16歳の夏、佐世保への逃避行~
■序章.プロローグ、私の原点の場所
満月の夜、涙が混じった少ししょっぱいカレーの味と、朝日に煌めいていた佐世保港の海を、私は一生忘れない。
16歳の春。理不尽な日々に心が壊れかけた私は、ポケットに4万円だけを突っ込んで東京を飛び出した。
すべてから逃げ出した終着駅で、まさか自分が「自分の歌」を見つけ、舞台の上で生きる人生へと導かれるなんて、当時の私は知る由もなかった。
■第一章.流転
小学5年の頃、両親が離婚した。
その出来事の前後で、家の空気が変わっていった感覚がある。
父が最後に部屋へ入ってきた場面は、今でも断片的に記憶に残っている。
両親の離婚後、引っ越しが続き、小学校ではいじめを受け、中学校でも友達は少なく、いつも一人でいるような日々が続いた。
悪いことを何もしていないのに、「自分はここにいていいのか」
そんな思いが胸の奥を締めつけ、息苦しい日々が続いた。
そんな私を救ってくれたのは、現実とは別の世界だった。
兄の影響でLOUDNESSやアースシェイカーの衝動的で激しい音に身を委ね、渡辺美里やレベッカ、尾崎豊の歌に心を揺さぶられた。
特にLOUDNESSの「Ares’ Lament」や尾崎豊の「15の夜」は、当時の私の孤独や葛藤の気持ちをまるで自分の代わりに叫んでくれているようだった。
さらに、シャガールやマグリットの不思議な絵画に夢中になった。
現実の向こう側に、何か別の世界があるんじゃないか——
そんな淡い期待が、私の中で小さな希望の灯火のように揺れていた。
■第二章.理容の進路と夜間高校
理容学校へ進み、卒業後は地元八王子の理容店で働き始めたが、厳しい上下関係と理不尽な叱責の毎日だった。
私にとって音楽は、そんな日々の中で私を支えてくれる存在だった。
夜間高校に進学してからは、友達のNやYと明け方まで音楽を語り合い、浜田省吾、長渕剛、ショパン、ベートーヴェン、ビートルズ、ベット・ミドラーなど、ジャンルを超えたさまざまな音楽に触れていった。
特に長渕剛の『祈り』は、当時の私の心情に深く響いた。
また、ジェームズ・ディーンの 「理由なき反抗 」を見て、家庭の中で居場所を見失った若者の孤独や、父親と分かり合えない複雑な感情、そして抑えきれない苛立ちに強く共感した。
「演じることで、自分の内側にあるものを外に出せるかもしれない」——そんな想いが、初めて「俳優」という道を意識させた瞬間だった。
しかし、現実は、映画のようにはいかなかった。
■第三章.逃避行、そして佐世保へ
16歳の春、転職した理容店。
そこでも私はうまく馴染めなかった。
店長から、理容業務以外の雑用を命じられた。私用の買い物。ここでもまた理不尽な扱い。理容師用の櫛で突かれるような嫌がらせもあった。
表向きは元気に働いていても、心の中では少しずつ何かが壊れていった。
夜間高校で音楽を語り合い、映画に救われ、自分の内側にあるものを表現したいと思い始めていた頃だったからこそ、現実との落差は余計に苦しかったのかもしれない。
ある日、限界が来た。
朝、通勤のために家を出た私は、そのまま店へ向かわず、気づいたら東京駅に着いていた。ポケットには4万円。
新幹線に乗って、どこか遠くへ行きたかった。
現実から離れたかった。
行き先は決めていない。ただ、東京から離れ、気の向くままに。
兄の影響で聴いていた長渕剛が鹿児島出身だったこともあり、本当は桜島を見てみたかった。だが、そこまで行く金はなかった。
ならば、海の見える街へ行こう。
そう思い、長崎県へ向かった。
五月中旬
松浦鉄道の大木駅という無人駅で、一夜を過ごそうとした。
ベンチに横になると、白い野犬が駅の階段下から近づいてきた。
私は足をバタつかせて追い払おうとした。
ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
