現代超訳『新未来記』(ジヲスコリデス(蘭語)、近藤真琴 訳述、明治11年 )、その8
おまたせしました。現代超訳『新未来記』第三編です。
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巴哥(ベーコン)は、第二編の末に説いたように、力を蓄える場所のことについて、ていねいに話をしてくれたので、
私はそれを聞きながら、非常に長い町を知らぬ間に通り過ぎていた。
そしてふと見ると、大きな建物があって、金属で屋根を葺いたような美しさは、言葉でも言い尽くせないほどであった。
その門の上には、大きな文字で
共学文庫
という額が掛けてあった。
これを見るとすぐに、私はこの文庫に入って見てみたいと思い、そのことを言った。
すると巴哥は、
「今日のようなよい日和に、ほかの所を遊び歩けば、おもしろいことも多いだろうに、文庫に入って書を読まず、むだに時を費やすのか」
とつぶやいた。
そのかたわらで、幻(ハンタシー)は微笑みながら、
「あなたがたはこの家に入って、心のままに学問なさい。
その間、私どもはこの家のまわりをめぐって、植え並べた並木の中に、春の初めに咲く多くの花を眺めもし、
昔と今との彫刻師が刻んだものもあるから、自然をまねる妙技が、写真の及ばないところを見てみましょう。
だから、あまり遅くなってはいけませんよ。」
と言って、外の方へ向かった。
それから私は巴哥に導かれて、門の中へ入った。
さて、その文庫の造りは、縦横十字に道を開き、軒を連ね、甍を並べ、
瓦の光は、金の龍が横たわっているかと怪しまれるほどであり、
数多くの棟は、海辺に建てられた城かと疑われるほどであった。
その広さは一つの都会のようであり、美しさは帝王の宮殿にも異ならなかった。
そのとき巴哥は、
「これほど多くの書籍ですから、すべてを見るのはたいへん難しい。
幻殿がお待ちかねなのももっともです。
あなたが最も見たいと思う学問の科を限って、おっしゃいなさい。」
と言った。
そこで私は、
「それなら、窮理学には最も不思議なことが多いでしょう。
どうか、窮理書をたくさん蓄えてある堂の中へ、私をお連れください。」
と言った。
巴哥は、
「窮理の書籍を積んである軒は非常に多いので、ひと目に見渡すことさえ難しい。
何の窮理と限られますか。」
と言った。
私は、
「動物窮理と定めましょう。」
と答えた。
巴哥は、
「ただ一口に動物と言っても、動物の類は多いので、動物窮理の書を並べた所を通り過ぎるだけでも、多くの時を費やすでしょう。」
と言った。
そこで私は、
「それなら仕方がありません。白血虫のことを書いた本を見せてください。」
と言った。
巴哥は、
「白血虫にも種類が多い。どの一種類をお挙げになりますか。」
と言った。
この言葉を聞いて、私は答えようがなく、
波の上をこいで行く小舟が、どこへ寄ればよいかもわからないような心持ちになったので、
ただ、「あなたの思うままにお連れください」
とひたすら頼み、行く先はただ巴哥に任せた。
さて、その家の中に入って歩いて行く道すがら、
役人らしい人を多く見た。
その中には、学びに来た人を親切に訓導し教授している者もあり、
また、学問する暇がなく、その科の書籍をすべて見ることのできない人のために、
要点を抜き出して抄録を作り、一心に務めている者もあった。
この所は、書を学ばせ、またさまざまな工業のことも学ばせ、そのうえ書物を著述する業までも、若い人々に教える学校であるということであった。
その次の所へ行くと、
綴じ糸のほどけた書物や、ばらばらに破れて紙くずのようになったものを、
ていねいに心を用いて、特殊な紙の上に貼りつけている人があった。
それに貼りつけたあとは、また読めるようになっていた。
