【194】 くだぎつね
(写真は食肉目イタチ科イタチ属オコジョ(別名:管狐))
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「ゆうべおころを殺したのはお前だな」
「はい」と、彼女は素直に白状した。
「今夜はここへ何しに来た」
「狐を取りに来ました」
膝の上に置いた彼女の両手の爪は、天狗のように長く伸びていた。取り分けて人差指と中指と無名指の爪が一寸以上も長く鋭く伸びているのを見ると、おころの死因も容易に想像された。半七も危くその恐ろしい爪にかかるところであった。
「おまえも狐を使うのか」
「使います。おころはわたくしの狐をぬすんで逃げたのです」
お千は若いときから信州のある神社の巫子であったが、二十歳を越えてから巫子をやめて、市子を自分の職業としていた。彼女は一生独り身であった。彼女自身の申し立てによると、彼女は一匹の管狐を養っていた。管狐は決してその姿を見せず、細い管のなかに身をひそめているのである。彼女は市子を本業としながら、その管狐の教えによって他人の吉凶を占っていた。
あしかけ十一年の昔である。彼女は江戸へ出ようとして、信州から甲州へさしかかって石和の宿まで来た時に、風邪をこじらせて高熱に仆れた。それは木賃同様の貧しい宿屋に泊まった時のことで、相宿の女が親切に看病してくれた。
女はかのおころで、同商売といい、女同士といい、その親切に油断して、管狐の秘密をおころに話した。それから半月ほどの後、お千がどうやら起きられるようになった頃に、おころはかの管狐をぬすんで逃げた。
それを知って、お千は狂気の如くに怒った。彼女は病み揚げ句の不自由な身をおこして、すぐにおころの後を追いかけたが、そのゆくえは知れなかった。ともかくも江戸へ出て半年あまりも探しあるいたが、おころのありかは遂に判らなかった。
しかも彼女の決心は固かった。命のあらん限りは尋ねあるいて、どうしても管狐を取り戻さなければ置かないと、それから足かけ十一年、殆ど日本の半分以上をさまよい歩いて、ことしの六月、再び江戸の土を踏んだのである。
『半七捕物帳 菊人形の昔』(岡本綺堂)
(注記)
市子:口寄せ(イタコ)を行う歩き巫女
おころ・お千:登場人物名
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日本では、狸、狢、狐と同じく、オコジョも妖怪扱いであった。オコジョはアイヌ語らしいので、和名は管狐である。普通に本州にいるし、私は生で見たことがある。本州にいるのをホンドオコジョ亜種、北海道にいるのをエゾオコジョ亜種、とする考えもある。エゾオコジョの方が大きい、という程度にしか違いはない。
ちなみに『地獄先生ぬ〜べ〜』で、くだ狐を操るイタコの孫娘は葉月いずな。