だが、その朝焼けの光は忘れられない。
JR佐世保駅へ着き、坂の多い街を歩いた。
丘の上から見えた佐世保港の海は、朝日に煌めいていた。
その景色を見た瞬間、なぜか「生きられるかもしれない」と思った。
見知らぬ街なのに、どこか愛おしく思えた。
アーケード街を歩いた。
おもちゃ箱をひっくり返したような活気のある街。
私のことを誰も知らない街。
歩いていると、なぜか心が軽くなった。
その日は安いビジネスホテルを見つけ、そこへ泊まった。
その頃の私は、もう東京へ戻るつもりはなかった。
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■ 第四章.終着駅、佐世保
東京へ戻るつもりはなかった。
理容店も、学校も、家も。
すべてから逃げ出して辿り着いた終着点、佐世保。
ポケットの中には、残り少なくなった現金だけがあった。
それでも不思議と不安はなかった。
朝になるとホテルを出て、JR佐世保駅の立ち蕎麦で朝食を取った。
再び昨日、坂から見た佐世保港の海の煌めきを確かめ、坂を下り、下京町アーケード街へ向かった。
アーケード街を歩き、知らない路地へ入る。
缶コーヒーを買い、公園のベンチに腰を下ろして、人々の流れを眺めた。
白い軍服に身を包んだ米兵。
威勢の良い魚屋。
甘い香りの漂う白十字パーラー。
東京では息苦しかったのに、この街では少しだけ呼吸ができた。
誰も私を知らない。
だからこそ、私は自由だった。
「そろそろ金が尽きる……。」
16歳の家出少年を雇ってくれる場所など、あるのだろうか。
パチンコ店や飲食店など、床屋以外の仕事を必死になって片っ端から回った。
トラウマで苦しんだ床屋だけは選びたくなかった。
しかし返ってくる答えはどこも同じだった。
「悪いけど、にいちゃん。うちは未成年者は雇えないんだ。」
途方に暮れた。
泣きを入れて東京へ帰るつもりはなかった。
まだ親にも連絡していない。
そう考えているうちに日が暮れてきた。
このままでは野宿をするしかない。
急に心細さが押し寄せてきた。
もう仕方ない。
生きるためだ。
覚悟を決めた私は、夜の下京町アーケードで理容店を探した。
ネオンが眩しいパチンコ店「大漁」。
その横に、申し訳程度に掛けられた小さな行燈看板。
「2F 理容バン」
今日、この店に断られたら、もう野宿しかない。
私は意を決して、その階段を見上げた。
それが、後に私の人生の転機となる場所だった。
■ 第五章.新しい出会い
階段を見上げながら、私は考えていた。
未経験の仕事では中卒扱いだし、雇ってくれそうなところはない。だが、理容なら少しは経験がある。
私は一縷の望みを胸に、階段を上って理容バンの扉を開けた。
店内に入ると、理容店特有のツンとした消毒液の匂いが鼻をついた。
革張りの理容椅子が並び、中央にはピンク色の公衆電話がでんと置かれている。壁には笑顔のパンチパーマ姿の男性のポスター。昭和から続く老舗らしい空気が漂っていた。
棚に置かれたトランジスタラジオからはNBC長崎放送が流れ、その合間にドビュッシーの「アラベスク」が聞こえてくる。
理容店に行きたくなくて辞めたはずなのに、その光景はどこか懐かしく、私を複雑な気持ちにさせた。
理容椅子はすべて埋まっており、従業員たちは忙しそうに動き回っていた。
その時、パンチパーマの中年男性が作業の手を止めずに声を掛けてきた。
「にいちゃん、次ん番やけん、ちょっと待っとって。」
店長は四十歳前後だろうか。筋肉質で引き締まった体躯にパンチパーマをかけているが、不思議と威圧感はなかった。人懐っこい笑顔が印象的だった。
私は以前理容店で働いていたこと、仕事を探していることを伝えた。
店長は興味を持ったようで、何度も尋ねてきた。
「どっから来たとね?」
