて、先週の土曜日は、おばさんとその仲間が集まって、四谷で麻雀大会なるものが催された。おばさん、我が友・青ちゃんをはじめ、旅打ち仲間、その他ごんたくれが集まり、トータル10人前後が参加する。
それで、シェアハウスにおいては、昼飯、夕飯とも、おじさん、私はそれぞれに調達し、それぞれ食べることになる。
計画(というほどのことではない)は、昼に即席ラーメンでキャベツの葉っぱを使い、夜、その芯で炒飯である。
夕食で、まず私は晩酌前にキャベツの芯、タマネギ、ニンジンを刻んでおき、その後、自家製の生海苔の佃煮をチビチビ舐めながら、日本酒を飲んだ。つまみは、本当はこれくらいの量がいい。
おじさんは、どこやらで買ってきたつまみでビールを飲んでいる。おばさんが不在で、夕飯はたとえ別々のものをそれぞれが用意しても、一緒に食べることになっている。
で、お腹がすいてきたので、別途買っておいたひき肉と前述の材料で炒飯をつくった。材料をあらかじめ刻んでおけば、酔っ払って、指を切る心配もない。調理そのものは10分もあれば十分である。
コーンを入れたときは当たり前だがコーンの味がする。だが、キャベツの芯だと、特になんの味もせず、増量だけ果たせる。この無味が、なかなかの効果を発揮している。開高健先生も、「最良の味は無味である」とおっしゃっておられるし、糖質制限を言われている人たちには福音だと思う。
キャベツの芯入り炒飯、流行るかもよ。捲心菜芯炒飯なんて、いかにもそれっぽいじゃないの。どう読んだらいいかわからないけど。
ちなみに、Nadia All というところの「キャベツ人気レシピ」50選を調べたところ、捲心菜芯炒飯はなし。よし、よし。
少し多めにつくったので、麻雀、飲酒後に帰宅したおばさんに供する。おばさんは、キャベツの芯に気がつかなかったようだったが、味は好評。これで、キャベツの芯も市民権を得たかなあ。まだ油断はできないが。
麻雀大会の成績は、我が友・青ちゃんはドンべ。おばさんはおしりから3位。
