トーストをくわえて走る遅刻しそうなクラディスは③
『ばっ、お前!何やってんだよ!』
僕がそう叫んだと同時に石つぶては空中で黄色い火花を散らして粉々に砕け散った。確かにJCに当たったようにも見えたが、当の本人はなんの反応もないまま目の前をいつも通り走り抜けていった。
なんだってんだ?一体、、、。
『うかつに触るとタカッシーもあの石のように粉々にされちゃうよ?』
サクはそう言って僕の反応を確かめるようにじっと瞳を覗き込んでくる。
僕は腰が抜けてへなへなとベンチにへたり込んだ。 なんだ今のは、、、。
『まあまあ落ち着いて』
サクはそう言うと水筒を取り出して麦茶をフタに入れて僕に差し出してきた。
サクの話を要約するとこうだ。
JCは宙に浮いていて、触れるもの全てをスパークさせる『人ならざる者』で、何人たりとも彼女を止める事は出来ない。毎朝全く同じルートを辿り、廃校になった中学のセーラー服を来て、どこに行くか分からない謎のバスに乗り込んでゆく。そして朝はパン派である。
ちょっと待てよ。
それじゃあ彼女と毎朝十字路で普通にぶつかってるあのDC(男子中学生)達はなぜ無事なんだ?
そこなんだよ問題は。
なぜだか毎朝JCと十字路でぶつかる『謎の日替わりDCボーイズ』だけは別で、彼等だけはJCの動きを相殺し止めることが出来るらしい。だがそれら一連の行動の目的はやはりさっぱり分からない。
更にクレイジーな事にJCとDCが衝突する瞬間の周辺の磁場をサクが計測してみたところ、ガイガーカウンターの針が危険値を大幅に振り切ったとの事だ。まさか原子力で動いてるって事か?まさか。鉄腕アトムじゃあるまいし。
『何べん計測しても放射能の数値がバグるんだよ。計器の数値をそのまま信じるとユーラシア大陸が丸ごと吹き飛ぶレベルの水爆と同程度のパワーが発生しててお互いにそれを相殺してるって事になっちゃうんだよね。まあ計器の測定エラーに決まってると思うんだけど、。』
『ここからは僕の想像というかひとつの仮説なんだけど。JCとDCはつまり「ミサイルと迎撃ミサイル」なんじゃないかな?それがなぜ中学生の制服を着てひっそりとこんな住宅街で行われてるかは全く意味不明なんだけど、、、』
『つまりバスは爆発不能になったミサイルを急遽回収しに来た母艦。そういう事か?』
『うん。そう考えるとDCが毎朝違う姿で現れるのも説明が付くんだよね。例の十字路からほんの2ブロックも行けば県庁前の大通りに出られるよね?そっちは人も大勢行き交ってるし、そこからサッと十字路に抜ければ不特定多数の群れに紛れたまんま短時間で迎撃体制に入れる。県庁通りは市内の5つの学校の通学ルートになってる。あれだけ学生が歩いてたらJC側が迎撃ミサイルを特定するために一人一人精査するのは不可能だと思う』
『まあ確かに毎朝同じ格好のDCが現れたら「これが迎撃ミサイルです」って宣伝してるようなもんだわな。日替わりの姿でDCが現れるのは理にかなってるって事か。でもさ、その理屈で言うとJC側はなぜあれ一体だけなんだ?』
『う~ん。機体があれ一機だけしかない。とか?だから毎朝毎朝行く手を阻まれて迎撃されてしまう、、、。いやそれもおかしいな、。時間を変えるなり制服を変えるなりやりようはいくらでもあるはずだよね、、』
どう考えても謎だらけだ。
僕とサクはひとまずJCの住む白い2階建ての家を調べてみることにした。忍び込むのは難しいかもしれないがせめて外周から建物と敷地の面積を計算する事が出来ればどの程度の規模の設備があるかなどを割り出せるかもしれない。
このあたりは全て住宅街だ。うかつに他人の敷地に入ってゆくことは出来ない。僕とサクはノートパソコンの前に陣取ってモノクロを探索に向かわせる事にした。家から家へ。塀から塀へと。ブロック塀の上を渡り歩きながらモノクロのカメラが進んでゆく。目指す公園前の白い2階建ての家の塀に飛び乗りモノクロが建物の画像を送ってきた時。
そこに広がっていたのは、のっぺりとした荒野だった。白い2階建ての家は、ただの一枚の壁だった。 芝居の書き割りのベニヤ板のように、ただ形式的に正面があるだけだ。裏に回るとそこはただの空き地で、空き地の向こうは二車線の道路に面している。
ただそれしかなかった。
数日後。
僕は一人で公園のベンチに腰掛けていた。サクはあれから何か気になる事を調べたいと言って一人で部屋に閉じ籠っている。謎が多すぎてなんとも手詰まりな状況だ。
時刻は朝の8時過ぎ。今朝もJCが目の前を走ってゆく。本当に何も知らないで見たらタダの無害なJCにしか見えないんだけどなぁ、、。
『朝から元気で良いわねぇ』
