アートはもっと身近なもの?【常設展示室】原田マハ
6つの短編からなる本作。
どのお話にもアートが出てきますが、それは話のスパイスのようなもの。
人生のそれぞれを絵画と共に描く短編集。
様々な主人公たち
ある日、視界が狭くなった事に気づいた美青。
亡くなった父親の最期の日々を振り返るなづき。
年老いた母親から度々かかってくる電話の相手をするあおい。
パスポート申請窓口にやってきた初老の男性に、ときめく多恵子。
お金持ちの男性の愛人の生活を送る沙希。
美術評論家で、美貌の持ち主の翠。
様々な女性が出てきます。
出てくる女性達は強くて清々しい。
親の介護と身体の不調と
美青とあおい、なづきは40代。
美青はニューヨークの美術館に勤務しているし、あおいとなづきは大手ギャラリーで億単位の絵を扱っています。
華やかな仕事に就いている彼女達ですが、親の介護や自身の身体のことが身に降りかかってくる年代です。わたしもほぼ同世代なので、共感するところが多かったです。
アートに対する姿勢の違い
主人公達でないですが、アートへの向き合い方が様々で興味深かったです。
ピカソの画集を食い入るように見る弱視の少女。
「なんだかわからないけど、きれいだから、見てたら元気になる気がして」と雑誌に載っていた絵を切り抜いて、仕事のデスクの前に貼る女性。
高額で購入しても箱から出す事もせず、絵画を資産価値としか観てない男性。
わたしにとってアートは、敷居が高いもの、でした。
今もそう思う事はあるし、自分には理解できないものも、たくさんあります。
でも「きれいだ」とか「元気が出る」とかそんな単純な感想でもいいのでしょうね。
もちろん、「わからない」でも。
原田マハさんは、たくさんの絵と「対話」してきたのだと思います。
ヨハネス・フェルメールの〈真珠の耳飾りの少女〉
こぼれ落ちそうなほど大きなうるんだ瞳をじっとこちらに向けて、何かを懸命に訴えようとしているーと、なづきには思われた。
ー何?どうしたの?何があったの?
なづきは、心の中で少女に問いかけた。この少女は、画家によって絵の中に閉じ込められてしまったのではないか、そこから出てきたいのだ、自分を見る人すべてに助けを求めているのだーと空想した。
東山魁夷の〈道〉
「多くのものを捨てたんだと、僕は思います」
翠は、鈴木のほうへ顔を向けた。絵に向き合ったままで、鈴木は続けた。
「全部捨てた。そうしたら、道が見えて来た。この絵を見ていると、そんなふうに感じます」
〈道〉は見たことがなかったので、検索して見てみたんですが、ものすごくシンプルな作品ですね。
次回、美術館に行ったときは、ひとつの作品と
じっくり向き合ってみようかな。
わたしも絵と「対話」できるといいなと思いました。
