2025/02/05 「ママみたいなママになりたい?」〜子どもがくれた最高の問いかけ〜
2025/02/05
朝の光が差し込むリビング。いつもより少しバタバタしている空気の中で、ふと耳に入ってきた長女の声。
「焦らない、慌てない、丁寧に!」
思わず振り返ると、キッチンで水筒に水を入れている。思わず笑ってしまう。
それ、私が急いでいる時に言ってる呪文!!
普段の自分の口癖が、こんなところで返ってくるとは。というか、こっそり言っていたつもりの呪文を聞かれていたことにちょっと驚いている。
私の「焦らない、慌てない、丁寧に!」という言葉は、特に朝の支度や習い事の準備の時によく口から出ていたらしい。でも正直なところ、その時の私自身は余裕がなくて、むしろ焦っていることの方が多い。
焦れば焦るほど手元が狂い、慌てれば慌てるほど失敗をして時間がかかり、忘れ物をするので…。
だからこそ、娘たちの口から同じ言葉が出てきた時、はっとした。子どもたちは私の言葉を、大切なメッセージとして受け取ってくれていたようだ。
ママみたいなママって?
「ママみたいなママになりたーい!」
昨夜、娘たちがそう言ってくれた時の嬉しさが、まだ心に残っている。突然の言葉に、一瞬驚いたのだけれど、じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、ずっと味わっている。
でもその後に続いた「のび太のママだったら、ママものび太のママみたいになるの?」という問いかけ。子どもならではの素直な疑問が、実は深い洞察を含んでいることに気づかされる。
「ママの子になったら、のび太はどんな風になるのかな?テストで100点とれる?」
これは、なかなかの難題だ!と、面白がって私はぐるぐる考えて遊んでいるのです。
そもそも、私はどんなママなのだろうか。子どもたちにとって、私はどんなふうに見えているんだろうかというのも気になる。でも怖くもあって聞けないでいる。
親が子どもを育てるようでいて、子どもによって親もまた形を変えていく。私が今こうしているのは、目の前の娘たちがいるから。もし違う子だったら、私も違う母親になっていたのだろうか?
私たち親子は、お互いを映し出す鏡のような存在なのかもしれない。
やったことがないだけ
長女は今日も学校で充実した一日を過ごしたようだ。図工の版画作り、算数の「1メートルぴったり当て大会」というもので3位入賞を自慢気に語っている。
次女は保育園で「だるまさんが転んだ」に夢中になって遊んだことや、七並べで先生に勝ったことを嬉しそうに話し、今日のチアダンスの振り付けを復習しつつ楽しんでいる。
子どもたちの成長を見守りながら、最近ある本で見かけた言葉が心に残っている。
「向いていないんじゃなくて、やったことがないだけ」
すごく励まされる言葉だなと思った。
つい「私はこれが苦手だから」「向いていないから」と決めつけてしまうことがある。でも、実はただの経験不足なだけで、やってみれば案外できるかもしれない。
子どもたちは「向いていない」と決めつけず、ただ「楽しい」「やってみたい」の気持ちで動いている。
大人になると、つい慎重になりすぎて、新しいことに踏み出すのを躊躇してしまうけれど──。
子どもたちの素直にやりたいことへ向かっていく様子を見ていると、そのことを思い知らされる。
この言葉は、子育ての日々にも通じる。完璧な親などいない。ただ、一緒に成長していく機会が、日々積み重なっているだけなのかもしれない。
まずはやってみること。
そんなふうに、自分の可能性をどんどん広げていけたらきっと素敵。
私も、まだやったことのないことに、ちょっとずつ挑戦してみよう!
あなたは、やってみたいけれど「向いていないかも」と思って躊躇していることはありますか?
もしかしたら、それは「やったことがないだけ」なのかもしれませんよ。
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