[映画]『オッペンハイマー (IMAX)(クリストファー・ノーラン監督/2023)』

データ
原題: Oppenheimer
監督: Christopher Nolan
製作年度: 2023
製作国: アメリカ=イギリス
アスペクト比: 1:1.43f (IMAX)/1:2.20f(35mmパート)+1:1.78f(65mmパート)
時間:3h00
公開日: 2024/3/29
鑑賞日: 2024/5/5
配給: ビターズ・エンド=ユニバーサル映画
はじめに
2024年05月11日にmixiに掲載した内容を転載加筆修正しています。
感想
3月29日公開から1か月以上たって5月5日に鑑賞。あちこちで前知識が必要との話があったけれど、無謀にもがんばって、一切の前知識を入れずに鑑賞した。
50人近い実在の人物が登場するがその人物が誰でどんな立ち位置なのか一切の情報(字幕)が無いまま3時間突っ走るため、人間関係の把握が追い付かない部分があったが、とにかく満足。久しぶりに重厚感のあるドラマを堪能した。3時間の長尺だが一切ダレることが無かった。
出演者も事前に知っていたのは、タイトルロールを演じたキリアン・マーフィ(『28日後…』のひとだ)と、アカデミー賞でイロイロと注目を浴びたロバート・ダウニー, Jr.ぐらいだったが、伝記映画にありがちな"誰が誰を演じる"的な面白みはこの作品には不要で、あくまでオッペンハイマーとダウニー, Jr.演じるストローズを中心にしたドラマに集中することができたと思う。そのうえでエンドクレジットで、"あの人があの役を!"的な愉しみも味わえた。
難解だという噂は聴いていたが、実際はオッペンハイマーのキャラクターが複雑なだけで話は至ってマトモな伝記映画となっている。
ただ、オッペンハイマーに関わる二つの集まり(1954年のオッペンハイマーに対する聴聞会と1959年のストローズの公聴会)を交互に描くことで全体像がつかみづらくなったかもしれない。ストローズの部分は若干アンバランスさを感じたが、「オッペンハイマーとその時代」を描ききる上では致し方ないかもしれない。
所謂"科学者のジレンマ"というやつで、科学者としての高みへの到達欲と軍事利用に伴う負い目がオッペンハイマーを終始苦しめる。自身の発明を"大量殺戮兵器"ではなく"戦争終結のための手段"と置き換える稚拙なレトリックで自身を無理やり納得させようとし、広島や長崎の"成功"に瞬間的に歓び、直後に罪悪感に押しつぶさせそうになる。
なんとも矮小な天才を容赦なく描くノーランの視線は冷徹でもあるし、オッペンハイマーに対する憐れみの視線も感じられる。原爆を作ったという十字架を背負い、水爆製造を否定するのは軍拡に歯止めが利かなくなるという畏怖があったが、同時に"水爆"の登場でトップの地位から転落することを危惧する、そんなちっぽけな自尊心も感じられた。
そう感じたのは私だけでなく劇中、トルーマン大統領(演じるは数年前にチャーチルを演じたゲイリー・オールドマン)もオッペンハイマーの訴えを退け、被害者は原爆を作った人間を恨まない、恨まれるのは原爆を使った(投下を許可した)自分だ、と言い切る。オッペンハイマーの危惧の裏にある自尊心を見抜いたうえでの発言だったと思った。
トルーマンはルーズベルトの急死に伴い急遽大統領に昇格し、あげく、史上初の"原爆投下を許可した大統領"として名を残すことになった。彼からすればオッペンハイマーのメソメソっぷりと同時に、科学を理解していない人間を見下すような姿勢は我慢できなかったのだろう。
オッペンハイマーに輪をかけて矮小なキャラクターとして描かれたのが原子力委員会のストローズで、自分を小ばかにしたオッペンハイマー(天才の常で本人には一切の悪気はないのでたちが悪い)を失墜させようと躍起になる。ここらへんがミステリータッチで描かれるが、映画を観ながら感じたアンバランスさを感じたのがここらへんだった。1959年の聴聞会(モノクロで描かれる)のドラマチックな展開はそこだけ切り取れば上質の法廷劇なのだが…。
なおモノクロ部分は"Fusion(核融合=水爆)"と題されストローズの視点、カラー部分は"Fission(核分裂=原爆)"でオッペンハイマーの視点となっているらしい。
オッペンハイマーとストローズが陽と陰といった単純な対比だったらドラマチックになっただろうが、いかんせん、天才と凡才の違いはあれど、根っこでは似た者同士なので…。