私は渋々答えた。
「東京です。」
店長は少し驚いた顔をした。
「あんた、なんで佐世保に来たとね?」
私は、旅行をしながら仕事を探していること、長渕剛が好きで鹿児島の桜島を目指していたこと、しかし金が尽きそうになり、行き先を佐世保に変えたことを話した。
家出していることだけは伏せていたが、店長はそれ以上詮索しなかった。
「そうか……」
店長は屈託のない笑顔を見せると、
「そこに座っとって。ちっと待っとらんね。」
そう言って店の中央に置かれたピンク色の電話へ向かった。そしてどこかへ電話を掛け始めた。
しばらくすると、一人の男性が迎えに来た。
赤ら顔の五十代くらいの男性だった。どことなく飄々としている。
「君が神村くんね。よし、ちょっと話ばしゅうか。」
そう言うと、勢いよく階段を降りていった。
店の横の路地に停めてあった日産車に乗り込み、私も後部座席へ座った。
車は坂道を上り、閑静な住宅街へ向かう。
■ 第六章.T氏
T氏の家は丘の上に建つ大きな家だった。
庭は良く手入れがされており車が数台止まっていた。柔らかい街灯の明かりがゆったりとした雰囲気を醸し出していた。
部屋へ通されると、広いリビングには黒い革張りのソファーが置かれ、当時としては珍しい大画面テレビが鎮座していた。
壁には首にハイビスカスのレイを掛け、笑顔で写るT氏の写真が飾られている。おそらくハワイ旅行の時のものだろう。
革張りのソファーに腰を下ろすと、ひんやりとした感触が伝わってきた。
その冷たさで、少し現実感が戻ってきた。
私はこれまでの経緯を隠さず話した。
T氏は黙って聞いていた。
そして静かに言った。
「面倒みるとは構わん。ただ、親御さんには連絡しとかんば。今頃、あんたば探して心配しとらすかもしれんけんな。」
少し間を置いて続けた。
「聞きたかことは、まだほかにもある。ただ、今日はもう遅か。そこの鍋にカレーのあるけん、先に食べんね。」
すると横でNHKを観ていた奥さんが手招きをした。
「神村くん、こっち来なさい。遠慮せんで食べ。」
奥さんは本気で心配してくれていた。
子供が一人で見知らぬ土地に来て、何か事件に巻き込まれていたかもしれない。そんなふうに思ってくれていたのだ。
「美味しか?」
気付くと、頬を涙が伝っていた。
「美味しいです。」
ずっと気を張っていた。
辛いことばかりだった。
そんな中で触れた人の温かさ。
その優しさが胸に沁みた。
涙が混じって少ししょっぱいカレーの味は、今でも忘れられない。
食事が終わるのを待っていたT氏が言った。
「上に空いとる部屋がある。着替えて寝なさい。」
そう言って二階を見上げる。
「タク坊ー! おーい! おるかー!」
先ほどまでの優しい口調とは打って変わり、ぶっきらぼうな大声だった。
すると二階から、癖毛でぼさぼさ頭の青年が降りてきた。
口元がどこか愛嬌のあるひょっとこ顔で、のんびりした雰囲気を漂わせている。
「マスター、帰っとったんですかー。」
どこか間の抜けた調子で話す。
「神村くん。君の先輩になるタク坊だ。」
彼は上五島から来て、住み込みで働いている22歳だ。
まだ理容師免許は持っていないという。
「タク坊、神村くんに部屋を案内してやれ。また明日、店で話そう。」
私はタク坊先輩の後について二階へ上がった。
二階には三部屋あった。
案内された部屋は十畳ほどの広さで、レールカーテンによって二つに仕切られている。
私が使うのは手前側だった。
部屋にはベッドと掛け布団があるだけの簡素な造りだった。
以前にも住み込みの従業員が使っていたのだろう。
生成り色のカーテンの隙間から、満月の光が部屋に差し込んでいた。
明日から佐世保での新しい生活が始まる。
そんな期待を胸に、私は眠りについた。
■第七章.初日
朝、T氏から「朝飯済ませたら、先にタク坊と店に行っとけ」と言われた。