昔、ポンペイとヘルクラネウムの両方の場所から取り出された書物を、このような方法で、これ以上破れないようにしたことも思い出された。
その中で、「万延元年刊行」といった表題を見たので、
これはまさしく二百年前のものだと思い、
私は思わず驚きの声をあげた。
巴哥(ベーコン)はそれを聞くと、
「十九世紀に刊行された書物は、紙の中の薬品のせいで、その紙が非常に弱くなり、長く保存することが難しかったのです。
ですから、そのころありふれていた書籍も、今の世になっては、残っているものが少なくなってしまったのです。」
と言った。
*廉道人の評
廉道人が言う。
西洋の本はどれも、一枚の紙の両面に印刷するので、便利なようではある。
けれども、破れたときに裏打ちをするのが非常にむずかしい。
そのうえ、その紙も弱くて破れやすい。
今の学者たちはこれを心配して、裏打ちをして破損を防ぐ方法を工夫しているのであろう。
幸いにして、わが日本の書籍は片面刷りであり、その紙の性質も非常に強いので、
それほど破れることもなく、たとえ破れることがあっても、裏打ちもしやすい。
ただ願うのは、洋紙のようにきめ細かく、色の白い紙を作り出すことができたなら、
かの西洋の学者たちも、さぞ驚くことであろう、ということである。
何とも惜しいことではないか。
昔の書物を書き著した人々の功労もろとも、跡形もなく失われてしまうというのは、
その時代の紙の製法が、まだ十分ではなかったからにほかならない。
このような話を聞いたとき、
もしこのことをわが時代の著述家たちに告げたなら、どれほど恨めしく思うだろうか、
と言いたくなる気持ちはあったが、言葉には出せなかった。
そこで黙ったまま、巴哥のあとについて、長い廊下を渡って行った。
やがて、一つの非常に広い座敷の中へ入った。
その座敷の四方の壁は、上から下までことごとく、緑・紅・紺・淡い黄金色の文字がきらめいていたが、みなこれ書物の小口であった。
その時、巴哥(ベーコン)は後ろを振り返って、
「こここそ、羽が二つある白血虫の理を論じた書籍を並べてある堂なのです。
この書のうち、どれでもお好きなものをお読みなさい。」
と言った。
そう言われるままに、並んでいる書籍の小口の金文字を読んでみると、
私の目の前にあるものは、どれも蠅と蚊の理ばかりを論じた本であったので、
これはどうしたことかと驚いた。
二千年の時代の学術は、これほどまでに高尚になったのか。
長年学んできた自分の知識を、今の学者に比べれば、西も東もわからない赤子にも劣るのではないか、と心に思い、また恥ずかしくなった。
どの本を見せてほしいと言おうにも、
そんな言葉を口にしたら、生半可な知識しかない者と思われるに違いない。
恥を包み隠すのは本意ではないけれども、
これほど多くの本を見渡しただけでも、もう十分である。
もし読めば、なおいっそう暇を取り、時を長く費やしてしまうだろう。
庭をめぐって行った幻君も、きっと待ちわびておられるだろう――
と言うと、巴哥もこの言葉をもっともだとして、
「文庫とは名ばかりで、実に書物の城、文章の町ですな」
というように受けて、
二人連れで、靴音高く走り出た。
その時、向こうに大勢の人が群がって来るのが見えた。
それは、さまざまな製造所で働いている雇い人たちであることが、
着ている衣服の様子でわかった。
私は尋ねた。
「あの人々は、何をしようとして、ここへ来るのですか。」
巴哥(ベーコン)は言った。
「この者たちは製造所の工人たちで、交代で一時ずつ文庫へ来て本を読むのです。
文庫の主人は、これらの者のために、その年々に必要な書を一室に集めておき、この人々に読ませるのです。
倫実尼には、とりわけ多くの製造所があるので、工人もまた非常に多い。
それゆえ、この町には、このような文庫があちこちにあって、どこもこの文庫のようになっているのです。」