ストローズを念入りに描くことでこの作品の核となるシーン、オッペンハイマーと立ち話したアインシュタイン(トム・コンティ)が憮然とした表情でストローズを無視するシーンに説得力を持たせる。アインシュタインはストローズを無視したのではなく、茫然自失でストローズが目に入らなかっただけだが、オッペンハイマー同様にストローズも尊大さがあるゆえに"オッペンハイマーがアインシュタインに余計なことを言ったせいで無視されてしまった!"と曲解してしまう。
オッペンハイマーと周囲の科学者たちの研究の日々は祝祭的な美しさを持ちつつ、自分たちが成し得た成果がどんな影響を与えるかを知っているオッペンハイマー(と観客)は様々なシーンでの科学者たちの歓喜に合意できず居心地の悪さが伝わって来る。そしてロス・アラモスの退任式で"苦楽を共にした仲間たち"に対して「この施設は呪われていく」と語ってしまう背景には、「お前ら、俺の苦しみなんかわからないだろう」という思いからくるものだろう。まさにアンビバレンスの極み。
といった感じで会話中心なのでわざわざIMAXで観る必要はないかもしれないが、随所に入る悪夢のイメージやロングショットの風景、そして音響はIMAXならではのものだったと思う。ちなみにモノクロ劇はコダック社がこの作品のために発明した世界初の白黒のIMAXフォーマットフィルムを使用しているとのこと。
結論としてこの作品はノーランの最高傑作だと思う。ここまで重層的な構成で、よどみなく展開する作品は過去の作品にはなかった(だいたいにおいて中だるみしていた)。
ただノーランの作成意図が掴めなかった。原作(「オッペンハイマー(カイ・バード&M.J. シャーウィン著)」)は未読だが、オッペンハイマーという有名人の複雑なキャラクターの視覚化だけに興味を持ち、オッペンハイマーを肯定も否定もしていないのかもしれない。
広島・長崎への原爆投下の直接的な描写が無かったのは被害者への配慮という話もあったが(実際には描かないことで悲劇が伝わらなかったという声もあったらしい)、ノーラン監督はそのような描写自体にあまり興味が無かったのだろう。投下とその惨劇は観客には規定事実であるとしたうえで、あくまでオッペンハイマー個人の描写に拘ったのではと思った。また、映画製作においてCGを極力使用しないという方針も影響したかもしれない。
『オッペンハイマー』を観ながら、『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密 (The Imitation Game/2014)』の数学者アラン・チューリング(劇中ベネディクト・カンバーバッチが演じた)を思い出した。こちらも生き方の下手な数学者が軍部に利用され人生が捻じ曲がる話だったが、オッペンハイマーに比べチューリングは相当にナイーヴだった。
追記 (25/10/24)
原作について
2006年にピューリッツァー賞を受賞した原作「オッペンハイマー」の原題は「American Prometheus」。プロメテウスはギリシア神話に出てくる神の一人で、人類を創成したと言われている。そしてその人類の惨めな生活ぶりを憐れみ、ゼウスの反対を押し切り、天界の火を盗んで人類に与えた。結果、ゼウスの怒りを買い、コーカサスの岩山に磔の刑に処せられ、永遠の苦しみを与えられる。
オッペンハイマーの自伝には相応しいタイトルと思う。
共著のひとり、カイ・バードは1994年に起きたスミソニアン博物館のエノラ・ゲイ展示中止を発端とした論争と、そもそもの広島への原爆投下へに向けての意思決定などを取材した「Hiroshima's Shadow: Writings on the Denial of History and the Smithsonian Controversy (1998/ローレンス・リフシュルツとの共著)」などを発表している。
もうひとりのマーティン・シャーウッドは歴史学者で、やはり原爆の開発過程をまとめた「破滅への道程―原爆と第二次世界大戦 (A world destroyed: Hiroshima and its legacies/1975)」を発表している。
バードが1999年にシャーウッドに共著を持ち掛け、まずはバードが草稿を書き、シャーウッドが校閲したとのこと。映画を理解するには不可欠なテキストとの評価が高い本書、いまだ未読。いつか映画を再見する前には読んでおきたい。
複数の上映バージョン
公開当時話題になったのが全フォーマットを1日でハシゴするというツアーのレポート。当時の記事がどこかにあるかなと探してみたら、それとは別に以下が見つかった。