タク坊先輩はすぐに教えてくれた。
「T氏のことは皆『マスター』て呼びよる。これからはお前もそう呼べ」
店はアーケードの下京町店と、マスターがいる俵町店の2店舗あるという。この日はマスターのいる俵町店へ向かった。始業は9時だが、準備はそれまでに終わらせなければならない。
タク坊先輩に教えられながら作業を進めるうちに、東京の理容店での記憶が蘇ってきた。息苦しさ、店長からのプレッシャー……。手がわずかに震えたが、蒸しタオルの補充、クレゾールに浸した櫛を拭いて並べる、窓拭き、床掃除——やるべきことは山ほどあった。
店は、遠くに烏帽子岳を望む坂の途中。さわやかな空気にシャンプーの香りが混じる中、あっという間に時間が過ぎ、店が開く頃には額に汗が浮かんでいた。
昼前、マスターのぶっきらぼうな声が飛んだ。
「マサ、昼はそこのちゃんぽんでよかか?」
いつの間にか「マサ」と呼ばれるようになっていた。
悪い気はしなかった。むしろ、少し嬉しかった。
近くの弁当屋で3人分のちゃんぽんを買い、店内で食べる。
太くてもちもちの麺に、濃厚でスパイスの効いたスープ。東京で食べた長崎ちゃんぽんとは明らかに違う、本場の味だった。
お腹がいっぱいになると、初日の硬くなった肩がゆっくりほぐれていくのが分かった。
午後、客足が途切れて店内が静かになった頃、マスターが呼んだ。
「マサ! こっち来い」
店内奥のレジ台に両手をつき、こちらをじっと見つめながら言った。
「昨日はろくに話せなかったが、続きをしようか」
私は意を決して口を開いた。
「母が心配してると思うんです。八王子の店で耐えられなくて家出したこと……とりあえずここでお世話になるって、ちゃんと伝えます」。
するとマスターは「わしが電話する」と即座に受話器を取った。落ち着いた声で母に状況を説明し、「まさき君に代わります」と私に渡した。
心の準備ができていなかった。
母の声が、受話器越しに鋭く刺さる。
「まさき! なんで長崎なんか行ったの? お母さんを困らせたいの!?」
剣幕に押され、喉が詰まる。言いたいことの半分も出てこない。
それでも必死に言葉を絞り出した。
「お母さん……Tさんのところで住み込みで働くよ。東京には、当分戻らない」。
沈黙が落ちた。
母の長いため息の後、ようやく了承の言葉が返ってきた。
その電話を境に、私は正式にT氏の店で住み込みの見習い理容師として働くことになった。
ここなら、自分を変えられるかもしれない——
16歳の初夏、私は初めて未来に小さな光を見いだしていた。
■第八章.ナナ
あれから、店で働き始めて1ヶ月が経った。
「いらっしゃいませ! 今日はどがんしときますか?」
長崎弁にもすっかり慣れ、佐世保での生活はいつしか私の日常になっていた。
先輩技術者の柿山さん(40代独身で酒好き。皆からカッキーと呼ばれている)や、岩永さん(38歳・既婚)からは、シェービングやシャンプーの指導を丁寧に受けた。
月に一度の第4土曜日。
店が終わると、マスターはスタッフを連れて行きつけのスナックへ行き、皆を労った。
未成年の私はジュースを飲みながら、カラオケを楽しませてもらった。
ある休日の朝、食器を洗っていると奥さんが声をかけてきた。
「マサ、今日はどうすると?」
「今日は天気が良いので、海でも見に行こうかと……」
すると奥さんが微笑みながら言った。
「佐山さんとこのナナちゃんて子がおるんだけど、会ってみんね?」
今まで女性とまともに話したことのない私。
だが、彼女は欲しかった。
「分かりました。お願いします」
奥さんは、
「とっても気立ての良か子やけん。」
と優しく言った。
嬉しい反面、胸の鼓動は収まらなかった。
その晩、買ったばかりのパンツとシャツに着替え、いつも以上に時間をかけて髪を整えた。
待ち合わせ場所は、佐世保アーケードの外れにあるカラオケバー「シャレー」。
