食を制す者、ビジネスを制す #05
「カレーとカツの単なる足し算」と侮るなかれ。世界が今、最もひれ伏す日本の怪物「カツカレー」の絶対美学
あらゆるカツ丼の真髄を極め、その奥深さをNOTEに綴ってきた私のカツ丼ロード。しかし、日本の「カツ飯」文化を語る上で、絶対に避けて通れない、いや、今や世界中を狂わせているもう一つの怪物が存在します。
それこそが、「カツカレー」です。
今、カツカレーは世界中で爆発的なブームを巻き起こしています。特にイギリスでは、カジュアル日本食レストラン「wagamama」がメニューに導入したことをきっかけに、「英国の国民食」と呼ばれるほどに浸透しているのです。 しかし、現地で提供されているそれを見ると、我々日本人は思わず「ちょっと待った!」と声を上げたくなります。カツは豚ではなく宗教的配慮からチキン。さらにパン文化の現地では、白米は主食ではなくポテトと同じ「付け合わせ」扱いのため、なんとチキンカツの上にライスがのり、そこにルーがかけられているのです。
「本物のカツカレーは、そんなものではない!」 そう、私たちは今こそ、日本が誇るパーフェクトなカツカレーの真の実力と美学を自覚し、胸を張って世界に語るべき時なのです。
一人の野球選手の「待ちきれない焦燥」から生まれた、1948年のイノベーション
この偉大な料理のルーツは、昭和22年(1947年)創業の東京・銀座の名店「銀座スイス」にあります。
1948年8月14日、そのドラマは起こりました。常連客であった読売巨人軍のスター選手、千葉茂さんが店を訪れました。当時、カレーはコトコト個別に火にかける贅沢な洋食で、出来上がるまでに時間がかかる一品でした。 お腹を空かせ、煮込む時間が待ちきれなかった千葉選手は、前代未聞のオーダーを放ちます。 「ポークカツレツを、カレーの上に一緒にのせてくれ! それなら早く食えるだろう」
これが、世界を揺るがす「カツカレー」誕生の瞬間でした。 翌8月15日の阪神戦で、千葉選手は見事にホームランを放ちます。このことから「試合に勝つ」ための最高の験担ぎメニューとして「カツレツカレー」が定番メニュー化されたのです。 せっかくのサクサクの衣がカレーでふやけてしまわないように、カツの上にカレーをかけるのではなく、カレーの上にカツを丁寧にのせる黄金スタイルが、このとき確立されました。
「カツカレーはヘビーでジャンキーなドカ盛り料理」という偏見は、この元祖の味を前にすれば一瞬で消え去ります。銀座スイスでは、衣に使うパン粉をカレーの煮込みの最終段階でわずかに加えることで、カツとルーの親和性を極限まで高めているのです。この圧倒的な完成度こそ、カツカレーが今も愛され続ける理由です。
スプーンの上で繰り広げられる、緻密な「順列組み合わせ」の知能ゲーム
カツカレーを美味しくいただくための「作法」に目を向けると、この料理がいかに知的で、計算され尽くしたものであるかが分かります。 フードキュレーターのマッキー牧元氏が提唱するカツカレーの食べ方は、まさにビジネスパーソンに必要な「戦略的思考」そのものです。
「づけ」を育てる美学:カツが現れたら、まずは一切れ、脂身の少ない端のカツをカレーの海の中に埋没させ、旨味を染み込ませる「づけ」を静かに育てておく。
順列組み合わせの検証:スプーンの上に「ご飯、カツ、カレー」の順で積み重ねて食べる。次に「カツ、ご飯、カレー」の順で試す。どの順番で舌に触れるかによって、味わいのグラデーションは劇的に変わる。
徹底された「前進」ルール:一口食べたら、カレー側からではなく、ご飯カツ側からカレー側に向かって「前進あるのみ」で食べ進める。これによって、皿にルーを汚らしく残すことなく、美しく完食することができる。
カレーとカツをただぐちゃぐちゃに混ぜるのではない。緻密に自分のスプーンをコントロールし、最後には育てておいた「づけ」をご飯とともに頬張り、完璧な球体の味を完成させる。このセルフマネジメント能力こそ、仕事ができる人の佇まいなのです。
「合理的な金沢」と「甘辛の大阪」――各地で異なる最強のプラットフォーム
日本のカツカレーは、地域ごとに極めて洗練されたローカライズを遂げています。
金沢カレーの「合理主義」: 「チャンピオンカレー」に代表される金沢カレーは、ドロっとした濃厚な黒いルー、千切りキャベツ、そして最初からウスターソースがかかったカツが、すべて一枚の「ステンレス皿」にのって提供されます。 フォークや先割れスプーン一本で、カツもキャベツも米もすべて完結させる。この「割れない、洗い物を減らす、片手でスピーディーに食べられる」という厨房と客席の徹底した合理化は、極限まで無駄を削ぎ落とした現代の優れたビジネスモデルそのものです。
大阪白銀亭の「二面性(甘辛)」: 大阪カレーの最高峰「白銀亭」が魅せるのは、一口目はフルーティーでねっとり甘く、後からシャープな辛さが猛烈に追いかけてくる「甘辛」の魔力です。 胃もたれを極限まで排除するために豚肉の脂身を取り除き、細かく縦横にカットされたカツに、この甘辛いルーが完璧に絡み合う。この「甘さと辛さ」「優しさと刺激」という二面性の見事な共存は、相手の心を一瞬で掴む極上プレゼンテーションの技法に通じるものがあります。
ビジネスパーソンよ、限界を突破したければ「カツカレー」を掻き込め
カツカレーは、1食1000kcal近くに達することもある、まさに「カロリー爆弾」です。 しかし、だからこそタフな交渉や、徹夜のプロジェクト、限界を超えて頭脳をフル回転させなければならない「勝負の局面」において、これほど頼もしいエネルギー源はありません。
「高カロリーすぎる」と逃げるのは簡単です。しかし、デトックスやカロリー調整は、食べた後の「48時間以内」に必死に頭と体を動かして取り戻せばいいだけのこと。 リスクを恐れて安全なサラダばかりを口にする人間が、どうして他を圧倒するイノベーションを起こせるでしょうか。
「ヨシ、今日はカツカレーを平らげて、午後のあの厄介な案件を片付けてみせる!」 その気合の入った決意を胸に、スプーンを右手に握りしめる。 サクサクの衣にじんわりと染み入るカレーのコクを噛み締めながら、私たちは皿の上の戦場を美しく前進していくのです。
さあ、今日のランチは、あの黄金色と黒の絶対調和、カツカレーに決まりです。 一切の躊躇を捨て、己の度量と覚悟を、あのひと皿にぶつけようではありませんか!
