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【211】 狐の渡

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(写真は科野の国の犀川)

むかし、一人の旅人が、しなの国に旅して、みちを踏みたがへ、さいがはべりへ出ました。むかうへ渡りたいと思ひましたが、あたりに橋もなし、渡も見えず、困つてをりますと、

「もうし、旅のお人。」

といふ声がします。

見ると、いつどこからとも知らず、一人のうつくしい顔した子どもが舟をこぎよせてゐるのでした。

「渡しのコンすけといふものだが渡しの御用はないかな。」

といひますので、

「御用は大有りだ。早くわたしてくれ。」

と旅人は舟にとび乗りますと、子どもはをたくみにあやつつてむかう岸へつきました。舟をおりようとして、旅人がひよいと見ますと、へさきに立つてゐる子どものしりべたから、長いしつが垂れてゐました。

なんだ、きつねなのか、未熟な狐めが化けそこねてゐるわい、と旅人はをかしくなつて、舟を下りました。岸べりに、はびこつてゐる、くずの葉を一枚むしりとつて、何げない顔で、狐の前にさし出して、

「さてコン助さんとやら、渡し賃に小判一両あげる。さあさ、遠慮なく受けとりな。このあたりには、よく狐めがゐて人をばかすといふうはさだが、わしは狐ぢやない。くずの葉を見せ変へて、小判だなんといはぬから、よくあらためて受けとりな。さあさ。」

コン助は、えらく恐入つたやうすをしてゐましたが、きふに、旅人の手からくずの葉をもぎとるやうにして、ぷいとすがたを消してしまひました。そのあとで、旅人は、ひとり大笑ひしました。

それから、旅人は道をいそいで、夕方宿場へつきました。宿をとらうと思ひまして、目にとまつたはたご屋の門をくゞりますと、宿のあるじは旅人のすがたをつくづく見て、

「さきほど、お知り合の方だと申されて、うつくしげなお子供衆から、これをおあづかりしました。」

といつて状箱のやうなものを出しました。

「わしは、この辺には知り合なぞないはずだ。人ちがひではあるまいか。」

とふしんに思ひながら、その状箱のやうのやうなものをあけてみますと、

サツキハ、バケソコネテ、ヲカシカツタダロ、コバンハ、カヘシテヤルヨ、コンスケ。

としたゝめて、みごとな小判が一枚入つてゐました。

さてはわたしの狐であつたのかと、旅人は合点して、小判を火にあてましたところ、めらめらと焼けせてしまひました。おどろいたのは、宿のあるじでしたが、旅人から狐の話をきいて、一しよに大笑ひしました。

狐の手紙は、あるじがもらひうけて、家の宝にしてあるとかいふ話であります。

『狐の渡』(土田耕平)

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