未成年には少し敷居の高い店だったが、覚悟を決めて薄明かりの木戸を開けた。
店内は薄暗く、大人の世界そのものだった。
シャンデリアの光に照らされたボックス席に、一人の少女が座っていた。
ワンレンボブに、目鼻立ちのはっきりした顔立ち。
18歳か19歳くらいだろうか。
それがナナさんだった。
私は緊張のあまり笑顔も作れず、小さく会釈をした。
するとナナさんは、
「君が神村くん? はじめましてっさ!」
と気さくに笑った。
少し馴れ馴れしく感じたが、姉御肌な雰囲気だった。
あまり女性らしい色気は感じなかったが、それが逆に妙に大人びて見えた。
私は東京から知り合いのT氏を頼って理容師修行に来ていることを話した。
ナナさんは、母親がスナックを経営しており、自分も店を手伝っているという。
シャレーの経営者と母親が知り合いだったため、この場所で未成年同士のデートが実現したようだった。
一通り話を終えると、沈黙が流れた。
意外にもナナさんはあまり話さなかった。
私は何とか会話を続けようとしたが、うまくいかない。
そういえば最初に、自分がカラオケ好きだと言ったことを思い出したのか、ナナさんが言った。
「得意な歌ば聞かせて」
私は当時練習していた谷村新司さんの『Far Away』を歌った。だが、ナナさんは私の歌など聴いておらず、何度もポケベルを気にしていた。歌い終わると同時に「ちょっと電話してくる」と言って席を立った。戻ってきた後も、どこか気まずい空気が流れていた。私の声は、彼女の心には届いていなかった。まさに、歌の歌詞にある「Too Far Away(遠すぎる)」のようだった。
結局、その日は2人とも予定より早めに店を出た。
帰り道のアーケードは、妙に閑散として見えた。
さっきまで胸を躍らせながら歩いていたはずなのに、今はどこか寂しく感じた。
結局、その日のデートは失敗に終わったようだった。
選曲ミスだったのかもしれない。
いや、それ以前に、私は女の子とどう話せばいいのか分からなかったのだ。
家に帰ると、奥さんから
「マサ、どうだった?」
と期待を込めて聞かれた。
私は曖昧に笑ってごまかした。
デートが失敗に終わったことよりも、せっかく気を遣ってもらったのに期待に応えられなかったことが申し訳なかった。
その日から、失敗を忘れるように仕事へ打ち込んだ。
レザーを握っている時だけは、余計なことを考えずに済んだ。
■ 第九章.声と、その先にあるもの
それから数週間が経った。
第4土曜日。店が終わると、マスターがいつものように言った。
「マサ、今日も行くぞ。」
マスター行きつけのスナック「花」は、アーケードから少し外れた路地にあった。赤いネオンが雨に滲み、どこかから演歌が漏れてくる。
カウンターに並んで座ると、マスターはすぐに焼酎のロックを頼んだ。私はいつものコーラを頼む。
カッキーさんは既に上機嫌で、岩永さんはカラオケのリモコンを眺めている。
「マサ、歌えや。」
マスターが顎でモニターを指した。
断る理由もなかった。
私は昴を入れた。
マイクを握った瞬間、不思議と緊張はなかった。
── 我は行く 蒼白き頬のまま ──
歌い始めると、カウンターの喧騒が遠のいていく感覚があった。
マスターも、カッキーさんも、ママさんも、その瞬間だけ静かにこちらを見ていた。
歌い終わると、マスターが静かに言った。
「マサ、お前、歌がうまかね。」
お世辞だったのかもしれない。
それでも、その一言は胸の奥に静かに届いた。
誰かに届いた。
その感覚は、ナナさんとのカラオケバーで覚えた気まずさとは、まるで違うものだった。
帰り道、夜の坂道を一人で歩きながら、私はその違いを考えていた。
ナナさんの前で歌った時は、ただ沈黙を埋めたかっただけだった。
でも今夜は違った。
伝えたかった。何を、とは言えない。
