2025/11/15 音楽会で見えた難しさ 〜誰かを思う優しさと揺れる母心〜
2025/11/15
気づけば6時だった。
自由な1時間はいつだって、あっという間。
窓の外は薄い光がゆっくり動きはじめて、ついさっきまで夜だったのに、今日がはじまる気配が滲んでいた。
2杯目の温かいコーヒーを飲みながら、今日は長女の音楽発表会だと思い出す。
音楽会で見えた娘の立場
会場は、子どもたちの緊張と高揚が混じる空気。
その中で、長女はいつものように周りを見守る役割を担っていた。
長女は、学校行事になると発達支援級の子の隣に配置されることが多い。
演奏中にぶつかりそうになれば、とっさに避ける。
相手が不安になれば、そっとサポートに入る。
立ち位置に迷えば、さりげなく教える。
今日も隣の子がぶつかりそうになり、その子の親御さんが謝りたいと先生に伝えてきたらしい。
長女は「ぶつかっていないし、大丈夫です」と返したと話す。
そんなことがあったのかと、帰宅してから話しを聞き、その優しさが誇らしいと思う。
でも同時に、胸の奥で小さなざわつきが生まれる。
「長女だって一番集中したい時間なのに、大丈夫だったのだろうか」と。
子ども同士が助け合って育っていくことは、とても尊い。けれど負担がいつも同じ子に集中してしまう構図には、親としてどうしても不安がよぎるのだ。
私の心配性が発揮されているだけであってほしい。
母として揺れる気持ち
長女には、彼女にしかない良さがある。
周囲を見る冷静さ、空気を読む力、困りごとに気づける繊細さ。
だからこそ、その良さが「役割」として固定されすぎないかと心配になる。
本当に頑張りたかったピアノ伴奏のオーディションは落ちた。それでも前を向いていた彼女に、「また」補助のような立ち位置が重なること。
優しさが「当たり前の役割」になってしまうのは避けたい。その積み重ねが、彼女自身の優しさを曇らせないように。
もしかすると当の本人は何も気にしていないかもしれない。それでも、親の胸の内は揺れる。
優しさを守るためにできること
長女はいつもの調子で淡々と話してくれた。
不満や悔しさは見せず、むしろどこか誇らしげに。
その姿に、私のほうが救われる。
優しさは、強さと同じなのだと思った。
守りたくなる気持ちはきっと親として自然だけれど、子どもの力を信じることも、同じくらい大切なのだと気づく。
あなたには、「守りたいと思う一面」はありませんか?そして、そのバランスに迷う瞬間はありますか?
インクルーシブ教育の理想は美しい。
ただ、それを支える子どもたちの負担のバランスは、
やっぱり難しい。一筋縄ではいかないものだ。
音楽会で感じた小さなざわつきも、終わってみれば成長の節目に立ち会えている証のように思える。
誰かを思う優しさが、負担ではなく、誇りとして積み重なっていきますように。
長女の背中を見ながら、私自身の揺れる気持ちも静かに整えていきたい。
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