男だらけのゴルフ旅
「迎えの時間は13時だからな。食材だけは忘れるなよ」
迎えの車からそんなLINEが届く。
ゴルフ旅行なのか、料理人の出張なのか、最近では自分でもよく分からない。
私は自宅の台所で、ふるさと納税の返礼品である帆立の貝柱を解凍しながら、「はいはい」と返事を打つ。ホタテはジップロックへ。レモン汁、刻んだディル、柚子皮の粉、クレイジーソルトは小さな容器へ。カルパッチョの段取りだけで、ちょっとした理科の実験である。
冷凍庫には焼津から取り寄せたマグロのすき身が、まだ大量に眠っている。これをハンバーグに仕立てる予定だ。さらに柏インター近くの「噂の太郎」へ寄り、お持ち帰りでもつ煮込みも仕入れた。
ゴルフクラブより食材のほうが重い。
この旅行の料理長に立候補した覚えはないが、気づけば毎回この役である。
13時きっかりに迎えの車が到着した。
「荷物、それだけ?」
「いや、あとクーラーバックふたつ。」
運転席からため息が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにする。
三人でいすみ市へ向かい、西東京から一人でアクアラインを渡ってきた同期とも現地で無事合流した。道中は曇り空、ときどき雨。空を見上げるたび誰かが「明日は晴れるよな」と言い、そのたびに誰かが「お前が言うと降る」と返す。五十代後半の男四人とは思えない会話である。






チェックインを済ませると、今度は全員で御宿のスーパーへ。
新鮮な鯵やタコ、調味料、酒やソフトドリンクをカゴへ放り込み、さらに鮮魚店へ向かう。

店主に鮑とイサキをお願いすると、包丁が吸い付くように動き始めた。


鮑は紙のように薄く引かれ、透明な縁が光を受けてきらめく。肝は艶やかな緑褐色で、ねっとりとした旨味が見るだけで伝わってくる。イサキも見事な刺身になり、「これがプロか」と全員しばらく無口になった。私が家で包丁を握る姿は、どちらかといえば木を切っている人に近い。
帰り道、「朝飯のご飯を買ってない!」と誰かが叫び、急遽コンビニへ寄り、パックごはんを調達する。
こちらのコンビニは地域農家の野菜類も豊富に販売しており、その中から枝豆を見つけて全員が少し得をした顔になる。こういう小さな成功が、大人の旅行には案外うれしい。
古民家へ戻ると、料理長は休む暇がない。
まず枝豆を塩多めで茹でる。
湯気とともに立ち上る青い香りだけで、ビールが半分飲めそうだ。ホクホクの枝豆をテーブルに置くと誰かが言った。
「もう乾杯していい?」
「料理長の許可が出ました。」

誰が決めたルールか知らないが、その瞬間には全員が缶を鳴らしていた。
茹でたての枝豆は、歯で押すだけで実がぷるりと飛び出す。ほどよい塩気と甘味。最初の一皿として完璧である。
私も飲みながら次の料理へ。

帆立とタコのカルパッチョは、冷えた皿に並べてレモンを絞る。柚子の香りがふわりと立ち、ディルの青い香りが重なる。帆立は舌に吸い付くような弾力があり、噛むほど甘味が広がる。タコは歯切れがよく、あとから海の旨味がじんわり追いかけてくる。
「店で出てきても分からないな。」
その一言で料理長は簡単に機嫌が良くなる。
次はなめろう。
スーパーで三枚におろしてもらった鯵は、なぜか皮だけは立派に残っていた。
宿備え付けの包丁は切れ味が悪い。
皮はなかなか剥がれない。
「頑張れ、料理長。」
応援されても包丁は切れるようにならない。
悪戦苦闘の末、ようやく皮を剥ぎ、味噌、生姜、ねぎと叩き合わせる。

粘りが出るまで包丁を入れると、味噌の香りの奥から鯵の脂が立ち上る。一口食べれば、最初に味噌、続いて生姜や大葉、最後に魚の甘味がゆっくり残る。
苦労した料理ほど、うまい。
これは料理の法則ではなく、自分を慰めるための法則である。
ひと息ついたところで露天風呂へ。

露天とはいっても、庭に置かれた二人用の風呂桶を隣のボイラーで沸かす素朴なものだ。

「狭い狭い。」
「お前、腹が出たからだ。」
「人のこと言えないだろ。」
五十代後半のおじさん四人が「熱い」「狭い」と騒ぎながら湯に浸かる姿は、客観的にはかなり見苦しい。しかし本人たちは大笑いである。
稽古終わりに入った学生時代の道場の風呂を思い出した。あの頃と違うのは、筋肉が脂肪に変わったことくらいだろう。
風呂上がりの最後の仕事は、マグロハンバーグ。

すき身にねぎ、生姜、パン粉を混ぜ、丸くまとめて焼き上げる。

表面はこんがり、中はしっとり。
一度取り出し、醤油、酒、みりんを煮立てた甘辛い照りをまとわせる。箸を入れるとふわりとほどけ、マグロの旨味が口いっぱいに広がる。魚なのに肉料理を食べているような満足感があり、それでいて後味は驚くほど軽い。

もつ煮込みは白味噌の甘味と脂のコクが酒を呼び、鮑はコリコリ、イサキはねっとり。


気がつけばテーブルの上は居酒屋どころか、小さな割烹になっていた。
〆のナポリタンを作ると誰かが言った。

「これ、ゴルフの前夜だよな?」
「そうだった。」
誰一人、翌日のスコアの話はしない。
食べ終わると、また風呂。
そのあと昭和歌謡が始まり、また風呂。
酒に弱い一人は途中で沈没したが、残る三人は夜更けまで歌って笑った。
森に囲まれた古民家だから、多少大きな声でも誰にも迷惑はかからない。
だからといって、三度目の風呂で『北酒場』を熱唱する必要があったかどうかは、今も分からない。

翌朝五時半。

筋子をご飯にのせるだけで、全員が静かになる。イサキのアラで引いた味噌汁は湯気の向こうから磯の香りが立ち、ひと口飲めば胃がゆっくり目を覚ます。

昨夜あれだけ飲んだ身体に、これほど優しい朝食はない。
食後は全員で掃除。
「来た時より美しく。」
誰かが言い出したその言葉どおり、雑巾を持って歩き回る。学生時代の合宿を思い出す。

七時半にチェックアウトし、御宿・大原ゴルフコースへ。

空は見事に晴れ、海風のおかげで驚くほど涼しい。真夏とは思えない快適なラウンドだった。
昼は四人そろって鰻重のダブル。

蓋を開けると甘いタレの香りが立ち上り、ふっくら蒸された身が照りをまとっている。

一日遅れの土用の丑の日。箸を入れるだけでほろりと崩れ、ご飯に染みたタレまできれいに平らげた。
後半は少し暑くなったものの、不思議と疲れは感じない。笑いながら歩き、笑いながら打ち、笑いながらOBを打つ。
学生時代、勝負に勝てば嬉しかった。勝つために厳しい稽古に励んだ。
今は、こうして笑ってゴルフを楽しめるだけで十分だと思う。
プレー後は風呂に入って解散。
車に乗り込み、それぞれが別々の方向へ帰っていく。大きく手を振る姿は、還暦を前にした男たちには少々大げさだ。
だが、この年になると照れ隠しより、名残惜しさのほうが勝つ。
また来年も集まろう。
そのとき私は、きっとゴルフクラブより先に包丁を研いでいるだろう。
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