【163】 狸とムジナ
(*写真は『今昔画図続百鬼 狸 狢』(鳥山石燕))
貉の化る事をさをさ
狐狸におとらず ある辻堂に
年ふるむじな 僧とばけて
六時の勤おこたらざりしが 食後の一睡に われを忘れて 尾を出せり
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すこしのんきな話をしてみよう。本年五月の末、十数名の元気のいい文士の一行に加わって、北海道へ海上の旅をした。船は満員で皆入込のごろ寝をした中で、長谷川如是閑と自分と二人だけは、老人というかどをもって好い船室を与えられ、自由に起臥していたのが問題になったものか、みんなが集まってがやがやしている中へふいと顔を出すと、ああ今あなたに聴いてみたらと言っていたところです。
狸とムジナとはどこがちがいますかと、藪から棒の質問であった。
そりゃ違いますよ。第一に狸は尻尾が太く、ムジナの尻尾は細い。第二には狸の毛は筆になり、ムジナの毛はならない。第三に狸は樹に登ることができないが、ムジナは木のぼりをして、小柿などをよく食うものだ。
うそだと思うなら両人を喚んで調べてごらんなさい、とまでは言わなかったが、まずこの程度の答えをしておいて、まちがっていたら後で訂正すればいいと高を括っていた。
ところが偶然なことには、六月中旬に旅から還って来てみると、留守中に『動物文学』という雑誌が届いていて、これには平岩米吉君というこの方面の研究者が、狸とムジナは同じ動物の二つの名だと、少しの但書も添えずに、明白に断定した一文を掲げている。二つの意見は対決しなければならぬことになった。がしかし私はまだ少しもまごつかないのである。
同じ問題は今から約二十年前、たしか栃木県で裁判事件となり、東京まで持って来てしかも片付かずにしまったことがある。その顛末を要約すると、県令で狸を捕った者は罰するという禁止令が出ているのに、ムジナはよかろうと公然これを打った者が告発せられたのである。
川瀬林学博士が鑑定人として控訴審に招かれ、やはり平岩君と同じに、狸狢同一説を主張せられたが、判決は結局無罪であったように記憶する。というわけはこの地方にはタヌキという言葉はなく、狸という文字は知っていても、それが土地でムジナという獣のことだということを、まだ誰からも教えられていなかったからである。
捕殺を禁止しようとするならば、ムジナと訳して書くか、少なくとも狸すなわちここでムジナという獣と、明示する必要があった。それをしなかったのだから落度は立法の方にあったのである。
『狸とムジナ』(柳田國男)
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「【160】 鳥獣戯画のニホンノウサギ」で紹介した「鳥獣戯画(模本)」を見て、何か気づいたことはないだろうか?
次章から、タヌキの謎を解き明かそう。