全フォーマットというのは35mmフィルムの上映版、IMAX、Dolby Cinema、そして通常のDCP(デジタルシネマ)とのこと。私は浦和でIMAXで観たが、やはりグランドシネマサンシャイン池袋のIMAXレーザーGTで観たかったな…。また再映しないかな…。
役者について
オッペンハイマーの妻で元共産党員のキャサリン・オッペンハイマーを演じるのはエミリー・ブラント。『ボーダーライン (Sicario/2015)』のFBI捜査官が印象に残った。マンハッタン計画の責任者レスリー・グローヴスを演じるのはマット・デイモン。どの作品でもマット・デイモンとわかるようなキャラクターだったがこの作品では作品に溶け込んでいた。オッペンハイマーの元恋人ジーン・タトロックは『ミッドサマー (Midsommer/2019)』のフローレンス・ピュー。バークレイの同僚で原子核物理学者アーネスト・ローレンスを演じたのがジョシュ・ハートネット。やんちゃなにーちゃん的な印象があったけれど落ち着いた役柄だった。ベンの弟というハンディ(?)をはねのけ『マンチェスター・バイ・ザ・シー (Manchester by the Sea/2016)』のナイーブな演技でアカデミー主演男優賞を獲得したケイシー・アフレックは陸軍の情報将校ボリス・バッシュを演じている。『ボヘミアン・ラプソディ (Bohemian Rhapsody/2018)』でフレディ・マーキュリーを熱演したラミ・マレックは原子物理学者のデヴィッド・L・ヒルを演じている。ノーランの近作に出演が続く名優ケネス・ブラナーはオッペンハイマーが師事するデンマークの物理学者のニールス・ボーアを演じる。このひともベテラン感が強くなってきたな。日本では『戦場のメリー・クリスマス (Merry Christmas, Mr. Lawrence/1983)』のロレンス少佐役で知られ、個人的には『ホワイト・ローズ (Djavolji raj/1989)』の印象が強いトム・コンティはアインシュタインを演じている。米国議会原子力合同委員会の事務局長でオッペンハイマーのソ連スパイ説を曲げなかった反共主義者ウィリアム・ボーデンを演じるのは『悪魔と夜ふかし (Late Night with Devil/2023)』で司会者を演じたデヴィッド・ダストマルチャン。科学研究開発局長ヴァネヴァー・ブッシュを演じるのはマシュー・モディーン。あの『バーディ (Birdy/1984)』の繊細な青年が枯れた初老の役人を演じているとは。そしてトルーマンを演じたゲイリー・オールドマン。出番は少ないが強力な存在感を示した。
ほかにもジェームズ・レマーの名が。陸軍長官のヘンリー・L・スティムソンを演じていたけれど、自分の中では『48時間 (48hrs/1982)』の凶悪なアルバート・ガンツなので、感慨ひとしお(映画では当然気づかなかったけれど)。『エイリアン2 (Aliens/1986)』のヒックス役が内定しながらドラッグ所持で逮捕され、ヒックス役をマイケル・ビーンに持っていかれてしまったが、めげずに以降も役者を続け、最近は『 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド (Once upon a time in Hollywood/2019)』『メガロポリス (Megalopolis/2024)』などにも顔を出している息の長い役者となった。
↓髭面のほう
次に観る時には馴染みの役者の顔見せという点でも楽しめるかな。
撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマ
オランダの撮影監督で『ぼくのエリ 200歳の少女 (Låt den rätte komma in/2008)』の"いかにも北欧"な色彩で印象に残った。同じトーマス・アルフレッドソン監督の『裏切りのサーカス (Tinker, Tailor, Soldier, Spy/2011)』、メンデスの『 007 スペクター (Spectre/2015)』、そしてノーランの諸作品でカメラを担当し『インターステラ (Interstellar/2014)』『ダンケルク (Dunkirk/2017)』でアカデミー撮影賞にノミネートされ、当作品でアカデミー撮影賞を受賞。私は寒々とした冬景色の映像も好きだが、最近ではジョーダン・ピールの『NOPE/ノープ (NOPE/2022』のアメリカ中西部の明るいながらも不気味な色彩に魅せられた。
