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【103】 福澤諭吉と改暦辨

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(*写真は福澤諭吉)

大陰暦たいゝんれきつき目當めあてにしてさだめたるこよみはふなり。つきこの地球ちきう周圍まはりまはるものにて其實そのじつは二十七日と八ときにてひとまはりすれども、地球ちきうつきとの釣合つりあひにて丁度ちやうどひとまはりしてもとところかへるには二十九日と十三ときなり。

たい陰暦ゝんれき毎月まいげつ十五日のまろつき趣向しゆかうなれども、みぎの二十九日と十三ときを十二あはせて十二箇月かつきとしては三百六十五日にらず、すなはつきすでに十二地球ちきう周圍まはりまはりたれども、地球ちきうはいまだ日輪にちりん周圍まはりひとまはりせざるなり。

此差このさおよそ二年はんあまりにして一月ばかりなるゆゑ、其時そのときいた閏月しゆんげつき十三ヶ月を一年となし、地球ちきうすゝんもとところ行付ゆきつくまつなり。

またこれをたとへばあらまし三百六十五文はらふべき借金しやくきんを、毎月まいつき二十九文五づゝの濟口すみくちにて十二はらへば一年におよそ十一文づゝの不足ふそくあり。十一文づゝ二年はんあまりもとゞこふらば大抵たいてい三十文ばかりの引負ひきおひとなるべし。

閏月しゆんげつすなはちこの三十文の引負ひきおひを一月にまとめてはらふことゝるべし。みぎ次第しだいにてたい陰暦ゝんれきしゆんしうとうせつかゝはらず、一年の日數ひかずさだむるものなれば去年きよねんなんぐわつなんにちと、今年ことし其日そのひとはたゞとなへのみ同樣どうやうなれども四季しきせつかなら相違さうゐせり。ゆゑ入梅つゆ土用どよう彼岸ひがんなどゝてのふげふせつは一々こよみざればかなはぬことなれり。

かつまたこれまでのこよみにはつまらぬきつきやうしる黒日くろび白日しろびのとてわけもわからぬ日柄ひがらさだめたれば、世間せけんこよみひろひろまるほど、まよひたねおほし、あるひ婚禮こんれい日限にちげんのばし、あるひ轉宅てんたくときちゞめ、あるひ旅立たびだちおくれて河止かはどめふもあり。

あるひ暑中しよちう葬禮さうれいのばして死人しびと腐敗ふはいするもあり。一年とさだめたる奉公ほうこうにん給金きうきんは十二月のあひだにも十兩、十三月のあひだにも十兩なれば、一月はたゞ奉公ほうこうするか、たゞ給金きうきんはらふか、いづれにも一ぽうそんなり。其外そのほか都合つがふかぞふるにいとまあらず。これみなたい陰暦ゝんれきたゞしからざるところなり。

みぎ次第しだいにて此度このたびたい陰暦ゝんれきあらためてたい陽暦やうれきにはかに二十七日のおこしたれどもすこしもあやしむにらず。事實じゞつそんにもあらず、とくにもあらず、千萬歳ののちいたるまで便利べんりしたるなり。

都すべてひとたるものつね物事ものごとこゝろとゞめ、あたらしきことおこることあらば、何故なにゆゑありてかゝこと出來できしやと、よく其本そのもと詮索せんさくせざるべからず。

其本そのもと由縁いはれをさへわきまふれば如何いかなる新奇しんきなることにてもあやしむにるものなし。此度このたび改暦かいれきにても其譯そのわけらずして十二月の三日が正月の元日ぐわんじつになるとばかりいふて、夢中むちうにこれを夢中むちうにこれをつたへなばじつおどろくべきことなれども、平生へいぜいよりひとむべき書物しよもつみ、物事ものごと道理だうりべんじてよく其本そのもとたづぬればすこしも不思儀ふしぎなることにあらず。

ゆゑ日本につぽん國中こくちう人民じんみんこの改暦かいれきあやしむひとかなら無學むがく文盲もんまう馬鹿ばかものなり。

これをあやしまざるものかなら平生へいぜい學問がくもんこゝろがけある知者ちしやなり。されば此度このたび一條いちでう日本につぽん國中こくちう知者ちしや馬鹿ばかものとを區別くべつする吟味ぎんみ問題もんだいといふもなり。

改暦辨かいれきべん』(福澤諭吉)

「つまらぬきつきやうしる黒日くろび白日しろびのとてわけもわからぬ日柄ひがらさだめたれば、」

これは、六曜と十二直のことを指している。どんなものだか、次章で説明しよう。

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