ただ、この胸の奥にずっと閉じ込めていた息苦しさを、声に変えて外へ出したかった。
ふと、理由なき反抗のあの場面を思い出した。
父親に何も言えないまま、泣き崩れる少年。
彼が叫んでいたのは台詞じゃなかった。
あれは、誰にも言えなかった思いが、ようやく外へ出た瞬間だった。
でも、あの夜の私には、一つだけ違うことがあった。
私の声を、黙って受け止めてくれる人たちがいた。
マスターも、カッキーさんも、ママさんも。
上手いとか下手とかではなく、「そこで歌っていていい」と言われたような気がした。
人は、自分を受け止めてくれる場所があるとき、初めて本当の声を出せるのかもしれない。
佐世保の夜風は、東京よりも少しだけ柔らかかった。
■ 第十章.最終話 東京への帰還
夏のある月曜日の午前中。
店のメンバーと車に乗り、カッキーさんの実家近くにある西海国立公園付近の海へ出かけた。
岩礁がむき出しになった荒々しい海岸では、天然の岩牡蠣を採ることができた。
風は強く、波しぶきが岩肌を打ちつけていた。
長靴を履き、岩に張り付いた牡蠣を金槌で殻を割らないよう慎重にはがしていく。
夢中になっているうちに、気づけばバケツいっぱいの牡蠣が採れていた。
翌日の夕食で、マスターに教わったとおり酢醤油で食べると、驚くほど美味しかった。
翌週は港へカニを採りに行き、店では少しずつカットも教えてもらえるようになった。
東京では決して味わえなかった毎日。
気づけば、夏はあっという間に過ぎていた。
夏の終わり。
昼食のちゃんぽんをすすっていると、マスターが私を呼んだ。
「マサ──。高校はどがんするとね?」
その言葉で、先週聞かれた話を思い出した。
「うちで働いてほしか。でも、高校は卒業したほうがよか。東京に戻るなら、いつ戻るか、よう考えんば。」
私は、その答えをずっと先延ばしにしていた。
東京へ戻れば、この穏やかな毎日は終わる。
また、あの息苦しかった日々に戻るかもしれない。
だから考えないようにしていた。
けれど、もう決めなければならなかった。
佐世保で私はギターを買い、独学で弾き語りを始めていた。
夜になると、夢中で歌った。
スナックで歌った夜のことも思い出す。
やっぱり私は音楽が好きだ。
何かを表現したい。
その思いがあるなら、東京へ戻る意味はある。
そう思えた。
十六歳の秋。
佐世保で出会った人たちは、家出少年だった私を一人の人間として受け止めてくれた。
認めてくれた。
だから私は、初めて「自分のままでいていい」と思えた。
その思いを胸に、私は長崎空港を後にし、羽田へ向かった。
東京へ戻ると、母にはずいぶん叱られた。
それでも、高校を休学扱いにしてくれていたおかげで復学することができた。
友人たちからも、「どうして相談してくれなかったんだ」と本気で怒られた。
私は理容店には戻らず、ファーストフード店でアルバイトをしながら高校へ通った。
二年生になる頃には成績も上がり、担任の推薦で生徒会長も務めた。
充実した学生生活だった。
それでも、心のどこかは満たされなかった。
胸の奥から、またあの思いが湧き上がってくる。
──何かを表現したい。
ある日、日曜版の新聞を眺めていると、一つの広告が目に留まった。
「東京新映テレビ俳優養成所」
テレビで見たことのある俳優も所属しているという。
私は迷わず応募した。
オーディションに合格し、研究生となった。
毎週日曜日、レッスンへ通い、十七歳の夏にはミュージカル『オリバー』へ出演した。
舞台の上でセリフを語り、歌う。
スポットライトを浴びた瞬間、胸の奥で何かがつながった。
──これだ。
佐世保で芽生えた「何かを表現したい」という思い。
あの夜、歌を受け止めてもらえた喜び。
そのすべてが、この舞台へと続いていた。
私が歩む道は、ここにあった。
それが、十七歳の夏だった。
終わり