『だよな、。朝から全力疾走だもんなぁ、、』
『アンタもあれ位の時は可愛かったのにねぇ』
『ってオカン!なんで居るんだよ!』
気付けば隣にちょこんと母親が座っていた。
『朝食のパン切らしてたのよ』
『理由になってねえよ!』
『ベルマートに買いに行ってたんだけど帰ってきたらアンタがクラちゃんの事じっと見てるから何かあるのかなと思ったのよ』
『何だよそれ!別にそんなの、、、ん?ちょっと待て!オカン、あの子の事知ってんの?』
『知ってるわよ?山本クラちゃんでしょ?あのアンテナみたいな寝癖はクラちゃんよ』
『何で知ってんの?』
『何でって、、隣の町内だもの。でもあの子、何年か前に引っ越したとかじゃなかったかしら?あれ?どうだったかしら?』
正に灯台もと暗しだ、、。
うちの母親が知っていたとは、、。
俺は大慌てでサクにその事を伝えに行った。
『山本クラ』という名前からサクが近隣の全ての中学校の生徒名簿をハッキングし(なんだかなぁ、、)身元を割り出すまで30分もかからなかった。
『出た。このお姉ちゃんだ。やっぱりこの人、南中の生徒だったみたいだ』
『だった?』
僕はサクのノートパソコンの画面を覗き込んだ。そこには見慣れたアンテナ寝癖の女の子が微笑んでいた。
彼女の名前は山本クラディス舞
事故当時、南中学校2年生。
事故?
4年前に交通事故で亡くなってる、、。
サクは彼女のミドルネームをコピーペーストして検索した。
Cladis ラテン語で『災厄』
分からない事だらけだ。
そもそもクラディスが向かう方向はどこなのだろう?迎撃されなければどこへ行くんだ?
トーストをくわえてる意味はあるのか?
毎朝の靴飛ばしの意味も謎だ。
そうせねばならない理由がなにかあるのか?
そうだ。そう言えば。
『サク、気になる事って何だったんだ?』
『ベルマートだよ。なんだかあのコンビニの事がずっと気になってて、、』
『?』
『よく考えてみて。迎撃ミサイルのDC以外にクラディスと接触してるのは唯一、あのおばあさんだけなんだよ、。他には無反応のクラディスがあの人の事だけは認識して会話までしてる、、、』
『おはようございま~す!ってアレか、、』
『うん。あと、のぼりだよ』
『のぼり?』
『おばあさんが毎朝出してるおでんフェスののぼり。何かおかしくない?7月だよ?』
『ん~。まあ変と言えば変だけどさ、、』
『なんだか妙に引っ掛かるんだよ。ちょっと行って調べてみようかと思って、、』
『んな大げさな。コンビニ行くだけだろ?』
翌日、サクが行方不明になった。
あ~、もう、、、。
事態はどんどん錯綜してゆく、、。
と、携帯が鳴った。
あわてて確認すると液晶には『係長』の文字。
なんだよこの忙しい時に、、。
『どう?そろそろ職場に戻る気になった?こないだから忙し過ぎて人が全然足りないんだよね、、。頼むからさ~、そろそろ職場復帰しようよ~』
『いや~、そんな事言ったってブレグジットからこっち、仕事量が尋常じゃないっすよ、、』
『そんな事言わずにさ~。どうか助けてよ~』
あ~、もう、、、。
しゃあねえな、、。
いずれにせよそろそろ潮時か。
腰が重いが仕方ない。仕事に戻るとするか?
それにたまたま巡り合わせた今回の事件は職場に戻った方が処理がし易い気がする、、。
戻ろう。
SISに。
シークレット・インテリジェンス・サービス。MI6(エムアイシックス)と言った方が分かりやすいかも知れない。英国秘密情報部。僕はイギリス国外で政治・経済・軍事上の諜報活動に携わる使い捨てのゴースト・エージェントだ。まあ簡単に言うとスパイです。と言っても007やジェームス・ボンドみたいなカッコいいやつじゃなくて汚い暗殺仕事と情報工作がメインの下っ端工作員だけど。
あぁ、どうせ外資系に勤めるならもっとGAFAMとか楽に大金が稼げる所に就職したかった、、。
だが今回だけはサクを救出するためにちょっとだけ職権を濫用させてもらおう。
『分かりました。それじゃ来週から復帰しますんで一個だけお願い聞いてもらえません?ちょっと今からアドレス送るんでその建物にここ24時間以内に10歳ぐらいの少年が出入りしてないか調べてほしいんですよ。あとその建物の図面とマスターキーを用意してもらえれば』
『え~、ちょっとちょっと!駄目だよ、そういうのは。プライベートでしょ?それ』
『いや~、なんか僕も最近キャッチした情報なんですけどね、ミサイル対迎撃ミサイル系の案件って言うか水爆積んじゃってる可能性もゼロじゃないかもしれないんすよ』
『なになに?それホントに?ロシア?ノースコリア?ソースはどこよ?その話』
『実はですね、、、、』
『ふんふん、、』
