四年目を迎える
つい先日、いま住んでいるアパートの更新の通知がポストに入っていた。
二年ごとの更新だから住んでから今年で四年目になる。
そして、こないだ起床とともに長女から「エアコン壊れた」の報告。
暖房だけ、風がでてこない。冷房と除湿を試してみるとちゃんと運転している。
この季節にピンポイントに暖房。なかなかあまのじゃくなエアコンだと思いながら慌てて保証書を引っ張り出す。
離婚していまのアパートに越してきた年につけたエアコンなので、購入したのは四年前。
こんなにも「四年前」というワードが全面にでてくる出来事が立て続けに起きた。
せっかくなのでここに住んでからの四年間をざっくり振り返ってみようと思う。
離婚が決まって、いまのところに引っ越そう。
そう思ったのは兄や母が住んでいるということ単純に生活エリアの中で家賃が安かったからだ。
私は、一人暮らしをしたことがなく結婚するときも夫が住んでいたところにそのまま越したので物件探しというものが未経験だった。
だからはじめての不動産、はじめての内見。
子供たちと「綺麗だね」「ここは最初からエアコンついているんだ」とからっぽの部屋を見ながら話すのがとても楽しかったのをいまでも覚えている。
「ここにします」と無事に住むことが決まり、何もない部屋の畳に寝っ転がってここで生活していくのだ、と静かにこれからのことを思った。そしてあの日のことを浮かべた。
深夜になりかけようとしている時間帯、子供たちが寝静まっている横の部屋で私と夫は正座で向かい合っていた。私からの二回目になる離婚の申し出だった。
一回目の離婚の提案から約一年経っていた。
私の中でもう結婚生活を続ける未来は思い描けなかった。どれだけ時計の針だけが響いていただろうか。
しばらしくて夫は離婚の申し出を受け入れた。あのときの安堵感はいまでも覚えている。そのときの夫の表情まで。きっと忘れることはないだろう。
思いきったことをしたな。
あのまま、大きな不満はあれど結婚生活を続けていれば経済だって安定していた。
義母にも、引き留められたし、離婚の報告をしたある友人からは「ついにイバラの道をいったね」と返事が来た。
結婚生活や、離婚のときのことについてもまたどこかで書けたらいいなと思っている。
ひとつだけ、離婚のことで当時後悔…という申し訳ないと思ったのは子供たちにだ。
この四年の振り返りのなかで大きな出来事はやはり、子供たちの不登校のこと。
長女から長男、次女と不登校の連鎖がはじまり、当時、ひとり真っ暗なトンネルに閉じ込められたようだった。
もっと他にちゃんと学校を選んでいれば。
せめて卒業まで待っていれば。
ああすれば、こうすればの波が私の心をさらっては落としていった。
行けないことは良くない未来を引き寄せる。
私の頭のなかは「どうにか行かせなければ」
そのことですぐにいっぱいになった。
実母から「この、先どうするの」と長文のラインが頻繁に届く(心配からくるものと理解はしてても無理だった)。友人からは行けていないことを話すと「甘やかしでは」と返ってきた。
そんな少数の反応に私は、見事打ちのめされては「だめな母親」の烙印を毎日、自分に押し続けていた。
そんなだからますます「行かせないと」と躍起になり、子供たちの表情は曇っていくばかりだった。
長女の不登校で様々な人の話を聞いたり読んだりして「いまは充電期間なんだ」と理解したはずなのに、入れ替りで長男が不登校になりそれはすぐに崩れた。
それで「行かない理由」をひたすら聞いていた時があった。それを知ることで明確な解決方法が見つかると思ったかもしれない。
だけどなかなか口を開かない長男にいらつき、何で話してくれないのとぶつけてそのことに自己嫌悪して泣いてごめんねと謝った日もあった。
だけどそれはまだ長男のなかでもまとまらないだけ、とアドバイスをもらった。
確かに大人でも自分の気持ちをすぐに言語化できるわけじゃない、現に自分だって下手くそじゃないかとようやく学校に行かせること、なぜ行かないかの言及へのこだわりを手放せるようになった。
そんなふうに不登校に接してきて次女も完全不登校になったときは正直、ショックだったけど笑顔で過ごせることがまず優先とその不登校の事実を受け入れられた。揺れに揺れた四年間だった。
いまだに不登校に対しての自分の選択が最善だったのか…わからない。
ただ正解も不正解もないっていう言葉はよく見聞きしていて…そうだなと思える。
誰かにとっての正解がそのまま誰かの正解とならない…。自分が歩いていけたから、その人もそこを歩いていけるとは、限らない。
自分のルートをゆっくり歩いていければいいよねとようやく、そう思えるようになってきた。
そんなこと言いながら、簡単に「いやでも…」とまた悩むのが人間だけど…いまそう思っていることは確かだから、ここに書いておく。
四年間の振り返りを…と書いてみたけど上手くまとまらなかったな。
いや。そんな四年間だったのかな。
まったくスマートなんかじゃなくて、ぶきっちょで揺れ揺れで、けれどそれでも日々を重ねてきた。
どうしてわかってくれないのとグチグチしたり、今日の夜空は綺麗だなあ、こっちに住んでよりそのことを感じられるようになったり、子供と喧嘩したり、なんで私っていつもこうなんだろうと落ち込んだり、みんなでちょっとしたことでたくさん笑ったり、日常はそんなたくさんの瞬間でほんと積み重なっている。
当たり前のようで当たり前ではないんだよなあとこういう…ときに改めて感じたり、する。
四年間。そうやっていまなんとか暮らしている。生活している。
またそうやって一年、また一年と過ごして、こんな風にしみじみ振り返るのだろうな。
さて、そんなことを書いているうちにエアコンの修理業者さんと連絡を取り合い、来月の頭らへんに直してもらうことになった。
そのことをさっき長男に伝えたら「来月なら、もうそんな寒くないんじゃない?」とスマホ片手に返してきた。
だから「いやー3月もまだ寒いよー」と答えた。
今日もさりげない日常が紡がれていく。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
真夜中のカフェでした。
