いずれ月のように
「こんばんは。こんな時間に女の子の一人歩きは感心しないわね」
僅かな月明りの夜、蛙の鳴き声が響く田舎道。
人に会うこともないと思っていた私は、突然声を掛けられて驚いた。
すらりと線の細い女性がそこにいた。
長い黒髪。人形のように整った顔立ち。目元に目立つ大きな泣きぼくろ。それさえもチャームポイントに見えてくる綺麗な人だった。
「誰、ですか?」
その女性は私の質問には答えず、私の前まで来るとしげしげと私を眺めた。
その眼つきに絡めとられて、私は身じろぎ一つできない。
「こんな夜更けにどこに行くの?」
彼女のその質問に私は答えることができない。ただ家に居たくなかっただけで、暗がりを求めて当てもなく歩いていたのだから。
家では双子の兄の旭(あさひ)が、今日もきっと褒められている。
旭は明るくて器用で、なんだって上手にこなす。皆に好かれている。名前のとおり太陽みたいな兄だ。私みたいな出来損ないの妹にも優しい。
皆は噂する。妹の光(ひかり)と双子とは思えない、と。
私もそう思う。眩しくて見てられない。
だから私は、時折こうして光を避けて夜の町を歩く。
「別にどこだっていいじゃないですか」
彼女は私の目をまっすぐ覗き込むように見つめてくる。
心の奥が見透かされるようで、私は長い前髪で隠れるように俯いて、彼女から目を逸らした。
彼女はふぅん、と一言呟くと「貴方、自分が嫌いなのね。いや、嫌いなのは名前?」と言った。
「え、どうして――」
言おうとした私を制するように、彼女は私の唇に人差し指を当て、にこりと笑う。
「私、占い師なの」
詮索しないで、という彼女の雰囲気に何も言えなくなる。
彼女は、おもむろに私の左耳に撫でるように触れた。
「美味しそうなほくろ。ねえ貴方、つらいのなら私に頂戴」
ほくろ?
確かに私の左耳には大きなほくろがあった。頂戴ってどういうこと?
そんなことを考えていると、彼女が顔を近づけてくる。え?という間もなく、私の左耳に彼女の唇が触れた。ちゅぅという小気味いい音で、私はキスされたのだと気づいた。
「は? うぇ?」
耳を押さえて狼狽をする私を見て、彼女はぺろりと唇を舐めた。頬が紅潮するのを感じる。
「大丈夫。あなたはきっと輝ける。何も太陽である必要はないでしょう」
一瞬何を言われたか分からなかった。彼女がついと顔を上げる。
釣られて空を見上げると、雲が切れて大きな満月が顔を出すところだった。
辺りが柔らかな月明りに照らされる。
「ほら、月の光だってこんなに綺麗」
彼女は腕を広げて、全身に月の光を浴びる。黒髪が月光に艶めく。
その光景にしばらく目を奪われた。
ホントだ。どうして気が付かなかったんだろう。
月がこんなに綺麗だなんて―――
それからのことは呆然としてよく覚えていない。
家族に聞けば、ぼんやりしたまま帰ってきてそのまま布団に入ったという。
朝起きて鏡を覗いてみると、不思議なことに左耳にあったはずの大きなほくろはすっかり無くなっていた。
あの日以降、心にぽっかりと穴が開いたような心地だ。
妙に寂しいけれど、風通しが良くなったような感じ。なんだか体が軽い。
思い切って長すぎる前髪を切った。後ろ髪はそのままに、あの人みたいに髪を伸ばしてみようと思う。これで私も少しは輝けるかな。
ところで、あの人にまた会えないかと思って、あれ以来色々な人に聞いてみたが、誰一人彼女のことを知っている人はいなかった。
結局彼女が何者だったのかは謎のままだ。
言ノ葉堂「第9回きっとあなたの1400字」投稿作品
