第7章 それでも、来てくれる患者さんがいる
ここまで、
医療現場の疲弊について書いてきました。
無断キャンセル。
暴言。
レビュー。
理不尽な要求。
「患者様」という空気。
そして、
少しずつ疲弊し、
萎縮していく現場。
ですが、
現場はそれだけでできているわけではありません。
むしろ私たちは、
ほんの小さな一言に救われながら、
毎日働いています。
「先生のおかげで歩けました」
「痛みが減りました」
「話を聞いてもらえて安心しました」
そう言われる瞬間、
医療者は、
また次の日も頑張ろうと思える。
実際、
医療というのは、
医師だけで成立するものではありません。
患者さん側の協力が、
とても重要です。
時間通り来てくれる。
薬をきちんと飲む。
生活改善へ取り組む。
分からないことを、
きちんと質問してくれる。
無理な要求ではなく、
一緒に治療方針を考えてくれる。
そういう関係性がある時、
医療は驚くほどスムーズに進みます。
私は良い医療というのは、
「治してもらう場所」
ではなく、
“一緒に治していく場所”
なのではないかと思います。
もちろん、
医療には限界があります。
痛みをゼロにできないこともある。
希望通りにいかないこともある。
副作用が出ることもある。
時には、
「もう手術するしかありません」
「薬だけでは難しいです」
そう伝えなければならない場面もあります。
ですが、
互いに信頼関係がある時、
患者さんは、
その説明を“拒絶”ではなく、
“共有”として受け止めてくれる。
ここに、
医療の本来の姿がある気がするのです。
昔は「お医者様」。
今は「患者様」。
しかし本当は、
どちらでもない。
医師が神でもなければ、
患者が王様でもない。
同じ病気や痛みに向き合う、
人間同士です。
だから私は、
「患者さんが悪い」
と言いたいわけではありません。
実際には、
素晴らしい患者さんも、
たくさんいる。
むしろ9割はいい患者さんです。
こちらを気遣ってくださる方。
「忙しいのにありがとうございます」
と言ってくださる方。
治療へ真剣に向き合う方。
そういう患者さんに、
現場は何度も救われています。
そして私は、
そういう関係性こそが、
これからの医療に必要なのだと思っています。
相手を、
サービス提供者として消費しないこと。
相手を、
“採点対象”として見ないこと。
互いに、
限界のある人間として尊重すること。
その上で、
一緒に病気へ向き合っていく。
それが、
「お医者様」でも、
「患者様」でもない、
これからの医療の形なのかもしれません。
