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【231】 狐火

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(写真は狐火のイメージ(赤))

朝から薄曇りのした、風のない蒸し蒸しする日だった。のっぽの三公兄貴は、珍しく午後遅くまで、町の居酒屋で仲間達と一緒になっていた。

「どいつもこいつも、余り気に喰う野郎じゃあねえが、我慢してつきあってやるだ。」

酔った揚句に云ったそんな言葉が、後まで伝えられた。

四時頃彼は、からの荷馬車を引いて帰っていった。途中でまっくらになった。手にちょうちんをぶらさげて、づなを短く取って、高い大きい身体をのっそりと急ぐでもなく、何やらぼんやり考え込んで歩いていた。

ぽつり……ぽつり……というほどでもなく、小さな雨が降り初めたようだった。彼は時々立止っては、馬のひらくびを手ででてやった。

平兵衛の立場茶屋から半里ばかり行ったところに、昼間でも暗い森があった。それにさしかかった時、彼はふいにびくりとした。とたんに、森の木影から小さな姿が、提灯の光を受けた闇の中から、ぼーっと浮び出してきた。

また気のせいかな、と思いながら二足三足機械的に進むうち、そいつが大きく伸び上って、森のこずえまでもとどきそうになった。ぞーっと髪の毛が逆立つ思いに、彼はかえって無鉄砲になって、やっつけてやれと、手綱を一つぐいと引きしめながら、すたすたとぶつかっていった。

が……何の手答えもなく、馬も荷馬車も影のうちにみこまれてしまって、しいんとなった。彼は無我夢中に森を駆けぬけた。

冷たくねっとり額と背中とに汗をかいていた。づなを取ってる左の手の甲で額をひときした時、細かな雨が降ってるのに気付いた。そして何気なく空を見上げて、その眼をやった彼方のやますそに、ぱらぱらっと……消えたりついたり、よく見ると美事な狐火が、一面に押し動いていた。

おや。

見とれた瞬間に、何か明るい晴々としたものが、ふいに彼の胸の中に飛びこんできた。彼はあっと眼と口とをうちひらいたまま、思わず提灯をとりおとしてしまったが、それから先はもうおぼえないで、狐火の方へ足を宙にけ出してしまった。

真暗な中に取残された馬は、いななきもせず慌てもせず、しばらく其処に立っていたが、それからことりことり荷馬車を引いて、通い馴れた街道を自分の家の方へ、そぼ降る雨の中を帰っていった。

彼の家では、一番年上の十二になる子供が、表の戸がごとりごとり叩かれるのを聞きつけて、立っていって戸を開けると、にゅっと馬の頭がはいってきた。たしかに自分の家の馬で、荷馬車を引いて、雨に濡れてしおしおとした悲しげな眼付をしていた。

彼の姿は見えなかった。

家中の者が騒ぎ出した。やがて町の人達も騒ぎだした。噂はかいわいひろまった。がいつまでたっても、彼は戻って来なかった。それらしい姿を見かけた者もなかった。

のっぽの三公の消息は、それきり全く分らなかった。或る古老から聞いた通りに、この話をつづってる私自身にも、勿論わかりようはない。

『狐火』(豊島与志雄)

『怪物画本 狐火』(鍋田玉英)

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