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現代超訳『新未来記』(ジヲスコリデス(蘭語)、近藤真琴 訳述、明治11年 )、その10

今回で、現代超訳『新未来記』第三編が終了します。では、お楽しみください。
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その生き物が生まれた時代の前後にしたがって位置を定め、列を決め、その骨格の似ているところによって系統を分け、
これはあれから出た種、あれはそれから分かれた種、というように順序を立てて並べ、枝葉が分かれて今の時代のさまざまな生き物になった、ということが、一目で見渡せるようにしてあった。

扇のように開いたその要に近いところでは、
互いにそれほど違ってはいないが、
末広がりになった端のほうでは、
互いにまったく違った形のものに見えた。

系派の学とは、諸貴族の系譜をたずねる学問ではなく、
地上のあらゆる動物の系統・仲間分けを調べる学問なのだと、
この時はじめて悟られた。

さても、幻(ハンタシー)は古いものを好む。
その中でもこの学問をとりわけ好むと聞いていたので、
昔といっても、まだ愚かであった前の世界に生まれた生き物の骨を、
数千年ののちに手に入れて、
これはあれから分かれ出た、あちらは古く、こちらは新しいと、
まるでその時、親の目で見ていたかのように順序立てているのは、
たいへん不思議であった。
そこで、どのような証拠があってそう言うのですかと尋ねると、
たちまち幻は言った。

「それはそうです。あなたが今の時代に発明された、さまざまな事柄をお知りになれば、この疑いはおのずから解けるでしょう。
人の霊智のすぐれているところは、見たことのない昔のことでも、まるで手に取って見るように知ることができる点にあるのです。」

まことに、今の時代の発明は、十九世紀ごろにあっては思いもよらなかったことであった。
けれども、このように文明が進んだことを思えば、
これもまたそれなりの道理があることであろう。
それを疑えば笑われるだろうと思って、
あえてそれ以上は問わなかった。

しかし、なお心に思うところがあった。
人は、あの万物の霊として、鳥・獣・虫・魚とは異なるけれども、
最も高等な獣とは同じところもある。
それならば、ここの博物館には、昔の人間の骨はないのか。
と再び尋ねると、幻は、扇形の広間の後ろのほうの部屋を指して、
「あちらへ来てごらんなさい」
と言いながら手を取って引こうとした。

すると巴哥(ベーコン)は微笑んで、

「博物好きの婦人にたぶらかされてはいけません。
日はもう西の山に入り、家の隅々もほの暗くなってしまったのですから、何がよく見えるでしょう。
われわれは家に帰ることにしましょう。
あなたは旅宿へお戻りなさい。」

と言った。
これを合図に、三人は展覧場を出た。

ここから旅宿へ至る道の途中で、たいへん不思議なものを見、旅宿に着いてからは、また珍しい声を聞く。
まさにこれは、無明の闇を照らす光が、本来つねにある影の明るさよりもなお明るく、青い海の広さを越えるほど遠い話も、美濃・近江の家の近さよりもなお近いというべきものである。
結局どういうことかは、下の巻で解き明かすのを聞いていただきたい。

*癡道人が言う。
文庫であり、博物館であり、どちらもみな人の知識を広げるためのものである。
この篇の話は、ついにここまで説き進められた。
前の篇で説いた妙技や工業が、何によって生じるのか、その根本がここに見えてくる。
世の人が長い年月工夫を重ねたとしても、学ばなければ、どうしてその成果をあげることができようか。
昔の聖人の言葉に、
「終日食べず、終夜眠らずに考えても益はない。学ぶには及ばない」
とある。まことにそのとおりである。

前の篇には写真の展覧場があり、
この篇には文庫と博物館がある。
そして、その写真の展覧場に入るときには、巴哥と幻女の二人がこれを導く。
文庫については、巴哥はそれをあまり望まず、幻女はこれを避ける。
博物館については、巴哥がこれを勧めて、そのあとでそれに従う。
そして幻女は、これをたいそう好む。
写真の展覧は、ひと目見るとすぐに出てくる。
文庫では、本を読まずに去る。
博物館では、話がついに人種にまで及んで、日が暮れたために退く。
前も後も、それぞれ趣が異なっていて、筆の一つとして重複がない。
これこそ、もっとも普通の人の及ばないところである。

この篇の中で、強いて学問に就かせるという一事は、もっとも心を留めるべきところである。
学問を勧めるのは、美しいことである。
しかし、もし表面だけを見て、ついには本末を忘れ、
飢えや寒ささえまだ免れない民に、無理にその子へ天文・地理などの学を教えようとするなら、
それはただ利益がないばかりではない。
その弊害は、どうして言い尽くせようか。
文明には順序があり、開化には段階がある。
衛の国の民がすでに富んでいた時に、孔子ははじめて
「これを教えよう」
と言った。
人を教える道は、慎重でなくてはならないのである。

新未来記 第三編 終


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