2025/03/11 目の前の日常に感謝〜心の奥にある記憶〜
2025/03/11
3月11日。この日が来るたびに、少しだけ胸の奥がざわつく。同じ思いの人も多いだろう。
私はあの日、上京していたので被災地から離れた場所にいた。それでも地震の揺れに驚き、なんとか彼氏(いまの夫)の実家へ避難しテレビをつけ、そこに映る映像をただ呆然と見つめていた。
私のよく知る地名が表示された、私の全く知らない光景が映っていたのだ。
大きく傾いた建物、飲み込まれていく町。
「これが現実なの?」と思いながら、画面の向こうにいる家族の無事をただただ願うしかなかった。
遠く離れた関東にいた私と、被災した家族。
同じ時間を過ごしていたはずなのに、感じていたことはきっと全然違う。
2日後、家族の無事を知ったときは心底ほっとした。それと同時に、私は2日間待つ以外に何もできなかった無力感でいっぱいになった。
震災の話をするとき、私は「体験した」と言っていいのかわからなくなる。でも、あの日からの時間の中で、私なりに向き合い、考えてきたことは確かにある。
「いつもの日常があることのありがたさ」
「何気ない一日が、どれほど尊いものなのか」
今も、あの日のことを胸に刻みながら、今日を大切に生きていきたい。
日常の中の防災
今日、娘たちと防災について少し話をした。
長女は、学校で避難メニューの給食を食べたと言う。朝の放送では防災について考える朝会があったそうだ。「防災について考えてみましょう」と校長先生が話していたらしい。娘たちなりに、「もしものとき」について想像する時間だったのだろう。
「ママの小さい頃住んでいたお家は、もしかして3.11でなくなったの?」と長女。
いい機会だと思ったので、少し話した。
「そうだよ。地震の後に津波が来て、お家がなくなったの。もしも地震が起きたら、どうする?」
避難場所の確認、水が出ないときの対処、学校や保育園での行動。話すうちに、だんだん娘たちの顔が真剣になっていくのがわかる。
震災を直接経験していない娘たちにとって、今日の話がどこまで実感を伴うものだったかはわからない。
それでも、こうして「今できること」を伝えていくのが、私にできることなのかもしれない。
失われた日常、そして今
あの日、多くの人が突然、日常を奪われた。私の家族は幸いにも無事だったが、全てを失った人も数えきれないほどいる。
そんな3月11日を迎えた今日、いつもと変わらない日常の中で、娘たちはのびのびと過ごしていた。
次女は、「今日はお絵かきしたのが楽しかった!」と、満足そうに話してくれた。
長女は、好きな本を手に取って「ちはやふる2周目も12巻までいったよ!」と誇らしげに報告してくれた。
何気ない会話をしながら、夕飯の支度をする。
娘たちは、のり塩焼きにした鯖のほぐし身をご飯に混ぜたのが気に入ったらしく、夢中になって食べていた。
「アイスも食べようか?」
「やったー!」
何でもない食卓の風景が、ふと、心の奥に響いた。
もし、あのときの震災がなかったら、私たちの暮らしはどうなっていたんだろう?
そんなことを考えながらも、目の前で笑う娘たちを見ていると、ただ「今があること」に感謝した。
これからの日々へ
私は今、毎日の小さな出来事や気づきを記録している。娘たちの成長の様子、家族の何気ない日常。
それは震災を経験した後の、私なりの「大切にしたい」という思いの表れなのかもしれない。
「今あるものを、大切にする」
それは、大きなことをするわけじゃなくて、今日をしっかり味わうこと。大切な人と丁寧に向き合うこと。
そんなふうに、私たちは毎日を積み重ねていくんだろう。
今日も、ありがとう。明日も、よろしく。
そんな気持ちで、一日を静かに締めくくろう。
あなたにとっての「当たり前の幸せ」は何ですか?
何気ない一日を、少しだけ大切に感じられる瞬間はありますか?
父との幼少期からの思い出を残しました↓
最後まで読んでくださって本当にありがとうございます!「小さな幸せを感じる力」が、忙しい毎日をやさしく変えてくれますように。
また明日も、一緒にゆるやかにいきましょう。
では、また!
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